◇◇◇
「はあ~久しぶりに贅沢したって感じ」
「ビッチ先輩って結構食べますよね。なのに、何で小さいんですか?」
「小さくねえし……お前がでっかいだけじゃね?」
ファミレスから出るころには日はすっかり沈んでいた。
いつもならドリンクバーでジュースを混ぜるところを、冬城に見られているという意識から混ぜずにメロンソーダだけを入れた。なみなみと注がれたメロンソーダは甘ったるくて、メロンの味はまったくしなかった。おまけに炭酸が効きすぎていて、口の中がパチパチとはじけて痛かった。
駅前は未だ賑やかで、今から居酒屋を回る予定のサラリーマンや、塾帰りの学生と思しき男子とすれ違う。賑やかな声と、電車が通り過ぎていく騒音。こんな時間まで外にいるのは久しぶりだった。いつもは、駅から降りたら家に直行するから、冬城と歩くのはこれが初めてかもしれない。
冬城は俺の家に来たとき、だいたい一人で帰っていく。送っていくといっても「先輩が連れ去られた困るんで」と理由をつけて一人で帰ってしまうのだ。送らせてくれてもいいのに、と思いながらもそれも冬城の気遣いとして俺は受け取っている。
「今はお前と同じもん食べてるからこれから伸びる」
「伸びますかねえ……」
冬城は有言実行して俺に弁当を作ってくれるようになった。しかも、自分の弁当には卵焼きが三つだったところを二つにして、俺に一つ多めに入れてくれている。
毎日、卵焼きが入っていて俺は昼休みの時間が楽しくなった。
「あーそういや、まだお土産渡してなかったかも」
「先輩、修学旅行からかなりたってますよ?」
「んーどうせ、今日泊りだって思ってたから、今日渡そうって。ちょっと待てよ」
俺は、リュックを前に持ってきて外ポケットに手を突っ込んだ。その中から、しわくちゃになったキャラクターが描かれたビニール袋を引っ張り出す。なんちゃら水族館と書かれたビニール袋を冬城に渡せば、しわくちゃなのが気に入らないのが微妙な顔をされた。
「お土産」
「分かりますけど、もうちょっと丁寧に保管できませんかね」
「いらなかったらいらないでいーし」
「……いらないとは言ってません」
そういって、冬城はおもむろにビニール袋の中に手を突っ込んで中を探る。袋の大きさの割に、それは小さなものだった。
「何ですかこれ」
「サカバンバスピス」
「キーホルダーですね」
「サカバンバスピスの」
それは、いつぞやゲームセンターで始めてとった大きなぬいぐるみの小さいバージョン。アホ面の古代魚のぬいぐるみキーホルダーだ。
俺は、リュックにつけていたストラップが色違いのキーホルダーを見せ「お揃い」と冬城に見せる。
「いーだろ」
「お揃いですか。それなら、まあ」
「お揃いじゃなかったら嫌なのかよ」
「別に。善意は俺、ちゃんと受け取るので」
いけ好かない態度を取りつつも、冬城はそれをリュックに付け始めた。なんかペアルックみたいで恥ずかしいなと見つめていれば「ペアルックですね」と心を読んだように言われてしまう。
実際に言われると実感がわいて、顔に熱が集まってしまう。
「あーバカ、言うなバカ」
「先輩も思ったんじゃないですか? てか、俺とペアルックにしたくて同じのかったんでしょ。認めてください」
「な、何を認めんだよ」
リュックサックでなるべく顔を隠して歩く。隣で、ニマニマと惚けたような顔で歩く冬城を見ているとこっちまで恥かしくなってきた。
この間までは怒ってて怖い顔をしていたのに、それが嘘みたいだ。
梅雨の時期も過ぎて、すっかり夏の暑さがやってくる。ジジジ……と、近くの蛍光灯が音を立てて青白く発光しているのが見えた。そこに、蛾が群れている。その少し下に大きな蜘蛛の巣があり、小さな羽虫が絡まっていた。
「あと、先輩。今日、SNS更新しましたね?」
「お前、まだ俺の見てんの?」
「嫌でも目に入ります」
「見なきゃいいのに……で、何?」
「辞めるって言いませんでしたか?」
サカバンバスピスのキーホルダーを弄っていると、冬城のお説教が飛んできた。
