◇◇◇
 夏休みまで一週間を切った。
 蝉は一週間で死ぬっていったのにまだ鳴いている。延命措置の魔法でもかけてもらったのかな、なんてアホみたいなことを考えているとスマホが鳴った。
「ふっ……」
「何笑ってんの、小春」
「うわああっ!? って、ビビらせんなよな」
 メッセージを確認するためにスマホの電源をつけるとロック画面に、一回だけ一緒に撮った冬城とのプリクラが映る。こういうのは普通、プリクラのシールを切ってケースに入れるんだろうけど、さすがに恥ずかしくてできなかった。じゃあ、ロック画面にしているのは恥ずかしくないのか? と聞かれたら、恥かしい。けど、こっちは見られなければセーフだ。
 冬城は、もともとっかっこいいのに
 しかし、背後に立たれたクラスメイトに画面を見られそうになり慌てて机にスマホを叩きつける。この間フィルムを変えたばっかりだが、ひびが入ったかもしれない。そんな心配をしてクラスメイトを睨みつければ「す、すまん」なんて謝られ、微妙な空気が流れる。
「いーよ。背後に立つな、禁止!」
「お、おう……んで、小春は何ニマニマしてんだよ」
「別に」
「恋人からのメッセージとか。お熱いね」
 そんなんじゃない、と俺はからかうクラスメイトにそれらしく返しつつ、背もたれに持たれながら「なんかよう?」と三人のクラスメイトに尋ねた。
 クラスメイトは顔を見合わせて「七月末の祭り一緒に行かねえ?」と言ってきた。
 もうそんな季節か。俺は、クラスメイトに言われ、駅から少し外れたところでやる祭りのことを思い出した。三日間ほど行われるその祭りは、たくさんの屋台が出るし、河川敷のほうで花火が打ちあがる。でも、最近は交通の問題や近隣住民の問題があって花火に関しては有料の席じゃないと見えなくなってしまった。世知辛い世の中になってしまったものだ、と俺はちょっと前のことを思い出していた。
 一年生のときも、また違うクラスメイトといったし、中学校のときも仲のいいやつらといった気がした。あまり記憶に残ってないが、りんご飴がおいしかったのだけは覚えている。
(……家族とはいったことねえけど)
 覚えていないだけで、幼稚園の時にいったのかもしれない。
 でも、俺の記憶にはないのだからないのだ。
 目の前のクラスメイトは家族とのそういう思い出があるだろか。俺は、生まれてこの街にずっといるけど、冬城は違う。あいつは転勤族だし、祭りごととかまったくなじみがないだろう。けど、俺もこの街にいてめちゃくちゃ知っているわけでもないし「あーその時期かあ」って思っていたらすぎているし。
 俺はふと、冬城はもしかしてその祭りに行ってないんじゃないかと思った。
 誘うなら、今日、明日誘わないといけない。もちろんメッセージや電話でもいいが、こういうのは直接伝えなければと思った。
 それに、もし一緒に行くなら、そのときに覚悟を決めて言いたいと思う。
「なー小春ー一緒にいかね?」
「あーっと、ちょーっと用事あるかも」
「清掃バイト?」
「まあ、そんな感じ」
「最近、ちょっと付き合い悪くなったよな」
 そういったのは、三人のうちの誰か。
 その言葉を皮切りに、三人から向けられる目が鋭くなる。何気ない一言だったし、傷つけるつもりで言った言葉ではないのだろう。
 でも、俺にとってその言葉はナイフだった。
 これまでそれなりに上手くやってきたつもりだった。クラスの輪にも溶け込んで、あっちいったり、こっちいったりしたけど、みんな俺のこと楽しいやつ、面白いやつって言ってくれた。
 俺はそうやってクラスの地位を獲得していったのに。
 それが一瞬で崩壊するような気がした。俺が作り上げたのはすぐに崩れ落ちる砂の城だ。
 そうだ、俺は別にいなくてもいてもどっちでもいい。こいつらの特別枠じゃない。
「……や、俺、あれだったら時間つくるし。誘ってくれたし、せっかく……な。うん」
「いやいや、小春無理しなくてもいいって。俺たちだけでいこーってなってたところに、小春いたら面白いじゃんって思って」
 な? と、三人は顔を見合わせる。
 なら、三人で行けよ。それで俺に「付き合い悪くなった」とかいうなよ。初めからお前ら三人じゃん。
 俺は、クラスメイトに愛想笑いを浮かべて「えーでも、そんなこと言ってくれたらますます悪いしー」と冗談っぽく言う。それから、みんなにバレないようにスマホでカレンダーを見るふりをして「あ、この日ならいけるかも。ちょっと、バイト先に聞くわー」なんて言ってごまかした。
 三人は「んじゃ、楽しみにしてる」といって俺のもとから去っていく。
 俺は三人を笑顔で見送っていたが、頬がつりそうだった。こういうとき、マスクがあったら楽なんだけどな、とあいつの黒マスクをおもいだしたのは言うまでもない。
(あー俺、へたくそ……へたくそじゃん。人間関係……)