(親に、報告されるのが一番面倒……!! こいつにあの写真消してもらわないと……)
 だが、この男が素直に消してくれるだろうか。
 ニヤニヤと口元を隠していても分かるその目を見ていれば、先ほどの写真を使って俺を脅す気まんまんにも見える。モテる上に、意地悪な後輩に弱みを握られてしまったことは、俺の人生の最大の汚点だ。
 そもそも、実際に会ってパパ活をするのはこれが初めてだった。そう、初日。俺はその初日にやらかしたのだ。
「あだ名ですよ。似合ってると思います。ビッチ先輩って」
「このやろ~もう、いいよ。お前、人の話聞かなそうだし。モテるやつってそうだよな」
「先輩はモテないからパパ活を?」
「別に……理由なんてなんだっていいだろ」
 それすら聞きだして揺する気か。
 俺は黙秘権を行使し冬城のほうを見た。目立つつくりの顔は、俺が見てもかっこいいと思う。
 でも、俺はかわいい。かわいいからおじさんが釣れる。そのおじさんは俺をちやほやしてくれるし、金もくれる。
 パパ活を始めたのは、スマホを持ち始めてからだ。といってもSNSでDKです! って、顔を半分ほど隠した自撮りを投稿したらDMがくるようになって、そこからメッセージのやり取りを始めただけで。メッセージをしているうちに、あっちからギフトカードやポイント券が送られてくるようになった。パパ活をしている自覚はあったものの、過激な要求をされずやり取りをしていたらお金が入るっていいなー程度に続けていて今日に至る。
 きっかけは些細なことだったし、今日だってよさそうな人だったら会ってみようと思っただけ。実際に会ったら話しやすいし、でもスキンシップは多いかも程度で、キモいけど許容範囲だった。俺は、小さいころに父親を亡くしているから、大人の男性との接し方がよくわからない。あっちが親子っぽい関係を求めてきたらそれっぽく息子を演じる。ただそれだけ。
(だーかーらー! パパ活なんて別に大そうな理由あってしてねえの! お金がないわけじゃないし!)
 貢がれるのはいい気分ではあるけど。
 自分のかわいさに、お金を落としてくれる大人がいると思うと自己肯定感が上がる。でもそれだけ。
「で、消せ! 消して! 冬城柊、さっきの写真消してくれ!」
「いいですよ」
「ほんとうか! じゃあ、証拠として俺の前で消して……は?」
 スマホをポケットから取り出した冬城は、画面のほうを自分の口元に近づけ、また憎たらしい笑みをこちらに向けてきた。今度はなんだと思ったが、先ほどの流れ的に確実に消してくれないというのだけは分かった。
 肩透かしを食らい、俺はふつふつと怒りがこみあげてくる。殴って気絶させようかとも考えたが、もしかしたら今も動画を撮っているかもしれないと思うと下手に動くことはできない。
「条件があります」
「条件? はっ!! ……………………まさか、えっちな?」
「違います」
 速答され、俺は思わず「うっ」と声潰れたカエルのような声が出た。
 冬城があまりにもごみを見るような目で俺を見てきたからだ。さすがにそんな目で見つめられたら傷ついてしまう。
「だからビッチ先輩なんですよ」
「意味わかんねえし。で? 条件ってなんだよ」
「簡単なことです。このゲームセンターのゲームで一回でも俺に勝てたら写真を消してあげます」
「そんなことでいいのか? なら、さっそく」
「先輩、最後までルールは聞くべきですよ」
 一歩踏み出した足が止まった。後輩に指摘されるほど屈辱的なことはない。
 俺の頭の中は、写真をいち早く消してもらうことでいっぱいになっていた。ただ、こいつの言う通りルールは聞いておいたほうがいい。このいけ好かない後輩が出すルールだ。ちゃんと聞いておかないと、後で自分が不利になるかもしれない。
「ルールって?」
「一日一回。ワンゲームです」
「百円」
「そうですね。負けたら次の日……俺は帰宅部なんで、平日だったらほぼ毎日放課後ここにいます。俺に負け続ければ、毎日ここに来ることになりますよ。あと、毎日お金が飛んでいきます」
「たかだか百円だろ?」
「負け続けたら、毎月二千円飛んでいきます」
 冬城は途中まで淡々とそう告げたが、ハッと何かに気が付いたように「ビッチ先輩部活やってます?」と聞いてくれた。
 俺はそれに首を横に振る。部活は一年生の時辞めた。俺には合わなかったし、人間関係が面倒でやめた。
(なんか変な気遣い……)
 生意気で、なんか胡散臭いのに。モテることしかよくわからない後輩は、自分のバトルフィールドで悠々と話を進めていく。
「なら大丈夫そうですね。ゲームは先輩が決めていいですよ。俺、何でもいいんで」
 余裕たっぷりな顔をすると、冬城はスマホをポケットに戻し、後ろに立っていた三脚のようなものを片づけ始めた。
「なにそれ、お前の?」
「昔誰かがここに置いていったものです。今は、スマホスタンドとして使ってます」
「は? 何で?」
「自分のプレイ映像を収めるためです。ほら、あの太鼓の名人。鬼畜モードでフルコンボ決めた動画撮りたくて」
 冬城は俺の隣にあった太鼓のゲームを指さして言った。
 こいつ、帰宅部だからって本当に自由だな、と俺は思いながらプリクラに置いてきた鞄を取りに戻る。
 最初のゲームは太鼓の名人でいいや。俺もやったことあるし。そう思って、俺は今日で終わらせてやるという気持ちで、意気揚々と冬城にゲームを挑んだ――のだが……