別に今日は何気なしに自撮りを上げた。本当に何となく、寝癖がかわいいなーって思ったから鏡の前で撮ったのを朝上げたのだが、それを冬城が見ているとは思わなかったのだ。
やめるとは言ったが結局消していない。やっぱり、鍵アカだけどいいねが三桁ついたら消しにくいだろう。
「言ったけど……思い出的な」
「消してください」
「だから、何でお前に言われなきゃなんねーの」
「……嫌だからです。俺が」
「だから、何で」
足を止め、理由を言うまで歩かないぞという意思を見せれば、冬城の足も止まった。
また怖い顔で俺を見下ろしている。黒マスクをしていたら、きっともっと怖かっただろう。
数秒間睨みあっていれば、先に冬城が音を上げる。
「先輩の姿が、知らないおっさんとか、そういう人に見られるのが嫌だからですよ。だから、消してください」
「……っ、ま、それって……」
頬が少し熱い。
夏の熱さじゃなくて、内側から湧いて出てくるもの。それは、冬城も同じだったようで、伏し目がちに彼は顔を逸らす。
「冬城だけに自撮り送れってこと?」
「は?」
「いや、だって、冬城は俺の自撮りにいいねしてたし、そーいうこと……え、じゃないの?」
俺がそう聞くと、冬城は気の抜けるような長いため息をし「そういうことじゃないですけど、そういうことです」とあきらめたように言った。
(まあ、冬城がそこまで言うならけそっかな……)
未練はもう何もない。
だって、俺は今の生活が、冬城の隣で満たされてしまっているから。こんなことで、承認欲求とか、孤独とか、満たす必要がない。
「あっ、そうだ。冬城。家に帰ったらイケないことしよ~ぜ」
「……ビ、ビッチ先輩。そういうのダメだと思います」
「え~お前だって、一回くらいやったらくせになるって」
ウリウリと、肘でつついてやれば、さらに顔を逸らされてしまった。
別に高校生の男子は誰でもやっていることだろう。俺は、家につくまでずっと冬城をからかいながら歩いた。冬城は途中怒って「帰りますよ」と本気で言ったので、俺は「やだ」といって彼を引き留めた。
「はあ~久しぶりに贅沢したって感じ」
「ビッチ先輩って結構食べますよね。なのに、何で小さいんですか?」
「小さくねえし……お前がでっかいだけじゃね?」
ファミレスから出るころには日はすっかり沈んでいた。
いつもならドリンクバーでジュースを混ぜるところを、冬城に見られているという意識から混ぜずにメロンソーダだけを入れた。なみなみと注がれたメロンソーダは甘ったるくて、メロンの味はまったくしなかった。おまけに炭酸が効きすぎていて、口の中がパチパチとはじけて痛かった。
駅前は未だ賑やかで、今から居酒屋を回る予定のサラリーマンや、塾帰りの学生と思しき男子とすれ違う。賑やかな声と、電車が通り過ぎていく騒音。こんな時間まで外にいるのは久しぶりだった。いつもは、駅から降りたら家に直行するから、冬城と歩くのはこれが初めてかもしれない。
冬城は俺の家に来たとき、だいたい一人で帰っていく。送っていくといっても「先輩が連れ去られた困るんで」と理由をつけて一人で帰ってしまうのだ。送らせてくれてもいいのに、と思いながらもそれも冬城の気遣いとして俺は受け取っている。
「今はお前と同じもん食べてるからこれから伸びる」
「伸びますかねえ……」
冬城は有言実行して俺に弁当を作ってくれるようになった。しかも、自分の弁当には卵焼きが三つだったところを二つにして、俺に一つ多めに入れてくれている。
毎日、卵焼きが入っていて俺は昼休みの時間が楽しくなった。
「あーそういや、まだお土産渡してなかったかも」
「先輩、修学旅行からかなりたってますよ?」
「んーどうせ、今日泊りだって思ってたから、今日渡そうって。ちょっと待てよ」
俺は、リュックを前に持ってきて外ポケットに手を突っ込んだ。その中から、しわくちゃになったキャラクターが描かれたビニール袋を引っ張り出す。なんちゃら水族館と書かれたビニール袋を冬城に渡せば、しわくちゃなのが気に入らないのが微妙な顔をされた。
「お土産」
「分かりますけど、もうちょっと丁寧に保管できませんかね」
