「――だあーっ! 負けた。意味分かんねえ! カッドドドカッってリズム何!?」
「先輩、リズム感なさすぎじゃないですか? 俺に対抗して『むずかし~い』を選択してその点数……ぷっ、正直面白すぎて、隣で太鼓叩くの辛かったです」
「煽んなよ後輩ぃ……ちょっと練習すればこれくらい……てか、気になってたんだけど、お前のそれ何?」
「マイバチですけど」
「マイ……バチ?」
「自分で木材買ってきて削って作るんですよ。ゲームセンターのこれに付属してるものじゃ重いですし、グリップの所もイマイチで」
「ゲ、ゲームに命かけてんの、お前」
悪いですか? とぴしゃりと返され、俺はそれ以上何も言えなくなった。目つきが怖かったからだ。人殺すんじゃないかってくらいの目をしていた。
相変わらず人を小ばかにする態度をとる後輩であることはさておき、マイバチを持参するほどの実力があるのは事実だった。
隣でポコポコスカッ! と叩いている俺とは違い、冬城はスナップを利かせ、流れていく音符たちをさばいていた。俺は途中から諦めて、太鼓に八つ当たりしていたが、冬城は一回のミスにおさめ、見事俺に勝利した。いや、この場合は、見事俺が負けたのか。
しかし、勝利を収めたはずの冬城の顔はどうも浮かない。俺が余計なことを言ったからだろうか。
「……変ですか?」
「へ、変って、何が」
「ゲームに命かけてるって言われたの……俺、傷つきました」
「あ……えーっと、いいんじゃね? ほ、ほら、誰だって命かけてるものあるし。バカにしてるわけじゃねえし。お前には、そのゲ、ゲーム? 太鼓の? な、俺にだって、ね! 命かけてるものの一つや二つ」
「パパ活ですか」
「違うし」
「人の趣味バカにするのはやめた方がいいですよ」
冬城は、ふいっと顔を逸らし、マイバチは持ち前の袋に片付け始めた。画面にはもう一回遊べるド・ドドン! とでかでかと書いてあったが、どうせ勝てないだろうしと俺はあきらめた。百円をどぶに捨てるような行為だったが、こいつもやる気がなさそうだし。
(説教かよ……勝ったからって偉そうに)
気分は最悪だ。負けた上に説教までされてしまった。気に食わない後輩に。
「今日は、俺の勝ちですね。いつでもかかってきてください。相手するんで」
「あー! いちいちムカつくなお前! あと、顔いいしムカつく! 何でも許されると思って!」
「ビッチ先輩は、ビッチなだけじゃなくて、面食いなんですね」
「ビッチ、ビッチいうな!」
「事実ですから。ああ、面食いなのは認めるんですね」
冬城はそういいながらぷっと噴き出すように笑い、俺を見下ろした。でも、先ほどの冷たい目ではなく高校生らしい、しかし生意気な目だった。
顔はいいけど、好きになれないタイプだ。あと、だいたい黒マスクしているやつは俺の敵。いけ好かない。
俺は自分の髪の毛がどういう遺伝か赤っぽい黒だから、艶々した黒髪のやつも嫌いだ。冬城は俺にとって憎たらしい要素満載の後輩だ。多分、目測だけでも百八十センチはあるだろうし。対して俺はギリギリ四捨五入で百七十センチ。
「なあ、冬城って陰キャ?」
「いきなり質問ですか。それも、かなり失礼ですね。さっき俺のことモテ男って言ってたじゃないですか」
「別に、モテ男が陽キャって限らないだろ……あ、陽キャか」
「どっちですか」
呆れた、というように冬城は俺を見ると「どっちでもいいじゃないですか」と、陰キャでも陽キャでもないと答え、あの三脚を持ち上げる。人がゲームセンターに忘れていったものであるからか、冬城は丁寧にそれをたたむと、両手で抱えてくるりと俺に背を向けた。
「それ、どこに片づけんの?」
「店長のところに持ってきます」
「は? お前、店長と知り合いなのかよ」
「まあ、ここに通って長いっすから。季無さんっていうんですけど、六十代の……ほとんどここの店のバイト辞めてしまったらしくて。今は、店長である季無さんが一人で掃除とか仕入れとかしてるみたいで。時々手伝ったりしてるんですよね」
冬城はそれだけいうと、振り返ることなくクレーンゲームが並ぶ道を通って消えてしまった。
バイトもいなけりゃ、店長一人の経営ともなれば、このゲームセンターの内装が汚いのも納得だった。人が来ないというのも一つの理由として挙げられるのだろうが、手入れが追い付いていない印象を受ける。
その点、冬城のような通い詰めて金を落としてくれるかつ、バイトまがいの手伝いをしてくれる高校生なんて店長にとってはありがたい存在なのだろう。
しかし、ここが潰れるのは時間の問題だろう。
(てか、俺が冬城に勝つのと、潰れるのどっちが早いんだろな)
そう思っていると、三脚を片づけに行ったはずの冬城が三脚を抱えたままクレーンゲームの陰からひょこりと顔を出した。
「先輩、季無さんにパパ活営業かけちゃだめですからね」
「ああ! もう、お前いちいち俺を煽らないと気が済まねえのかよ! さっさと返してこい!」
いちいちそんなことを言うために戻ってきたのか。
俺は、冬城が見えなくなった後、フォルダーに片づけたバチを手に取って、また太鼓に向かって八つ当たりをした。多分こんな姿見られたら、あいつはからかうだろうけど。こうでもなきゃやっていられなかった。
