『また、誘ってくださいね』
昼飯終わりにそういわれてから、俺の頭は冬城に占領されている。午後の授業なんて半分以上頭から抜けてしまっている。六月の中間テストもあるっていうのに、このままじゃ赤点を取ってしまう。そしたら、全部冬城のせいだ。
俺は、いつも通りクラスメイトに挨拶をして教室を出る。階段をタンタンとリズムよく降りながら一階につき、下駄箱まであっという間に到着する。下駄箱はくすんだミント色で、運動場に近いこともあってそこら中砂だらけだった。これから部活の時間ということもあって人の行き来は多かった。俺は帰宅部なためこのまま帰るが、今日も待ち合わせはしていないものの冬城とあのゲームセンターに行く予定だ。
下駄箱で上履きと履き替え鍵を閉めたところで、こちらに向かって歩いてくる黒マスクの男を見かけた。手に持っていた靴が落ち、ひっくり返る。
スマホをかまっていたそいつは俺に気づく様子もなかったが「冬城!」と名前を呼べば、すぐにこちらを向く。どうやらあの保冷バックは鞄にしまっているらしく見当たらない。
「奇遇ですね。ビッチ先輩。これまで一回も下駄箱であったことなんてないのに」
「お前はなんか嫌味を挟まないと生きてけないのかよ……確かに、珍しいかもだけど」
俺は他の人の邪魔にならないように足で靴をどけると、その場に靴を残して冬城のもとへ駆け寄った。
冬城はポケットにスマホを戻し、マスクを顎に引っ掛けると、いつものように不敵に笑う。でも、少しだけ嬉しそうに見えたのは俺の勘違いじゃないだろう。
「それで、先輩これからどうします? いつも通りゲームセンターで勝負って感じでしょうけど……ビッチ先輩?」
冬城のもとまで来て、俺はなぜか息が上がっていることに気が付いた。本当に数メートルという短距離。いや、息が上がっているというよりかは、冬城を見てちょっとドキドキしていると言ったほうが正しいだろうか。
昼間のあれを思い出してしまい、俺はまともに冬城の顔が見ることができない。そんな俺を心配したのか、冬城が俺の顔を覗き込む。俺は慌てて、彼から離れ、変なポーズで「あ、いや、何でもねーの」と咄嗟にごまかした。
変な先輩、と冷たい言葉が返ってきたが、俺はそれどころじゃなかった。
放課後、いつも通りゲームセンターに行けばいい。また、五十分くらいの道のりをあの誰も乗っていないバスに揺られて冬城と二人きりでもいい。
けど、せっかく学校でも話せるようになって、ちょっと俺は嬉しかったから。なんか、友だちみたいで楽しくて。同級生とカラオケに行くよりも、冬城とゲームセンターに行くほうが今は楽しいと思っている。
ならば、冬城と違うところにいったらもっと楽しいんじゃないかと思ったのだ。どっちも帰宅部だし、帰る方角も近いし。
「な、なあ、冬城。今日は、違うところいかね?」
「違うゲームセンターですか? 駅前とかの?」
「あーいや、別にゲームセンターとかじゃなくてもよくて……俺の、家、とか?」
その言葉を言い終えるまでにどれほど声が裏返っただろうか。
目線も冬城に向いていなければ、自分でも何を言っているか分からない。家に友だち……知り合いを誘うなんて中学以来だと思う。
そのせいで緊張しているのか、冬城だから緊張しているのか。俺にはわからなかったが、ギュッとズボンを握りしめて答えを待っていた。冬城のことだからバカにするかと不安にも駆られる。
しかし、意外にも帰ってきた言葉は優しいものだった。
「――いいですよ」
「やっぱダメか……って、ええ!? い、いいの」
「先輩が言い出したんじゃないですか。別に、俺の家から遠くないでしょうし」
「遠かったらダメなのかよ」
「補導されなければいいんで。じゃあ、連れてってください」
ふてぶてしくそういった冬城は、落ちてきたリュックを背負い直し、自分の下駄箱に向かって歩いた。
俺はしばらく、冬城からオッケーをもらえたことに衝撃を受けてその場に固まっていた。
――あの冬城が俺の家に来る。
突発的に誘ってしまったが、家の状態がどうだったかあまり覚えていない。服は洗濯機に突っ込んできたけど、洗い物はどうだったかとか、いろいろと頭を駆け巡る。
(ああ、でも、お母さん夜勤だし……その点はいいのか)
俺の家マンションだから一戸建てに比べれば狭いけど。でも、お母さんがいない二人きりなら広いだろう。
近くのコンビニでジュースとか買って帰ったら、友だちを家に招いた感はあるだろうか。
俺がその場で悶々と考えていると「ビッチ先輩」と下駄箱の端で冬城が俺を呼ぶ。
「何してるんですか。連れてってくれる約束は」
「……あー、うん。ちょっと考え事してて……って、お前さきっからふてぶてしい!」
「俺はいつも通りですよ」
そう返して冬城は、わざわざ靴を履いたのに、こちらまで戻ってきて、俺がぐちゃぐちゃにしてしまった靴を履きやすいようにと揃えてくれた。そんな何気ない気づかいが嬉しくて、俺は思わず頬をほころばせた。