「いらなかったらいらないでいーし」
「……いらないとは言ってません」
そういって、冬城はおもむろにビニール袋の中に手を突っ込んで中を探る。袋の大きさの割に、それは小さなものだった。
「何ですかこれ」
「サカバンバスピス」
「キーホルダーですね」
「サカバンバスピスの」
それは、いつぞやゲームセンターで始めてとった大きなぬいぐるみの小さいバージョン。アホ面の古代魚のぬいぐるみキーホルダーだ。
俺は、リュックにつけていたストラップが色違いのキーホルダーを見せ「お揃い」と冬城に見せる。
「いーだろ」
「お揃いですか。それなら、まあ」
「お揃いじゃなかったら嫌なのかよ」
「別に。善意は俺、ちゃんと受け取るので」
いけ好かない態度を取りつつも、冬城はそれをリュックに付け始めた。なんかペアルックみたいで恥ずかしいなと見つめていれば「ペアルックですね」と心を読んだように言われてしまう。
実際に言われると実感がわいて、顔に熱が集まってしまう。
「あーバカ、言うなバカ」
「先輩も思ったんじゃないですか? てか、俺とペアルックにしたくて同じのかったんでしょ。認めてください」
「な、何を認めんだよ」
リュックサックでなるべく顔を隠して歩く。隣で、ニマニマと惚けたような顔で歩く冬城を見ているとこっちまで恥かしくなってきた。
この間までは怒ってて怖い顔をしていたのに、それが嘘みたいだ。
梅雨の時期も過ぎて、すっかり夏の暑さがやってくる。ジジジ……と、近くの蛍光灯が音を立てて青白く発光しているのが見えた。そこに、蛾が群れている。その少し下に大きな蜘蛛の巣があり、小さな羽虫が絡まっていた。
「あと、先輩。今日、SNS更新しましたね?」
「お前、まだ俺の見てんの?」
「嫌でも目に入ります」
「見なきゃいいのに……で、何?」
「辞めるって言いませんでしたか?」
サカバンバスピスのキーホルダーを弄っていると、冬城のお説教が飛んできた。
別に今日は何気なしに自撮りを上げた。本当に何となく、寝癖がかわいいなーって思ったから鏡の前で撮ったのを朝上げたのだが、それを冬城が見ているとは思わなかったのだ。
やめるとは言ったが結局消していない。やっぱり、鍵アカだけどいいねが三桁ついたら消しにくいだろう。
「言ったけど……思い出的な」
「消してください」
「だから、何でお前に言われなきゃなんねーの」
「……嫌だからです。俺が」
「だから、何で」
足を止め、理由を言うまで歩かないぞという意思を見せれば、冬城の足も止まった。
また怖い顔で俺を見下ろしている。黒マスクをしていたら、きっともっと怖かっただろう。
数秒間睨みあっていれば、先に冬城が音を上げる。
「先輩の姿が、知らないおっさんとか、そういう人に見られるのが嫌だからですよ。だから、消してください」
「……っ、ま、それって……」
頬が少し熱い。
夏の熱さじゃなくて、内側から湧いて出てくるもの。それは、冬城も同じだったようで、伏し目がちに彼は顔を逸らす。
「冬城だけに自撮り送れってこと?」
「は?」
「いや、だって、冬城は俺の自撮りにいいねしてたし、そーいうこと……え、じゃないの?」
俺がそう聞くと、冬城は気の抜けるような長いため息をし「そういうことじゃないですけど、そういうことです」とあきらめたように言った。
(まあ、冬城がそこまで言うならけそっかな……)
未練はもう何もない。
だって、俺は今の生活が、冬城の隣で満たされてしまっているから。こんなことで、承認欲求とか、孤独とか、満たす必要がない。
「あっ、そうだ。冬城。家に帰ったらイケないことしよ~ぜ」
「……ビ、ビッチ先輩。そういうのダメだと思います」
「え~お前だって、一回くらいやったらくせになるって」
ウリウリと、肘でつついてやれば、さらに顔を逸らされてしまった。
別に高校生の男子は誰でもやっていることだろう。俺は、家につくまでずっと冬城をからかいながら歩いた。冬城は途中怒って「帰りますよ」と本気で言ったので、俺は「やだ」といって彼を引き留めた。



