「別に今は何ともねーよ。今日会うまで忘れてたし……ほんと、なんもねーし。それに、今は、冬城と一緒にいるほうが楽しいし……」
なぜか言い訳をするような形になってしまい、俺はしくじったなと直感的に思った。
しかし、案外この言葉は悪くなかったのか、冬城の肩がピクンと動いた。本当にかすかに、見逃すぐらいちょっとだけ。
冬城は、前髪を掴みながら顔だけをこちらに向けた。悲しそうな瞳が俺を射抜き、結んでいた薄い唇が開く。
「ほんとですか?」
「……と、何が? 先輩と付き合ってたってはな……」
「じゃなくて。俺と一緒にいるほうが楽しいって」
「え……あーまあ、そりゃ、そうだろ。じゃなきゃ、一緒にいないし」
でも、俺たちの関係ってそんな楽しいとか言える関係じゃないのかもしれない。
今でこそ、そういう先輩後輩に収まっているものの、初めは脅し脅される関係だったはずなのに。
冬城も今ではそんなふうに思っていないし、あちらから問題となった写真の話も出てこない。忘れたわけじゃないのだろうが、それなくとも俺たちの関係は成り立っている。
(楽しんでるの、俺だけじゃない……よな)
元はと言えば、俺の醜態を写真に収められてしまったのが原因だったが。俺は、今の関係に満足し、楽しんでしまっている。
俺が、途切れ途切れにそういえば、冬城の顔がようやくはっきり見える位置まで来た。冬城は前髪から手を放し、ササっと直すと俺のほうを向き直る。
「先輩は、俺と一緒にいて楽しい?」
「……っ、近い。近いんだって、冬城!!」
「近いのダメですか?」
何で? と、駄々をこねる子どものように冬城は言って、さらに距離を詰めてきた。階段の途中、俺の背中にはとんと壁が当たっている。逃げ場なんてない。
この光景を誰かに見られたら勘違いされそうだ。
(誰に、何を勘違いされるんだよっ!!)
俺は、自分にツッコミを入れつつも、視線を外させてくれない冬城の顔を前に心臓がまた早鐘を打つ。さっきよりも早く、この距離では冬城に聞かれてしまいそうなほどに。何故ドキドキしているのか分からなかった。うるさいし、心臓が痛い。
原因となっている冬城は俺を逃がしてくれない。しまいには、ドンっと音が鳴りそうなくらい勢いよく、壁に手をついた。いわゆる壁ドンの姿勢になってしまい、俺は前髪の生え際から汗が噴き出す。頬骨に乗っているほっぺも熱くて痛い。
「ふゆ……しろ……ダメ」
「先輩、ダメじゃなさそうです」
「それは、お前が勝手にそう思ってるだけ!! もー、さっきから何だよ。俺、お腹空いたの!!」
耐えきれなくなり、俺は冬城の胸板を押した。だが、びくともせず、今度は冬城の胸を押している手を彼に拘束されてしまった。俺の手はこの年代の男子に比べて小さいほうだ。しかし、俺よりも平均的な男子の手よりも大きな冬城の片手が俺の両手を一気に拘束する。力が強くてこちらも振りほどけない。
階段の上ということもあって強く押すことができなかったのもそうだが、俺はこういう時ちゃんとした抵抗ができないのだろう。身体に力も入らない。
「ふ、冬城、むね、胸!!」
「ああ、触りたければどうぞ。ビッチ先輩、こういうの好きでしょ?」
「す、好きじゃない! ふわ……あ、お前ちゃんと鍛えてんの……じゃなくて! あーもう、お前、変、へん、だから……俺も、へん……」
ダメだ。頭の中真っ白になる。
冬城に拘束されつつも、身体をきゅっと丸めれば、ようやく冬城は俺を解放してくれた。何がきっかけかは分からなかったが、冬城はようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。
対して俺の顔はずっと熱が引いてくれないまま。冬城に掴まれた手首が少し赤くなっている。
「何、ほんと、お前……」
「先輩、卵焼きで機嫌直してください」
「……俺、そんな安くないし」
すでに姿勢を正し、フワフワな卵焼きを二つ箸で掴んだ冬城は、先ほどとは違い柔らかい表情で俺を見ていた。まるで、先ほどの表情は俺が見ていた幻覚だとも言いたげな、憎たらしくも優しい笑み。
ついつい許しそうになってしまったものの、頬の熱も、手首の痛みも消えたわけじゃない。
しかし、ぐうぅうう……と盛大になった腹の音はごまかせず、俺は菓子パンの袋の上に乗せるよう冬城に要求した。
「先輩、今日は俺の手から食べません?」
「やだ、お前、俺のこと窒息死させるかもだし」
「俺ってそんな信用ないです?」
「……ないというか。今のお前ちょっと怖いの……そんなに、変? 俺が付き合ってたの、部活してたの」
蒸し返すつもりはなかった。
でも、なんとなく口が動いたらそんな話題を話していた。
また、冬城が黙り込んでしまう。今のは空気が読めていなかったなと反省していると、冬城が「変じゃないですよ」と言ってくれる。
「変じゃないです。変なのは俺です」
「え……いや、そうじゃなくて。あ、卵焼きありがと」
俺の菓子パンの袋の上に柔らかな卵焼きが乗せられる。それは冷たくなっていたが、香ってくるダシの匂いが食欲をそそる。
隣でいただきます、と言って食べ始めてしまった冬城を横に、俺は何も言えなかった。膝の上に菓子パン、その上に卵焼き。俺は、卵焼きを手でつまんで口に放り込んだ。その卵焼きは、冬城が言った通り俺好みの甘い卵焼きで、この瞬間口の中だけは幸せに包まれた。