昼飯終わりにそういわれてから、俺の頭は冬城に占領されている。午後の授業なんて半分以上頭から抜けてしまっている。六月の中間テストもあるっていうのに、このままじゃ赤点を取ってしまう。そしたら、全部冬城のせいだ。
俺は、いつも通りクラスメイトに挨拶をして教室を出る。階段をタンタンとリズムよく降りながら一階につき、下駄箱まであっという間に到着する。下駄箱はくすんだミント色で、運動場に近いこともあってそこら中砂だらけだった。これから部活の時間ということもあって人の行き来は多かった。俺は帰宅部なためこのまま帰るが、今日も待ち合わせはしていないものの冬城とあのゲームセンターに行く予定だ。
下駄箱で上履きと履き替え鍵を閉めたところで、こちらに向かって歩いてくる黒マスクの男を見かけた。手に持っていた靴が落ち、ひっくり返る。
スマホをかまっていたそいつは俺に気づく様子もなかったが「冬城!」と名前を呼べば、すぐにこちらを向く。どうやらあの保冷バックは鞄にしまっているらしく見当たらない。
「奇遇ですね。ビッチ先輩。これまで一回も下駄箱であったことなんてないのに」
「お前はなんか嫌味を挟まないと生きてけないのかよ……確かに、珍しいかもだけど」
俺は他の人の邪魔にならないように足で靴をどけると、その場に靴を残して冬城のもとへ駆け寄った。
冬城はポケットにスマホを戻し、マスクを顎に引っ掛けると、いつものように不敵に笑う。でも、少しだけ嬉しそうに見えたのは俺の勘違いじゃないだろう。
「それで、先輩これからどうします? いつも通りゲームセンターで勝負って感じでしょうけど……ビッチ先輩?」
冬城のもとまで来て、俺はなぜか息が上がっていることに気が付いた。本当に数メートルという短距離。いや、息が上がっているというよりかは、冬城を見てちょっとドキドキしていると言ったほうが正しいだろうか。
昼間のあれを思い出してしまい、俺はまともに冬城の顔が見ることができない。そんな俺を心配したのか、冬城が俺の顔を覗き込む。俺は慌てて、彼から離れ、変なポーズで「あ、いや、何でもねーの」と咄嗟にごまかした。
変な先輩、と冷たい言葉が返ってきたが、俺はそれどころじゃなかった。
放課後、いつも通りゲームセンターに行けばいい。また、五十分くらいの道のりをあの誰も乗っていないバスに揺られて冬城と二人きりでもいい。
けど、せっかく学校でも話せるようになって、ちょっと俺は嬉しかったから。なんか、友だちみたいで楽しくて。同級生とカラオケに行くよりも、冬城とゲームセンターに行くほうが今は楽しいと思っている。
ならば、冬城と違うところにいったらもっと楽しいんじゃないかと思ったのだ。どっちも帰宅部だし、帰る方角も近いし。
「な、なあ、冬城。今日は、違うところいかね?」
「違うゲームセンターですか? 駅前とかの?」
「あーいや、別にゲームセンターとかじゃなくてもよくて……俺の、家、とか?」
その言葉を言い終えるまでにどれほど声が裏返っただろうか。
目線も冬城に向いていなければ、自分でも何を言っているか分からない。家に友だち……知り合いを誘うなんて中学以来だと思う。
そのせいで緊張しているのか、冬城だから緊張しているのか。俺にはわからなかったが、ギュッとズボンを握りしめて答えを待っていた。冬城のことだからバカにするかと不安にも駆られる。
しかし、意外にも帰ってきた言葉は優しいものだった。
「――いいですよ」
「やっぱダメか……って、ええ!? い、いいの」
「先輩が言い出したんじゃないですか。別に、俺の家から遠くないでしょうし」
「遠かったらダメなのかよ」
「補導されなければいいんで。じゃあ、連れてってください」
ふてぶてしくそういった冬城は、落ちてきたリュックを背負い直し、自分の下駄箱に向かって歩いた。
俺はしばらく、冬城からオッケーをもらえたことに衝撃を受けてその場に固まっていた。
――あの冬城が俺の家に来る。
突発的に誘ってしまったが、家の状態がどうだったかあまり覚えていない。服は洗濯機に突っ込んできたけど、洗い物はどうだったかとか、いろいろと頭を駆け巡る。
(ああ、でも、お母さん夜勤だし……その点はいいのか)
俺の家マンションだから一戸建てに比べれば狭いけど。でも、お母さんがいない二人きりなら広いだろう。
近くのコンビニでジュースとか買って帰ったら、友だちを家に招いた感はあるだろうか。
俺がその場で悶々と考えていると「ビッチ先輩」と下駄箱の端で冬城が俺を呼ぶ。
「何してるんですか。連れてってくれる約束は」
「……あー、うん。ちょっと考え事してて……って、お前さきっからふてぶてしい!」
「俺はいつも通りですよ」
そう返して冬城は、わざわざ靴を履いたのに、こちらまで戻ってきて、俺がぐちゃぐちゃにしてしまった靴を履きやすいようにと揃えてくれた。そんな何気ない気づかいが嬉しくて、俺は思わず頬をほころばせた。



