(いや、これは断じて! 冬城の機嫌を取るためとかじゃなくって。ちょっと心配だからっていう、そう、心配!)
放課後、俺は一目散に一年生の教室に向かった。
今日は、一年生が六時間目学年集会かなんだったらしく、体育館にいくのを覚えていたため、HRが遅れると踏んだのだ。案の定、一年生はHRを終えたばかりでぞろぞろと教室を出てくる。俺は、冬城のいる教室の中央に立って、前後どちらの扉から出てきてもいいように仁王立ちで構えていた。
なんだか今日は、今を逃すと逃げられてしまうような気がしたからだ。
(冬城じゃない……あ、冬城じゃない……ああ、もう!! あいつ、出てこねえし!!)
他の一年生は出てくるのに、冬城だけは出てこなかった。そうしてしばらくたって待っていると、ようやく教室から出てくる人の数が減る。俺は、こうなったらと、教室の中をのぞいた。すると、窓側の席で突っ伏している冬城の姿を見つけた。
話しかけるか迷ったものの、教室の入り口に立つと邪魔、という冬城の言葉を何故か思い出し教室に足を踏み入れた。
思い出せば、ここは俺が一年生だったとき使っていた教室だった。だいたい、学校統一で椅子と机は同じなものの、数部屋だけ床が木目上になっていたので覚えている。今は、コンクリートのような鉛色の床の教室を使っている。
俺は、そろりそろりと冬城に近づき、彼の前に立つ。しかし、本気で寝ているのか俺が前に立っても起きない。また、誰も冬城を起こそうというクラスメイトはおらず、冬城は放置されていた。
俺のことは不思議そうに見るのに、誰も冬城に俺が着たことを伝えようとしない。それは、冬城がこのクラスでの立ち位置であることをとおまわしにつたえているようだった。
「……冬城」
俺が名前を呼ぶと、確かに冬城の身体はピクリと動いた。しかし、狸寝入りを続行したいらしく、その後何度呼んでも反応がない。
昼間のことをまだ怒っているのか何なのか。俺も意地になってしまい、何としてでも起こしたいという欲求が生まれる。いつもならめんどくさいやつは放っておく主義なのに。
俺は、スマホを取り出し冬城の夜空のアイコンをタップした。画面には電話マークが表示され、俺は迷うことなくそのボタンを押す。すると、ピロロピロロと、冬城の尻ポケットからスマホの着メロが流れる。
冬城はそれにも抵抗して突っ伏していたが「冬城くん、電話なってるよ」と後ろでこそこそ話す女子の声が聴こえたのか、嫌そうに腕だけ伸ばしてスマホをポケットから引き抜く。俺は、そのタイミングを逃すことなく彼の腕を掴んだ。
「冬城」
「……先輩、なんっすか」
「うわ、寝起きわる……じゃなくて」
「…………電話止めてください。どーせ、先輩でしょ」
眉間にこれでもかとしわを寄せ、冬城は俺を睨みつけた。黒マスクをしているため、声がくぐもって聞こえる。
言われるがまま、電話を消せば、またぷらーんと腕を垂らして冬城は突っ伏してしまった。
「なあ、冬城って。なあ」
「今度はなんですか」
「お前、教室ではそのキャラなわけ? まあ、いいけど……じゃなくて、一緒に帰ろうって思って、来たのに」
「………………先輩って、寂しがり屋で、酷い人ですね」
「はあ?」
何を言っているかわからなかったが、冬城がぬんと起き上がったため、思わず「うわっ」と声が漏れてしまう。それを聞いていたのか「うわって……」と冬城は苦笑気味に言う。マスクをしているため分からないが、乾いた笑いが漏れたのは確かだ。
冬城はのっそりと立ち上がると、一瞬にして俺の身長を抜いて見下ろす。その後、机の横に置いてあったリュックサックを背負うために屈みまた俺のほうを見た。
「な、なに。冬城」
「いーえ、何でもありません。迎えに来てくれてありがとうございます」
「き、機嫌治った?」
「先輩、そういうの聞くのは良くないと思います。そうですね、先輩が毎日俺のこと迎えに来てくれたら機嫌治ります」
「そんなことしたら、いつまでたっても機嫌治んねーだろ……」
耳にかけていた黒いマスクを取り、冬城は丁寧にたたんでズボンのポケットに入れ込んだ。
マスクがなくなった冬城の顔はよく見える。昼休みのときのようによくわからない表情ではなく、いつものちょっと生意気な顔に戻っていた。
「どうしました?」
「いや、いつも通りの冬城だなーって思って。あ、でもちょっと嬉しそうかも」
「何ででしょうね?」
「俺に聞くなよ」
冬城に分からないなら、俺にもわかるわけがない。
口角がちょっと上がっていて、楽しそうなのは見てて分かるのに、冬城自身がなぜ楽しいのか分かっていないようだった。それはそれでとても怖い気がする。
冬城に「さ、行きましょう」と背中を押され、俺は教室の出口まで押し出されるようにずるずると前に進んでいく。後ろから「先輩楽でしょー」なんて声が聴こえてくるものだから、ついつい笑ってしまった。
こういう時間がとても楽しい。迎えに来て損じゃなかったと思える。
「楽だし、楽しい。冬城が面白いことするから。一緒に帰るってなんかいいな」
精一杯今言える言葉それだった。その言葉を聞いて冬城がフッと小さく笑ったのを俺は聞き逃さなかったのだった。
放課後、俺は一目散に一年生の教室に向かった。
今日は、一年生が六時間目学年集会かなんだったらしく、体育館にいくのを覚えていたため、HRが遅れると踏んだのだ。案の定、一年生はHRを終えたばかりでぞろぞろと教室を出てくる。俺は、冬城のいる教室の中央に立って、前後どちらの扉から出てきてもいいように仁王立ちで構えていた。
なんだか今日は、今を逃すと逃げられてしまうような気がしたからだ。
(冬城じゃない……あ、冬城じゃない……ああ、もう!! あいつ、出てこねえし!!)
