六月の行事はあっという間に過ぎていく。
 テストではギリギリ赤点を回避し、その後の修学旅行はクラスメイトと楽しんだ。しかし、夜になるとピコン、ピコンと冬城からメッセージが届く。スタンプと、ものすごく短い短文が添えられたもので「何食べました?」とか「いつ寝るんです?」とか。修学旅行の話を聞けよって思うのに、あいつのメッセージは淡白で、でもスタンプはかわいい黒い猫のスタンプだった。しかも肉球がピンク色という俺好みの猫。少し目つきが悪いところが冬城に似てるなーと引用してやれば「俺はもっとかわいいです」と、変に対抗心を燃やしてきた。
 俺は修学旅行の思い出よりも、冬城とのメッセージのやり取りのほうが印象に残っている。
 クラスメイトには「恋人か、おい恋人か?」と言われたが、俺が後輩と返すと一気に散っていった。本当に、恋人とかそういうことにしか興味ないんだな、なんて思いながらもそのクラスメイトとは枕投げをした。結果、先生に怒られた。
 冬城は、いつもはメッセージを送ってこないくせに、何故かこういうときだけ送ってきて。修学旅行中もずっと冬城のことを考えていた。でも、やっぱり冬城のことはよくわからなかった。
 そして、六月の最終週。
 今日は、冬城が俺の家に泊まりに来ることになっている。
 教室を出て下駄箱に向かうまでの道なりが長く感じる。最近は俺が迎えに行っているのに、今日に限って「下駄箱で待ち合わせですからね」というメッセージが送られてきた。昼休みだって一緒に過ごしたのになぜだろうか。
『先輩、前に家に泊まってもいいって言いましたよね。いつならいいです?』
『お、お泊り……えーじゃあ、六月の最終週の土曜日? とか』
 それは些細な会話から発展したことだった。
 その日はゲームセンターで冬城にカーゲームでバナナの皮を二枚投げつけられて、盛大に負けた日の帰り道。冬城はふとそんなことを聞いてきたのだ。
 冬城は時々俺の家に来て、夕ご飯を食べて帰っていく。これももう慣れた光景だ。
 だが、冬城は一度も自分の家には呼ばないし、俺が行きたいといってもダメだと言った。一軒家で、お母さんが帰って来ないなら別に問題ないだろうと俺は思ったのだが、冬城がどうしてもダメだというので俺はそれを聞き入れるしかなかった。
 冬城の家の話をすると、冬城が嫌な顔をする。そんな顔をさせたくなかったから、俺はそれ以降あいつの家の話は出していない。
 下駄箱までつけば、すでに俺を待っていた冬城がいた。靴を履いてスマホを確認している。冬城! と名前を呼ぶ前にあちらが気が付き、また黒いマスクを取る。
「結局お前、またマスクしてんの?」
「先輩の前だけは外すので勘弁してください」
「な、何を」
「俺がモテたら困るでしょ?」
「意味わかんねーし。知らねーもん。てか、お前告白されてもフるタイプだろ」
 軽口を叩きつつ、俺は自分の下駄箱から靴を出し地面にたたきつける。そんな俺の靴を、左手で丁寧に冬城が揃えてくれた。
 俺の育ちの悪さとは真逆で、冬城はこういうところがしっかりしている。口は良く回るけど、この何気ない気づかいが好きだった。
 俺は、踵を踏みながら靴を履き、トントンと地面に靴の先端をぶつける。
「冬城お泊り道具持ってきた?」
「まあ、それなりには」
「ちょっと荷物いつもより多めだからよくわかる。んじゃ、行く?」
 冬城の鞄を覗くと、いつもより少しだけ膨れている気がした。その中にパンツとか歯ブラシとか入ってんのかなーと想像しつつ、俺は俺よりもうんと背の高い下駄箱の群の中を抜けていく。
 冬城はその後ろをゆっくりとついてきているようだった。
「てか、今日の晩御飯どうする? また、コンビニでもいいけど」
「ファミレス……とかどうです?」
「おっ、いいじゃん。ファミレス。そういや、クーポンあるかも」
「あ、待ってください。やっぱりダメです」
 すでに口の中が某有名なファミレス店のメニューを考え、よだれが溜まってきたというのに、冬城が待ったをかける。
 なんだよ、と睨みつければ冬城は肩をすくめた。
「だって、ビッチ先輩ドリンクバーでジュース混ぜちゃう人でしょ。なんか嫌です」
「はあ!? なんでわか……じゃなくて。お前、それ酷いだろ」
「ああ、でも。最近のファミレスは先輩が好きな猫型ロボットが運んできてくれるみたいですよ」
 行きます? と、自分で待ったをかけたくせに言って来る。
 ファミレスにいくのは久しぶりなので、今のファミレスがどうなっているか知らなかった。クラスのやつと行くときは、冬城のいったようにドリンクバーでジュースを混ぜてしまうけど、別にダメとは書いていない。
 冬城は俺に追いつくと「駅前にありますね。今から行きましょうか?」とスマホを見せながら言ってきた。そこは確かに、駅前にあるファミレスで席数もかなりあった。
「じゃあ、そこでいいや。電車に乗ってる間にクーポン探す」
「またクーポンですか。先輩は、半額とかクーポンとか好きですね」
「悪い?」
「いーえ。先輩らしいなって、最近は慣れてきました」
 スマホの電源を落とし、冬城はサッと尻ポケットにスマホを突っ込んだ。それから、ポンポンと俺のリュックを叩き歩き始める。
 先ほどは俺が先導していたのに、冬城が前に行ってしまった。俺はそんな冬城の大きな背中を追いかけてまだしっかり履けていない靴のまま走りだすのだった。