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 二人で電車に揺られるのはもう慣れたはずなのに、その瞬間何故だか特別なもののように感じた。
 いつものゲームセンターとはま反対の最寄りの駅で電車に乗り、数駅先で降りて改札口を出た。定期のICカードをピッとかざして駅の外に出る。その後ろからいつもついてこないはずの冬城がついてくるからなんだか新鮮だ。
 そこから、俺たちは近くのコンビニでジュースを買って俺の家に向かうこととなった。
 俺の家はマンションの二十階建ての七階にあり、エレベーターで上へと向かう。
 エントランスはホテルのロビーのような開放感があり、大理石のタイルはいつもきれいに磨かれている。俺の後ろをそろそろとついてきた冬城は、珍しくきょろきょろとあたりを見渡していた。
 そして、ちょうどエレベーターが下りてくるのを待っているとき、ここまでの道中会話が少なかった冬城が口を開く。
「先輩っていいところに住んでるんですね」
「まあ、普通じゃね? てか、お前こそハワイいくような家なんだからお金持ちだろ」
「どうでしょうね。共働きの一人っ子なんで、あるのかもしれないですね」
「俺も一人っ子だけど」
 俺がそういうと「ぽいですね」なんて冬城は笑ってみせた。最近よく笑うなあ、なんて感じながら降りてきたエレベーターに乗り込む。閉まるのボタンを押しながら俺は七階を押し、まもなく扉が閉まり、上へと昇り始めた。
 七階まで上がり、エレベーターの扉が開く。すると、七階の住人が出迎え、俺たちは入れ替わるようにエレベーターを降りた。
 足音が響く廊下を一列になって歩き、角部屋から三つ目の部屋の前で足を止め、カードキーで部屋を空ける。冬城はまた黙ったままだった。でも、興味深そうに見ているところを見ると、彼の家は一戸建てなのかもしれない。ハワイに行けるような一人っ子なのだから、いいところに住んでいるに違いないと俺は思っているが、冬城に確かめないことによってはそれも分からない。
 マンションにしては少し広めの玄関で靴を脱ぎ、俺は部屋の明かりをつけて回る。その後ろで「おじゃまします」と冬城の声が聴こえた。また、俺が脱ぎ散らかした靴を整頓しているのか、長らく腰を折ったままの状態で手を動かしていた。
(ほんと、なんかいいところのお坊ちゃんって感じだよな……)
 きっちりしている。それが冬城の性格かもしれないが、育ちの良さが感じられて、なんか少しムッとしてしまう。
 俺も一人っ子なんだけどなあーなんて思いながら、俺はリビングで冬城を待った。
「中も広いですね」
「だろ~お前んとこは一戸建て?」
「一戸建てですね。築三年です」
「じゃあ、まだ新しいんだ。あ、転勤族っていってたもんなあ。じゃあ、今はお父さんと別居?」
「そうなりますね。先輩は、ここで両親と?」
 冬城はリビングにおいてある俺と母親の写真を見ながら訪ねた。その写真は、俺が小学校に入学したときのものだ。ちなみにその近くには、幼稚園の時の家族写真が置いてある。近くの棚にはアルバムが数冊、幼少期から幼稚園卒業までのが保管してある。
 俺は、キッチンで手を洗いながら冬城の様子を窺いつつ彼の質問に答えることにした。
「お父さんは死んでるから、お母さんと二人暮らし。あと、お母さん看護師で夜勤多いからあんま家にいなくて」
「……あ、なんか、すんません」
 微笑ましそうに俺の家族写真を見ていた冬城の手が下ろされる。彼の表情からも明るさが抜け、いつもは伸びている背が少し曲げられる。
「あー全然気にしなくていーよ。てか、気ぃ使われるほうがあれだし。もう十年以上前の話じゃん? 俺も、あんま覚えてないし」
 暗い話になってしまったため、俺は冬城にフォローを入れる。
 しかし、冬城の表情は依然として暗いままだった。らしくないな、と俺は水道の蛇口をひねり冬城のもとへ駆け寄った。洗った後手は拭いていないのでそこら中に水滴が落ちている。
「ふーゆーしーろー! 人の家に来て何神妙な顔になってんだよ。俺の家で、その顔禁止な!」
「……でも、先輩、嫌じゃなかったですか?」
「嫌? 何が? 家族のことなら別に。あーでも、まあ、お母さんが家に帰って来ないってのはあれかも。えっと、ああ、忙しいのは知ってて」
 気にしていないと伝えるために駆け寄ったのに、自ら墓穴を掘るような真似をした。
 冬城がきて嬉しいはずなのに、忘れようとしていた気持ちが顔を出している。ふたを閉めようと押し込めるが、一度溢れたものはそう簡単に引っ込んではくれなかった。
 冬城がまた心配そうに眉を八の字に曲げている。イケメンは悩み顔でもイケメンだからずるいよなーなんて思いながら、俺は自分のズボンで濡れた手を拭いた。
「お母さん、仕事人間で。昔っからそうなんだけど、あんま喋ったことなくてさ。ほら、授業参観とかあるじゃん。あれとかも来ないタイプでさ」
 何でだろうか。
 冬城を前にすると、今まで誰にも話してこなかったことが口から洩れていく。でも、顔を上げれば冬城がしっかりと俺の話を聞いてくれて、なんだか安心感を覚えてしまうのだ。開いた口は結ばせてくれない。こぼれていく一方だ。