他の一年生は出てくるのに、冬城だけは出てこなかった。そうしてしばらくたって待っていると、ようやく教室から出てくる人の数が減る。俺は、こうなったらと、教室の中をのぞいた。すると、窓側の席で突っ伏している冬城の姿を見つけた。
話しかけるか迷ったものの、教室の入り口に立つと邪魔、という冬城の言葉を何故か思い出し教室に足を踏み入れた。
思い出せば、ここは俺が一年生だったとき使っていた教室だった。だいたい、学校統一で椅子と机は同じなものの、数部屋だけ床が木目上になっていたので覚えている。今は、コンクリートのような鉛色の床の教室を使っている。
俺は、そろりそろりと冬城に近づき、彼の前に立つ。しかし、本気で寝ているのか俺が前に立っても起きない。また、誰も冬城を起こそうというクラスメイトはおらず、冬城は放置されていた。
俺のことは不思議そうに見るのに、誰も冬城に俺が着たことを伝えようとしない。それは、冬城がこのクラスでの立ち位置であることをとおまわしにつたえているようだった。
「……冬城」
俺が名前を呼ぶと、確かに冬城の身体はピクリと動いた。しかし、狸寝入りを続行したいらしく、その後何度呼んでも反応がない。
昼間のことをまだ怒っているのか何なのか。俺も意地になってしまい、何としてでも起こしたいという欲求が生まれる。いつもならめんどくさいやつは放っておく主義なのに。
俺は、スマホを取り出し冬城の夜空のアイコンをタップした。画面には電話マークが表示され、俺は迷うことなくそのボタンを押す。すると、ピロロピロロと、冬城の尻ポケットからスマホの着メロが流れる。
冬城はそれにも抵抗して突っ伏していたが「冬城くん、電話なってるよ」と後ろでこそこそ話す女子の声が聴こえたのか、嫌そうに腕だけ伸ばしてスマホをポケットから引き抜く。俺は、そのタイミングを逃すことなく彼の腕を掴んだ。
「冬城」
「……先輩、なんっすか」
「うわ、寝起きわる……じゃなくて」
「…………電話止めてください。どーせ、先輩でしょ」
眉間にこれでもかとしわを寄せ、冬城は俺を睨みつけた。黒マスクをしているため、声がくぐもって聞こえる。
言われるがまま、電話を消せば、またぷらーんと腕を垂らして冬城は突っ伏してしまった。
「なあ、冬城って。なあ」
「今度はなんですか」
「お前、教室ではそのキャラなわけ? まあ、いいけど……じゃなくて、一緒に帰ろうって思って、来たのに」
「………………先輩って、寂しがり屋で、酷い人ですね」
「はあ?」
何を言っているかわからなかったが、冬城がぬんと起き上がったため、思わず「うわっ」と声が漏れてしまう。それを聞いていたのか「うわって……」と冬城は苦笑気味に言う。マスクをしているため分からないが、乾いた笑いが漏れたのは確かだ。
冬城はのっそりと立ち上がると、一瞬にして俺の身長を抜いて見下ろす。その後、机の横に置いてあったリュックサックを背負うために屈みまた俺のほうを見た。
「な、なに。冬城」
「いーえ、何でもありません。迎えに来てくれてありがとうございます」
「き、機嫌治った?」
「先輩、そういうの聞くのは良くないと思います。そうですね、先輩が毎日俺のこと迎えに来てくれたら機嫌治ります」
「そんなことしたら、いつまでたっても機嫌治んねーだろ……」
耳にかけていた黒いマスクを取り、冬城は丁寧にたたんでズボンのポケットに入れ込んだ。
マスクがなくなった冬城の顔はよく見える。昼休みのときのようによくわからない表情ではなく、いつものちょっと生意気な顔に戻っていた。
「どうしました?」
「いや、いつも通りの冬城だなーって思って。あ、でもちょっと嬉しそうかも」
「何ででしょうね?」
「俺に聞くなよ」
冬城に分からないなら、俺にもわかるわけがない。
口角がちょっと上がっていて、楽しそうなのは見てて分かるのに、冬城自身がなぜ楽しいのか分かっていないようだった。それはそれでとても怖い気がする。
冬城に「さ、行きましょう」と背中を押され、俺は教室の出口まで押し出されるようにずるずると前に進んでいく。後ろから「先輩楽でしょー」なんて声が聴こえてくるものだから、ついつい笑ってしまった。
こういう時間がとても楽しい。迎えに来て損じゃなかったと思える。
「楽だし、楽しい。冬城が面白いことするから。一緒に帰るってなんかいいな」
精一杯今言える言葉それだった。その言葉を聞いて冬城がフッと小さく笑ったのを俺は聞き逃さなかったのだった。



