冬城の家は、住宅街の端にあった。
 白い壁に、クリーム色の屋根が特徴的な小さな二階建ての家。ガレージには外車と思しき左ハンドルの車が停めてあり、改めて金持ちだなあと認識させられる。
 冬城はカギを取り出して玄関を開け「どうぞ」と俺を中に招入れてくれた。
 玄関は俺の家よりも広いが、生活感のなさを感じられる靴のなさだった。下駄箱は大きいものの、サイズに似合わない程度しか入っていないんだろうなと予想される。
 ふかふかな白いマットを踏みながら家に入り、すぐに冬城は二階へと俺を通した。どうやら冬城の部屋は二階らしい。
 手すり付きの真新しい階段を上り二階へ上がると、冬城は一番奥の部屋に俺を通してくれた。部屋の中は白と黒を基調とした家具で揃えられており、なんとロフト付き。勉強机にはずらりと練習問題が並べられており、部屋の主の顔がよくわかる整頓された部屋だった。
「なんか冬城っぽい」
「先輩、何か飲みます? コーラかカルピスか」
「コーラカルピスとか」
「やめてください、どっちかです」
 ケチ、と言えば冬城は静かに扉を閉めて出て行ってしまった。
 冬城の部屋には大きな窓が一つあり、そこから外の景色が見えた。あの駅から三駅ほどこちらに来たが、降水量は変わらず、待っていても祭りには行けなかっただろうなと窺えた。
 暫くして冬城が戻ってき、俺の前にカルピスを置いた。
「俺がカルピスの気分ってなんでわかったの?」
「なんとなくです」
「そ……」
 ご丁寧にストローまでつけてくれて。本当に冬城は気が利く。
 俺は、人をダメにする枕の上に乗っかって冬城のほうを見た。冬城は青色のストローに口をつけチューッとカルピスをすすっている。
「てか、何で急にお前の家……あの、言いたくなかったらいいんだけど、理由とか、教えてほしい、かも」
 踏み込んでいいのか分からなかった。でも、今なら冬城は応えてくれる気がしたのだ。
 冬城は、ストローから口を外し少しの間口を開閉させ、きゅっと薄い唇を結んだ。
「長い話、というか、面白くない話になるんですけど。いいです?」
「いい。冬城のこと知りたい。教えてほしい」
 前のめりになって聞けば、冬城は困ったように微笑んだ。しかし、それは話さないと意味の顔ではなく、すべてを打ち明けてもいいだろうって俺に心を開いてくれた表情に見えた。
 冬城は、カラカラとグラスの中に入っている氷を混ぜながらぽつりぽつりと話し始めた。
「俺が転勤ばっかりしてるってのは言ったでしょ。この家を買ったのは三年前。でも、今父は東北のほうにいます。だから、母と二人暮らし……母も結構寂しがり屋なんですよ。俺もそれ遺伝してるみたいで……それで、母、俺が高校受験が始まるちょうどいまくらいに家にその、浮気相手? を連れ込んで。俺はそれ見ちゃったんですよ」
 ストローの口をぎゅっとつまみ、冬城はフッとため息のような笑いをこぼす。
 その寂しい横顔を見ていると、俺も胸がきゅっと締め付けられた。
 冬城は、いい高校に行ける成績はあったものの、母親が浮気相手を連れ込んだことにより、家に居づらくなったという。もちろん、冬城の母親は反省しもう二度と連れ込むことはなかったが、冬城の心におった傷というのは相当深かった。
 結果、冬城は今の高校への進学を決め、勉強はそこそこに中学三年の夏はあのゲームセンターに入り浸っていたらしい。
 新築の家。自分の家。それがいっきに汚され、居場所を失った冬城の苦しみは計り知れない。
 安心できるはずの我が家での不貞行為。しかも、思春期真っただ中にそんなものを見れば、冬城は人間不信にもなるだろう。
 彼は一瞬にして自分の居場所を失ってしまった。
 冬城の母親は、冬城に負い目を感じているのか一般家庭の子どもよりも多くお小遣いを与え、一人旅や夜勤で家を空けるようになったのだとか。母親も母親で、冬城にいつ父にチクられるか怖かったんじゃないだろか。でも、それは自業自得だ。
 冬城の家は春になると必ず家族旅行に行くらしい。そのときだけ、冬城は冬城家の子どもの顔をするのだとか。苦痛な三泊四日。父親と仲良くする母親の姿に吐き気を覚えたと冬城は言った。
 冬城が、ゲームセンターに毎日通ってもお金が尽きないのは、母親からもらった大量のお小遣いのためだろう。
 そして、冬城はそんな汚い金を私服のために使いたくなくて、生産性のないゲームセンターで溶かしていたのだとか。そのうちに、ゲームセンターにハマったとも言っていた。
「だから、家に先輩のこと連れてきたくなかったんですよ。でも、今なら……先輩がいたら、この部屋だけでも、俺の部屋だけでもきれいな空間になるんじゃないかって」
「冬城……」
「ごめんなさい、こんな話。俺、空気悪くしちゃいました」
 へらっと無理に笑う冬城を、俺は見ていられなかった。手に持っていた飲みかけのカルピスを近くにおいて、冬城に抱き着く。
 抱きしめてあげなきゃいけない気がした。寂しくて、悲しくて、そんな今にも泣きそうな冬城のことを俺が抱きしめてあげなくちゃいけない気がしたのだ。
「冬城、お前、頑張ったよ。一人で……寂しかったよな」
 俺が言える言葉じゃないかもしれない。
 でも、今はただ抱きしめて、一人で耐えてきた彼の孤独を、俺が満たしてあげなくちゃいけない気がした。
 俺しかきっと、彼の孤独は理解できない。俺もまた、家族に、家に居場所がなかったから。寂しい一人ぼっち同士。けど、今は二人なんだと伝えたかった。