「いつも、一つ多めに入れてあげてるじゃないですか」
冬城の指摘はごもっともだ。彼は、親指で下唇をなぞり、口の端についていた食べかすを拭う。
それからまたニヤリと笑うのだ。
「食べたかったら、俺の手から食べてください」
「お前、またそーやって」
再び長い指が箸を掴み、冬城はスッと卵焼きに箸を入れると持ち上げ、俺の前でちらつかせた。俺がそんな食い意地悪いみたいに。
しかし、目の前で揺れる卵焼きを見ているとよだれが口の中に溢れてくるのだ。冬城の作ってくれるお弁当のおかずの中で俺はこれが一番好きだ。
(それって、また間接キスじゃんかよ……)
冬城は気づいているだろうか。
冬城の口に一度はいった箸。それで食べるってつまりそういうことだろう。
俺が悶々と悩み、卵焼きを見つめていると「おっ、またここにいたのか小春ー」と能天気な声が階段の下から聞こえた。
下を見ればそこには夏川先輩がいて、腰に手を当てニカっと白い歯を見せて笑っていた。
先輩に一瞬気を取られると、俺に差し出してくれていた卵焼きがまた冬城の口の中に吸い込まれていく。あっ、という間もなく、卵焼きは冬城の意の中に入ってしまった。肩を落とし、俺は先輩のほうを見る。
「先輩どうしたんですか」
「ん~やあ、また恋人が忘れ物って。てか、ここいいな。静かで、二人っきりになれるって。俺たちも、反対側の階段で食べよっかな」
先輩は廊下の端を見ながらそう言った。
その発言に俺は胸がチクリと痛む。ここは、俺たちの場所。反対側だっていっても、声は響くわけで。
嫌だなあと思っていると、夏川先輩は「じゃっ」と恋人が来たのか廊下のほうへ走っていってしまった。ちょっとした嵐だ。
さっきの発言が本気かどうかは分からない。でも、俺は少しだけ息を吐く。そのため息はかなり重たくて、そこに溜まった。
「そういえばビッチ先輩。最近あの男……秋梨先生によく絡まれるんですけどどうにかしてくれません?」
「ゆずき兄ちゃんに? てか、今あの男って言った?」
言ってません、と間髪入れずに鋭い否定が返ってき、俺は面食らう。
そう? と思いながら、俺は冬城のほうに身体を傾けた。
「なんか、妙に絡まれるんです。ウザ絡み、大学生っぽい」
「大学生の絡み受けたことあんの?」
「……ありませんけど。あの人、生徒と距離近くて。あと、タバコ臭いし……それに。俺がタバコ臭くなったら、先輩嫌でしょ?」
心配するように黒い瞳をこちらに向ける冬城は、少し拗ねたような顔をしていた。
薄い唇をきゅっと噛んで、心なしか眉が下がっている。
確かに、タバコの臭いは嫌いだけど、だからって冬城のこと嫌いになったりしない。そんな心配するだけ無駄なのに。
(かわいいやつ……)
俺は無意識に伸びていた手で、冬城の頭を撫でていた。「先輩?」と言われるまで、俺はそのことに気づかず、指摘されバッと手を離した。
「あーいや、ごめん。なんか、そのかわいーなーっつ思って」
「俺が? 俺はかわいくないですよ。かわいいのは先輩です」
「真顔で言うなって……時間大丈夫そう? 今日、俺遅刻したから、昼休み短いかもって」
夏川先輩の邪魔が入ってしまったが、その分が延長されるわけではない。昼休みの時間は変わらないのだ。
冬城はポケットからスマホを取り出し時間を確認する。その時ポッとついた黒いスマホの画面に映ったのは、いつぞや俺がゲームセンターでぬいぐるみを撮ったときの写真だった。でっかいぬいぐるみをぎゅっと抱えた俺、かわいい……なんて自画自賛していたが、ハッと我に返った。何故、冬城がそんなものをロック画面にしているのか問い詰めなければならないと思ったのだ。
冬城は、すぐに電源を切るといつもより雑にポケットに突っ込んだ。
「冬城、今の!!」
「何でもないですよ。俺の最後の卵焼きいります?」
「話そらしやがったな……!! てか、何でお前涼しい顔できんの。ちょっとは恥ずかしがれよ!」
あーん、なんてもっと恥ずかしいことをしてきているが、それでごまかそうとしているのがバレバレだった。
冬城のポーカーフェイスは崩れないものの、俺の大好きな卵焼きで事実をもみ消そうと図っているのが分かった。
(俺のこと大好きすぎるだろ、こいつ……)
ここは言及すべきだが、目の前でちらつかされた黄色くてふわふわした卵焼きの誘惑には勝てなかった。今日のところは、これで勘弁してやる。そんな思いで、冬城の箸で挟まれた卵焼きにぱくりとかぶりついた。
(好きならさ、告白してきてくれてもいいじゃんか……)
これ、俺から行かなきゃダメなのかな。先輩だから?
