最近はこの時間が楽しみになっている。
「今日も手作り弁当?」
「ビッチ先輩は、相変わらず……ああ、今日は菓子パンの日ですね。水曜日は菓子パンの日」
「そっ、冬城よく覚えてんじゃん」
「覚えますよ。三週間ぐらい続けば……先輩、早いです。その、目、やめてください」
 いつもの昼休み。
 六月に入り、じめじめっとした日が続く昼休み。俺たちは、屋上に続く階段で並んで昼ご飯を食べていた。
 冬城は、俺が誘うのを忘れていると、昼休みにわざわざ二年生の教室まで迎えに来てくれるまでになった。たまにそれが続くと「もう、迎えに来ませんからね」と拗ねるので、俺からも冬城を誘いに行っている。
 クラスメイトにはどういう関係? と聞かれるが「清掃バイトの同僚」とだけ言ってやり過ごしている。実際は、最近ゲームセンターに行くよりも俺の家だったり、最寄りの駅だったりで遊んでいる。でも、週に二回くらいはあのゲームセンターで冬城と勝負をしている。上手くなっている自覚はあるのに、冬城には未だ勝てないままだ。もうすでにゲーム流行りつくしたので、二巡目に突入している。
 冬城がマイバチを持ってきたときは、だいたい太鼓の名人をやる。それで、ボロボロに負けるまでがセット。
 俺は、またふたを開けていない冬城の弁当をじっと見つめていた。一日一個、手作りの何かをくれる。前に一度「それ、冷凍食品です」と言われたときはショックを受けたが、以降はちゃんと手作りのおかずをくれるようになった。
 もういっそ冬城に弁当を作ってもらおうかなと思ったが、冬城の負担にはなりたくなかった。それに、ずうずうしい先輩と思われたくない。
 冬城は「はいはい」と子どもを宥めるように言うと、弁当の蓋を開ける。今日も、俺の大好きなフワフワの卵焼きが入っている。あとは、ちょっと焼きすぎたウィンナーソーセージも。
 冬城がくれるおかずは毎回変わるので、何がもらえるかはその日の冬城次第といった感じだ。
「だって、お前の弁当美味しいんだもん」
「もう、そんなにいうなら二つ作りますけど」
「え……」
「えって。何か俺おかしいこと言いました?」
 こちらを不思議そうに見る冬城の顔からは、邪気が感じられず、本気で言っているのが分かる。俺は、冬城の負担になるだろうと思って、作ってもらうのはなーと思っていた。だが、冬城は違うらしい。
 俺が返事をしないものだから、いったん弁当のふたを閉め、左手を俺の顔の前でふり始める。
「い、意識はあるって」
「反応がないのでびっくりしました。だって、先輩ずっと菓子パンかコンビニ弁当じゃないですか」
「だって、俺作れねーもん……それに、お前にちょっとたのもっかなと思っても、負担になるとか考えちゃうし。あと材料費」
「そんなこと考えてたんですか」
「そんなことって……十分理由だし」
 感覚が違うのだろう。
 俺は料理を作らないからわからないけど。動画サイトで、簡単に作れる弁当って検索してみても、見るだけで満足しちゃうタイプだし。いざ作ってみようとは思えなかった。
 その工程を、冬城が毎日やっていると思うと、なんかすげーなっては思う。
 だから、作ってなんて図々しいこと言えないなと思ってしまったのだ。でも、冬城はそのハードルを難なく超えてくる。
「いーの……?」
「先輩が作ってほしかったら。それに俺があげると、物々交換とはいえ、なんか自分の弁当が減った気がしますし」
「お前、そういうとこ……でも、それは嬉しいし、助かるかも。ああ、でも材料費」
「大丈夫ですよ。俺、多分人より多めにお小遣い貰ってるんで」
 そういった冬城の顔はどこか浮かなかった。
 お小遣いがいっぱいもらえるなんて嬉しいことではないだろうか。だから、毎日ゲームセンターにいって遊んでいるとか? きっと、あのバスは定期外の場所だろうし、一人っ子でお金持ちだからお小遣いが多いのか。しかし、冬城の顔が浮かない理由は分からなかった。
 これは踏み込んではいけない部分な気がして「じゃあ、たのもっかな」と軽く返事をしてしまう。すると、冬城は「ずうずうしい」なんて、自分から言ってきたくせに、俺の額をピンと指ではじいた。
「お前がいぅたんじゃん……」
「そうですけど。ああ、じゃあ今日は、物々交換最後の日なんで。先輩の好きなもの選ばせてあげますよ」
「上から目線……なあ、この卵焼き甘いの? しょっぱいの?」
「先輩が欲しいかなって思って、甘めにしてあります。ダシの利いた甘いの好きでしょ?」
「お前、俺の胃袋掴んでどうしたいの?」
 卵焼きより、お前が甘いよ。
 俺は、再び開かれた冬城の弁当箱を覗き込む。ふわっふわな卵焼きは三つあり、一番大きなものにしようと大きさを見比べていた。
 卵焼きに限らず、カツとかの端っこが俺は好きだ。なんか特別感があっていい。
 そんなふうに、冬城の卵焼きとにらみ合っていると、ふと聞きなれない足音が聞こえた。
「小春……小春じゃん」
 いつか聞いた声に、俺は反射的に顔を上げ声のほうに身体を向けた。すると、階段の下に爽やかな顔で手を振る先輩の姿を見つけた。
「……夏川先輩」