「先輩たちの学年って階段で昼飯食べるのが流行ってるんですか?」
「流行ってねえし……いや、お前が人目につくところ嫌かなって思って、階段。嫌だったら帰るけど」
「嫌とは言ってません」
 あっそ、と俺はぶっきらぼうに返し、膝の上に弁同の入ったエコバックを置いた。
 冬城は黙ってついてきてくれたけど、相変わらずむすっとしたままだ。放課後に見せる生意気ながらも、ちょっとかっこいい冬城はいったいどこへ行ったのだろうか。
 ここは、四階の屋上へつながる階段の踊り場前。
 屋上につながる踊り場付近には鉄柵がしてありそれ以上、上にはいけないようになっている。鉄柵は黄色のペンキが塗られているものの、閉鎖されてからかなり立つのか、ペンキが剥がれている。また、『進入禁止』の文字がでかでかと書かれており、踊り場には何かが入った段ボールがほこりをかぶったまま積まれ放置されていた。
 この階段付近は人通りが少ないため、人目を気にする冬城と一緒に食べるにはちょうどいいと思ったのだ。
 冬城は、黒い保冷バックから弁当を取り出して膝の上に乗せる。俺は、冬城の弁当には興味がなく、冬城って足なげえなあなんて思いながら自分のエコバックからコンビニ弁当を取り出した。すると、冬城の視線がふら~っとこっちに向けられる。
「ふ、冬城どうした?」
「先輩、いつもそれなんすか」
「いつもって……?」
 エコバックから取り出したコンビニ弁当には半額の赤と黄色のシールが張られている。昨日コンビニで見つけてラッキーと思って買ったやつだ。それを、冬城はまじまじと不思議そうに見つめてきたのだ。
 対して、冬城の弁当箱の中には色とりどりのおかずが入っていて、特に黄色い卵焼きが目についた。
 俺は、冬城の質問に対して首を縦に振る。いつも、と言われたらいつもじゃないけど、だいたいコンビニ弁当か菓子パン。本当は、スーパーまで行ったほうが品ぞろえが豊富なんだろうけど、俺はスーパーに行く気力がなくって近場のコンビニで弁当を買って持ってきている。ちなみに、このエコバックは中学生から使っている愛用のエコバックだ。
 俺はコンビニ弁当のプラスチックのカバーを外し、割り箸を袋から出した。パキッと割れた割りばしは、今日は普通。失敗でも成功でもない、微妙な割れ方をしている。
「冬城って、弁当持参のタイプなんだ。俺のクラスけっこう売店で買うやつとか、菓子パンとか多くて。お母さんに作ってもらってる感じ?」
「これ手作りですけど」
「ほーん、お母さんの」
「俺の」
「ふーん、冬城の……って、冬城の!?」
 耳元で大きな声を出してしまったせいで、冬城は、今にも怒りだしそうな顔で俺を睨みつけた。俺もついつい大声を出して、立ち上がりそうになったので弁当をひっくり返しそうになり、右手でスッと弁当を支える。階段に深く座り直して、改めて冬城の弁当箱を見た。
 性格が出ているきちりとおかずの詰められたお弁当からは食欲がそそる匂いがする。
「お前料理まで作れるのかよ……そりゃ、モテるよなあ」
「すぐにモテるにつなげないでください。俺がこの話したのビッチ先輩が初めてですよ」
「じゃあ、誰もお前の弁当が手作り弁当だって知らないんだ」
「別に言う必要もないですし。いります?」
 冬城ははし箱から取り出した箸で、フワフワとした卵焼きを掴むと俺の前にちらつかせてきた。
 俺は無意識にごくりとつばを飲み込んだ。俺の弁当に入っている堅焼きの目玉焼きとは違い、こちらはふっくらフワフワとした見た目をしている。だしの匂いがほのかに香り、また口の中によだれが溢れてくる。
(ほしぃ……!! いやいや、でも、こんな! 冬城のことだから、また何か企んでいるかもだし)
 俺は、卵焼きを睨みつけたまま唇をぎゅっと噛んだ。
 欲しいけど、冬城の性格を考えたら食べたらいけない気がしたのだ。俺はよくこいつのそれに引っかかっている。これ以上チョロいとは言われたくない。
「そんなに見つめちゃって。我慢は身体に悪いですよ、先輩」
「だって、だって、お前……また何か企んでそうだし……ああ! たべ、食べんの?」
「ビッチ先輩がいらないっていうなら。もともと俺の弁当ですし」
 あーとわざとらしく、口を開け、冬城は俺に見せつけるように食べる真似をした。
 俺は思わず「あー!」と叫び、冬城の腕を掴んでしまう。その瞬間、冬城の箸から卵焼きが落ちそうになる。俺の心臓はひやひやと汗をかき始めた。
 冬城は、くすくすと笑うばかりで、その憎たらしい目で俺を見てくるのだ。やっぱり、何か企んでいる。でも、俺には手作りの卵焼きがあまりにも魅力的に見えたのだ。
「……冬城。ぶ、物々交換とかは?」