そんなの関係ないだろう、と思いながら噛めば噛むほどダシと甘みが口の中に広がっていく卵焼きを咀嚼する。美味しい、幸せな味が舌の上に広がって、俺は名残惜しくもごくりと卵焼きを飲み込んだ。
冬城の指摘はごもっともだ。彼は、親指で下唇をなぞり、口の端についていた食べかすを拭う。
それからまたニヤリと笑うのだ。
「食べたかったら、俺の手から食べてください」
「お前、またそーやって」
再び長い指が箸を掴み、冬城はスッと卵焼きに箸を入れると持ち上げ、俺の前でちらつかせた。俺がそんな食い意地悪いみたいに。
しかし、目の前で揺れる卵焼きを見ているとよだれが口の中に溢れてくるのだ。冬城の作ってくれるお弁当のおかずの中で俺はこれが一番好きだ。
(それって、また間接キスじゃんかよ……)
冬城は気づいているだろうか。
冬城の口に一度はいった箸。それで食べるってつまりそういうことだろう。
俺が悶々と悩み、卵焼きを見つめていると「おっ、またここにいたのか小春ー」と能天気な声が階段の下から聞こえた。
下を見ればそこには夏川先輩がいて、腰に手を当てニカっと白い歯を見せて笑っていた。
先輩に一瞬気を取られると、俺に差し出してくれていた卵焼きがまた冬城の口の中に吸い込まれていく。あっ、という間もなく、卵焼きは冬城の意の中に入ってしまった。肩を落とし、俺は先輩のほうを見る。
「先輩どうしたんですか」
「ん~やあ、また恋人が忘れ物って。てか、ここいいな。静かで、二人っきりになれるって。俺たちも、反対側の階段で食べよっかな」
先輩は廊下の端を見ながらそう言った。
その発言に俺は胸がチクリと痛む。ここは、俺たちの場所。反対側だっていっても、声は響くわけで。
嫌だなあと思っていると、夏川先輩は「じゃっ」と恋人が来たのか廊下のほうへ走っていってしまった。ちょっとした嵐だ。
さっきの発言が本気かどうかは分からない。でも、俺は少しだけ息を吐く。そのため息はかなり重たくて、そこに溜まった。
「そういえばビッチ先輩。最近あの男……秋梨先生によく絡まれるんですけどどうにかしてくれません?」
「ゆずき兄ちゃんに? てか、今あの男って言った?」
言ってません、と間髪入れずに鋭い否定が返ってき、俺は面食らう。
そう? と思いながら、俺は冬城のほうに身体を傾けた。
「なんか、妙に絡まれるんです。ウザ絡み、大学生っぽい」
「大学生の絡み受けたことあんの?」
「……ありませんけど。あの人、生徒と距離近くて。あと、タバコ臭いし……それに。俺がタバコ臭くなったら、先輩嫌でしょ?」
心配するように黒い瞳をこちらに向ける冬城は、少し拗ねたような顔をしていた。
薄い唇をきゅっと噛んで、心なしか眉が下がっている。
確かに、タバコの臭いは嫌いだけど、だからって冬城のこと嫌いになったりしない。そんな心配するだけ無駄なのに。
(かわいいやつ……)
俺は無意識に伸びていた手で、冬城の頭を撫でていた。「先輩?」と言われるまで、俺はそのことに気づかず、指摘されバッと手を離した。
「あーいや、ごめん。なんか、そのかわいーなーっつ思って」
「俺が? 俺はかわいくないですよ。かわいいのは先輩です」
「真顔で言うなって……時間大丈夫そう? 今日、俺遅刻したから、昼休み短いかもって」
夏川先輩の邪魔が入ってしまったが、その分が延長されるわけではない。昼休みの時間は変わらないのだ。
冬城はポケットからスマホを取り出し時間を確認する。その時ポッとついた黒いスマホの画面に映ったのは、いつぞや俺がゲームセンターでぬいぐるみを撮ったときの写真だった。でっかいぬいぐるみをぎゅっと抱えた俺、かわいい……なんて自画自賛していたが、ハッと我に返った。何故、冬城がそんなものをロック画面にしているのか問い詰めなければならないと思ったのだ。
冬城は、すぐに電源を切るといつもより雑にポケットに突っ込んだ。
「冬城、今の!!」
「何でもないですよ。俺の最後の卵焼きいります?」
「話そらしやがったな……!! てか、何でお前涼しい顔できんの。ちょっとは恥ずかしがれよ!」
あーん、なんてもっと恥ずかしいことをしてきているが、それでごまかそうとしているのがバレバレだった。
冬城のポーカーフェイスは崩れないものの、俺の大好きな卵焼きで事実をもみ消そうと図っているのが分かった。
(俺のこと大好きすぎるだろ、こいつ……)
ここは言及すべきだが、目の前でちらつかされた黄色くてふわふわした卵焼きの誘惑には勝てなかった。今日のところは、これで勘弁してやる。そんな思いで、冬城の箸で挟まれた卵焼きにぱくりとかぶりついた。
(好きならさ、告白してきてくれてもいいじゃんか……)
これ、俺から行かなきゃダメなのかな。先輩だから?
そんなの関係ないだろう、と思いながら噛めば噛むほどダシと甘みが口の中に広がっていく卵焼きを咀嚼する。美味しい、幸せな味が舌の上に広がって、俺は名残惜しくもごくりと卵焼きを飲み込んだ。