なぜか言い訳をするような形になってしまい、俺はしくじったなと直感的に思った。
しかし、案外この言葉は悪くなかったのか、冬城の肩がピクンと動いた。本当にかすかに、見逃すぐらいちょっとだけ。
冬城は、前髪を掴みながら顔だけをこちらに向けた。悲しそうな瞳が俺を射抜き、結んでいた薄い唇が開く。
「ほんとですか?」
「……と、何が? 先輩と付き合ってたってはな……」
「じゃなくて。俺と一緒にいるほうが楽しいって」
「え……あーまあ、そりゃ、そうだろ。じゃなきゃ、一緒にいないし」
でも、俺たちの関係ってそんな楽しいとか言える関係じゃないのかもしれない。
今でこそ、そういう先輩後輩に収まっているものの、初めは脅し脅される関係だったはずなのに。
冬城も今ではそんなふうに思っていないし、あちらから問題となった写真の話も出てこない。忘れたわけじゃないのだろうが、それなくとも俺たちの関係は成り立っている。
(楽しんでるの、俺だけじゃない……よな)
元はと言えば、俺の醜態を写真に収められてしまったのが原因だったが。俺は、今の関係に満足し、楽しんでしまっている。
俺が、途切れ途切れにそういえば、冬城の顔がようやくはっきり見える位置まで来た。冬城は前髪から手を放し、ササっと直すと俺のほうを向き直る。
「先輩は、俺と一緒にいて楽しい?」
「……っ、近い。近いんだって、冬城!!」
「近いのダメですか?」
何で? と、駄々をこねる子どものように冬城は言って、さらに距離を詰めてきた。階段の途中、俺の背中にはとんと壁が当たっている。逃げ場なんてない。
この光景を誰かに見られたら勘違いされそうだ。
(誰に、何を勘違いされるんだよっ!!)
俺は、自分にツッコミを入れつつも、視線を外させてくれない冬城の顔を前に心臓がまた早鐘を打つ。さっきよりも早く、この距離では冬城に聞かれてしまいそうなほどに。何故ドキドキしているのか分からなかった。うるさいし、心臓が痛い。
原因となっている冬城は俺を逃がしてくれない。しまいには、ドンっと音が鳴りそうなくらい勢いよく、壁に手をついた。いわゆる壁ドンの姿勢になってしまい、俺は前髪の生え際から汗が噴き出す。頬骨に乗っているほっぺも熱くて痛い。
「ふゆ……しろ……ダメ」
「先輩、ダメじゃなさそうです」
「それは、お前が勝手にそう思ってるだけ!! もー、さっきから何だよ。俺、お腹空いたの!!」
耐えきれなくなり、俺は冬城の胸板を押した。だが、びくともせず、今度は冬城の胸を押している手を彼に拘束されてしまった。俺の手はこの年代の男子に比べて小さいほうだ。しかし、俺よりも平均的な男子の手よりも大きな冬城の片手が俺の両手を一気に拘束する。力が強くてこちらも振りほどけない。
階段の上ということもあって強く押すことができなかったのもそうだが、俺はこういう時ちゃんとした抵抗ができないのだろう。身体に力も入らない。
「ふ、冬城、むね、胸!!」
「ああ、触りたければどうぞ。ビッチ先輩、こういうの好きでしょ?」
「す、好きじゃない! ふわ……あ、お前ちゃんと鍛えてんの……じゃなくて! あーもう、お前、変、へん、だから……俺も、へん……」
ダメだ。頭の中真っ白になる。
冬城に拘束されつつも、身体をきゅっと丸めれば、ようやく冬城は俺を解放してくれた。何がきっかけかは分からなかったが、冬城はようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。
対して俺の顔はずっと熱が引いてくれないまま。冬城に掴まれた手首が少し赤くなっている。
「何、ほんと、お前……」
「先輩、卵焼きで機嫌直してください」
「……俺、そんな安くないし」
すでに姿勢を正し、フワフワな卵焼きを二つ箸で掴んだ冬城は、先ほどとは違い柔らかい表情で俺を見ていた。まるで、先ほどの表情は俺が見ていた幻覚だとも言いたげな、憎たらしくも優しい笑み。
ついつい許しそうになってしまったものの、頬の熱も、手首の痛みも消えたわけじゃない。
しかし、ぐうぅうう……と盛大になった腹の音はごまかせず、俺は菓子パンの袋の上に乗せるよう冬城に要求した。
「先輩、今日は俺の手から食べません?」
「やだ、お前、俺のこと窒息死させるかもだし」
「俺ってそんな信用ないです?」
「……ないというか。今のお前ちょっと怖いの……そんなに、変? 俺が付き合ってたの、部活してたの」
蒸し返すつもりはなかった。
でも、なんとなく口が動いたらそんな話題を話していた。
また、冬城が黙り込んでしまう。今のは空気が読めていなかったなと反省していると、冬城が「変じゃないですよ」と言ってくれる。
「変じゃないです。変なのは俺です」
「え……いや、そうじゃなくて。あ、卵焼きありがと」
俺の菓子パンの袋の上に柔らかな卵焼きが乗せられる。それは冷たくなっていたが、香ってくるダシの匂いが食欲をそそる。
隣でいただきます、と言って食べ始めてしまった冬城を横に、俺は何も言えなかった。膝の上に菓子パン、その上に卵焼き。俺は、卵焼きを手でつまんで口に放り込んだ。その卵焼きは、冬城が言った通り俺好みの甘い卵焼きで、この瞬間口の中だけは幸せに包まれた。