「先輩、リズム感なさすぎじゃないですか? 俺に対抗して『むずかし~い』を選択してその点数……ぷっ、正直面白すぎて、隣で太鼓叩くの辛かったです」
「煽んなよ後輩ぃ……ちょっと練習すればこれくらい……てか、気になってたんだけど、お前のそれ何?」
「マイバチですけど」
「マイ……バチ?」
「自分で木材買ってきて削って作るんですよ。ゲームセンターのこれに付属してるものじゃ重いですし、グリップの所もイマイチで」
「ゲ、ゲームに命かけてんの、お前」
悪いですか? とぴしゃりと返され、俺はそれ以上何も言えなくなった。目つきが怖かったからだ。人殺すんじゃないかってくらいの目をしていた。
相変わらず人を小ばかにする態度をとる後輩であることはさておき、マイバチを持参するほどの実力があるのは事実だった。
隣でポコポコスカッ! と叩いている俺とは違い、冬城はスナップを利かせ、流れていく音符たちをさばいていた。俺は途中から諦めて、太鼓に八つ当たりしていたが、冬城は一回のミスにおさめ、見事俺に勝利した。いや、この場合は、見事俺が負けたのか。
しかし、勝利を収めたはずの冬城の顔はどうも浮かない。俺が余計なことを言ったからだろうか。
「……変ですか?」
「へ、変って、何が」
「ゲームに命かけてるって言われたの……俺、傷つきました」
「あ……えーっと、いいんじゃね? ほ、ほら、誰だって命かけてるものあるし。バカにしてるわけじゃねえし。お前には、そのゲ、ゲーム? 太鼓の? な、俺にだって、ね! 命かけてるものの一つや二つ」
「パパ活ですか」
「違うし」
「人の趣味バカにするのはやめた方がいいですよ」
冬城は、ふいっと顔を逸らし、マイバチは持ち前の袋に片付け始めた。画面にはもう一回遊べるド・ドドン! とでかでかと書いてあったが、どうせ勝てないだろうしと俺はあきらめた。百円をどぶに捨てるような行為だったが、こいつもやる気がなさそうだし。
(説教かよ……勝ったからって偉そうに)
気分は最悪だ。負けた上に説教までされてしまった。気に食わない後輩に。
「今日は、俺の勝ちですね。いつでもかかってきてください。相手するんで」
「あー! いちいちムカつくなお前! あと、顔いいしムカつく! 何でも許されると思って!」
「ビッチ先輩は、ビッチなだけじゃなくて、面食いなんですね」
「ビッチ、ビッチいうな!」
「事実ですから。ああ、面食いなのは認めるんですね」
冬城はそういいながらぷっと噴き出すように笑い、俺を見下ろした。でも、先ほどの冷たい目ではなく高校生らしい、しかし生意気な目だった。
顔はいいけど、好きになれないタイプだ。あと、だいたい黒マスクしているやつは俺の敵。いけ好かない。
俺は自分の髪の毛がどういう遺伝か赤っぽい黒だから、艶々した黒髪のやつも嫌いだ。冬城は俺にとって憎たらしい要素満載の後輩だ。多分、目測だけでも百八十センチはあるだろうし。対して俺はギリギリ四捨五入で百七十センチ。
「なあ、冬城って陰キャ?」
「いきなり質問ですか。それも、かなり失礼ですね。さっき俺のことモテ男って言ってたじゃないですか」
「別に、モテ男が陽キャって限らないだろ……あ、陽キャか」
「どっちですか」
呆れた、というように冬城は俺を見ると「どっちでもいいじゃないですか」と、陰キャでも陽キャでもないと答え、あの三脚を持ち上げる。人がゲームセンターに忘れていったものであるからか、冬城は丁寧にそれをたたむと、両手で抱えてくるりと俺に背を向けた。
「それ、どこに片づけんの?」
「店長のところに持ってきます」
「は? お前、店長と知り合いなのかよ」
「まあ、ここに通って長いっすから。季無さんっていうんですけど、六十代の……ほとんどここの店のバイト辞めてしまったらしくて。今は、店長である季無さんが一人で掃除とか仕入れとかしてるみたいで。時々手伝ったりしてるんですよね」
冬城はそれだけいうと、振り返ることなくクレーンゲームが並ぶ道を通って消えてしまった。
バイトもいなけりゃ、店長一人の経営ともなれば、このゲームセンターの内装が汚いのも納得だった。人が来ないというのも一つの理由として挙げられるのだろうが、手入れが追い付いていない印象を受ける。
その点、冬城のような通い詰めて金を落としてくれるかつ、バイトまがいの手伝いをしてくれる高校生なんて店長にとってはありがたい存在なのだろう。
しかし、ここが潰れるのは時間の問題だろう。
(てか、俺が冬城に勝つのと、潰れるのどっちが早いんだろな)
そう思っていると、三脚を片づけに行ったはずの冬城が三脚を抱えたままクレーンゲームの陰からひょこりと顔を出した。
「先輩、季無さんにパパ活営業かけちゃだめですからね」
「ああ! もう、お前いちいち俺を煽らないと気が済まねえのかよ! さっさと返してこい!」
いちいちそんなことを言うために戻ってきたのか。
俺は、冬城が見えなくなった後、フォルダーに片づけたバチを手に取って、また太鼓に向かって八つ当たりをした。多分こんな姿見られたら、あいつはからかうだろうけど。こうでもなきゃやっていられなかった。



