「お父さんが死んだからーじゃなくて、前から仕事人間。看護師って忙しいみたいだし。で、小さい頃はちょっと遠いんだけど、母方のおばあちゃんちに泊まらせてもらったりして。家にお母さん帰って来ないときな……でも、そこさ、お母さんの妹夫婦が住んでで、おばあちゃんとかおじいちゃんもその、ちっちゃい孫のほうがかわいいみたいで。俺、なんか昔から一人なんだよなー」
 あはは、と笑ってみるが、自分でも気づくぐらいに作り笑いだった。乾いた笑い声が空しくリビングに響くので「笑えよ」と思わず、冬城にべたべたな手でチョップをしてしまう。
 今言ったことは本当で、小さいころから俺は一人ぼっちだった。両親が仲が悪かったとかでもなく、どっちもが仕事人間だった。だから、子どもも一人でいいみたいな話をお母さんたちはしていたらしい。らしいというのは、おばあちゃんから聞いた話で、本当は産まない予定だったのだとか。でも、おばあちゃんの初孫が見たいということで、お母さんが無理したらしい。それで生まれたのが俺。
 その後、俺が幼稚園を卒業するころにお父さんのガンが見つかって。すでにステージがかなり進んでいたらしく、一年後にはぽっくり逝ってしまった。
 その時俺は泣いたかも覚えていないし、お母さんが泣いていたっていうのも記憶にない。まあ、そんな感じで小学生のときから片親で、ちょっと周りから気を遣われてたけど、中学校に上がるころにはなくなった。
 中学校からは給食じゃなくてお弁当で。お母さんに迷惑かけたくなくて、手作り弁当はいいからっていったら、その日からお金だけ置いていかれるようになってしまった。まだ幼いながらに、お母さんの性格って母親っぽくないなあなんて感じていた。
 おばあちゃんの家に行っても妹夫婦の子どものほうが優遇されるし。俺はずっと疎外感を感じていた。
 疎外感と孤独。
 空気を読むとか、人の顔色を窺うとかは得意。でも、深くかかわってこなかったからたまに人との距離感が分からなくなる。どこまで踏み込んでいいのかも。
 だから、多分俺はパパ活なんてしちゃったんだと思う。寂しさを紛らわせるためとか、お父さんが生きてたらこんな感じだったのかなーとか。自撮りを上げているのもそういう理由。承認欲求というか、孤独を埋める方法を俺は知らなかったんだと思う。
 SNSは今は、チェックするだけだし、DMがきても返信していない。それもこれも、冬城に出会ってから変わった。
「……って、こんな暗い話聞かせるために家に呼んだんじゃねーっての! 冬城、お前家庭用ゲームってする?」
「何ですかその聞き方……してましたよ。小学生くらいから」
「ほら、金持ち……なんか、めっちゃ昔の景品で当たったからあるんだけど、しねぇ? お前、好きそうだし」
 俺は、リビングの大きなテレビの下にある引き出しを漁ってゲーム機を取り出した。そのゲーム機は今あるものとは違い、何年も前に流行った今は製造がされていないゲームだ。
 空気を悪くした自覚はあったので、冬城が興味を持ちそうな話題を振ってみたがどうだろうか?
 俺は、冬城の反応を見るべく彼の顔を見ると、一瞬だけ無表情になったがすぐにいつものへらっとした憎たらしい笑みに戻る。
「先輩、それめっちゃ前のですよ。動くんです?」
「多分つく。見て見ろよ! コントローラーもこんなにきれい……って、単三電池いんじゃん! あるかな……」
「ぷっ……ビッチ先輩らしいですね」
「笑ったな? ま、笑ってたほうが冬城っぽいし、今のは許すけど。あ! いつもだったら赦さねえから、今日だけ特別な」
 俺は、縦長のコントローラーをひっくり返してふたを開ける。その中は空で、単三電池が二ついるらしい。
 幸いコントローラーは二つあるというのに、単三電池が四つあるか分からないという事実に、俺は慌てながら近くの引き出しを漁った。電池の交換なんて最近していないためあるか分からない。
 そんな探し物をしている俺の後ろに冬城が立つ。
「一緒に探してくれないんだったら、後ろ立つなよ」
「探すの手伝いましょうかって言おうとしたのに。先輩がそんなこと言うんで、手伝いません」
「子どもか! あった、冬城あった!」
 一番下の引き出しを勢いよく開くと、そこに大小さまざまな電池が入ったボックスがあった。引き出しに入っていたためホコリも被っておらず、中身もきれいなままだ。
 俺はすぐさまそれを開き、単三電池を四つ取り出しコントローラーに嵌めこんだ。しかし、反応がなく電池が切れているのかと取り出そうとすると、冬城がひょいと俺からコントローラーを取り上げた。
「先輩、これ逆です」
「だからつかなかったのか」
「ちゃんと書いてあるんですから、見てください。先輩、早漏すぎます」
「はあ!? 早漏じゃねえし。それをいうならせっかちとか……」
「何ムキになってるんですか。かわいいですね。アホかわいいです」
「かわいくねーの!! はぁーいつもの冬城だ。ムカつくけど」
 安心する。
 さっきは、俺のせいで空気悪くしてしまったので、どうにかしなければと必死だったが、案外冬城は気にしていないらしい。
 まあ、人の家の家庭事情とか聞かされても反応に困るだろ。何で言っちゃったかなーとちょっとの後悔はあったが、冬城はそれをちゃかすことなく聞いてくれた。そこは少しうれしかったかもしれない。こんな話、もう何年もしていないし、変に気を遣われるのが嫌だったから。
 俺は、隣で不器用な俺の代わりに電池を嵌めこんでいく冬城の横顔を眺めていた。
「――……先輩、俺も同じですよ。分かります」
「え、何が?」
「やっぱり何でもないです。はい、出来ましたよ。ビッチ先輩、ちゃんと腕にストラップつけてくださいね。ビッチ先輩そのまま振り回したら手から飛んできそうなんで」
「お前、俺のこと子ども扱いしすぎじゃね?」
「だってそうじゃないですか」
「ひでえ! 否定してくれると思ってたのに!」
 俺は、ポコポコと冬城を叩く。しかし、痛くも痒くもないというように冬城は笑っていた。その笑顔を見ていると、先ほどのすさんだ気持ちがどこかへ飛んでいくような気がした。
 俺は「冬城のバカ―」なんて子どもっぽく罵りながら、冬城を叩き続けた。