ゲームセンターを出るころには、あたりは真っ赤に染まっている。
ぽつんと立っているバス停まで行き、スマホで時間を確認する。今日は後に十分でくるらしく、俺はガッツポーズを決めた。
脇に挟んでいたサカバンバスピスは少し苦しそうに、顔を歪めており、冬城から「身が出ますよ」とヤジを飛ばされる。
「冬城、今日は二十分後に来るらしいぞ」
「みたいですね」
あの高そうなスマホを取り出し、冬城は誰かに連絡を入れているようだった。親に、何時に帰ると連絡でも入れているのだろうか。
俺は、自分のメッセージアプリの履歴を見、一番上に母親の名前を見て電源を落とした。最終の履歴は、先週のいきなり入った夜勤についてのメッセージだったか。
電源が消えた画面には、分かりやすくひびが入っているのが見えた。そろそろフィルムを交換しようかなあ、なんて考えながらバスがくる方向を見た。反対車線に小さい軽トラックが走っていき、道路の先へ消えていく。俺は消えかかった白線の上を歩きながら時間を潰すことにした。
「あ、冬城。連絡入れ終わった?」
「連絡をしてたわけじゃないです。明日の授業の確認と、今日使ったお金を記録してただけです」
「は~偉いな。なんかお前、そういうところしっかりしてる気がする」
「気がするって……先輩」
冬城はそういうと、自身のスマホを俺に向けてきた。どうしたのだろうかと思うと、冬城の端正な顔にしわが寄る。
「何、冬城」
「……連絡先交換しません?」
「はあ? 昨日しないっていったやつが何言ってんだよ」
「気が変わりました。あと、SNSを使ってメッセージのやり取りするの嫌いなんで。先輩、俺のSNSあるの知ってるから、そっちに連絡してくるかと思って」
嫌です、とはっきり言って冬城は「ん」とスマホを再度掲げた。
「わ、自己中。てか、お前誰からでもDM送っていいような設定にしてないじゃん。結局送れねえっての」
「自己中って、ビッチ先輩だけには言われたくないです」
俺は白線から降りて冬城のもとへ駆け寄った。ズボンにいれたスマホを取りだし、メッセージアプリを再度起動する。クラスメイトの名前とクラスのグループとあるが、だいたい交換した日で時は止まっている。
新規で登録するのは久しぶりだ。
俺が慣れた手つきで操作していると、冬城はどこか困った様子でまた眉間にしわを寄せていた。
「お前、こういうのは慣れてないんだ」
「普段使わないんで。SNSも使いませんよ」
「なのに、俺のSNS探すためだけに作ったんだ。へー」
「何ですか。そのへーって」
「いや? お前のことよくわかんねーなって思って」
体育のこととか、さっきのこととか。
関わるうちに分かっていくんだろうけど、仮に、もし! 俺が冬城に運よくゲームに勝ってしまえば、この関係は終わってしまうだろう。
脅し脅されるような関係なんて早く終わってしまったほうがいい。
けど、少し寂しい気がするのは何故だろうか。
夕日が沈むにつれ、長く伸びた俺たちの影は、黒いアスファルトにとけていく。また、一台の軽トラが通っていき、排気ガスをまき散らして去っていく。鼻がひん曲がるような肥料の臭いを感じながら、俺は冬城に教えていた。
学校でのこいつのことはよく知らない。俺たちは、学校から出て放課後ゲームセンターで遊ぶ関係だ。先輩後輩ではありつつも、冬城があまりにも俺をからかうせいでそこまで先輩後輩みがない。ならば、この関係はなんだというのだろうか。
「はい、出来た。ふーん、お前夜空好きなのかよ」
「悪いですか? 先輩だって、猫の肉球のアイコンじゃないですか。自撮りじゃないんですね」
「バッカ、クラスメイトも見るかもしれないアイコンに自撮りはつかわねえの。てか、お前のこの背景写真どこ?」
「ハワイですね。今年の春行きました」
「はあ!? お前お金持ちじゃん」
「父が大手の生命保険会社なので。まあ、今は単身赴任中なんですけど」
「じゃあ、転勤族?」
俺がそう聞くと「転勤族?」と復唱したうえで、「はあ、まあ」と気の抜けた返事が返ってきた。
そうこうしているうちにバスが到着し、俺たちの目の前で止まる。バスが傾いたのちにプーっと大きなブザー音が鳴り、扉が開く。
二人並んでも一緒に入れそうな扉に、一人ずつ入っていく。バスの中は、行きのように席が選び放題だった。
俺は、同じように後ろの長椅子に走っていって腰を下ろす。バスの後ろは特別感があっていい。
「あ、お前隣なの?」
「ダメですか?」
「ダメじゃねえけど……また、俺寝るかもだし」
「いいですよ。肩くらいいつでも貸します」
「なんか、冬城。お前、行きより優しくなってね?」
「気のせいですよ」
気のせい、と冬城は二回言って、サカバンバスピスの顔面に拳をめり込ませた。酷いことをしてくれる。家に帰って、これから一緒に寝る家族なのに。
俺は窓側にリュックサックを押し込み、膝の上にサカバンバスピスのぬいぐるみを乗せた。
扉は間もなく閉まり、車体がまっすぐに戻る。そして、バスはゆっくりと動き出した。
昼間とは違い、暖かなオレンジ色の光がバスの中に差し込む。窓の外の景色は高速で変わっていき、目で追うのもやっとだ。
「先輩、そっち向いたまま寝ると、窓に涎つきます」
「俺、涎垂らして寝ねえし……じゃあ、肩借りる」
トスンと頭を冬城の肩にぶつける。でもやっぱり高さが足りない。
首が痛いなあ、なんて思いつつも目を閉じれば案外すぐに睡魔が襲ってきた。俺がその睡魔に負けて夢の中に落ちる瞬間、冬城が「おやすみなさい」と言ったのは、はたして、俺の聞き間違いだったのだろうか。
ぽつんと立っているバス停まで行き、スマホで時間を確認する。今日は後に十分でくるらしく、俺はガッツポーズを決めた。
脇に挟んでいたサカバンバスピスは少し苦しそうに、顔を歪めており、冬城から「身が出ますよ」とヤジを飛ばされる。
「冬城、今日は二十分後に来るらしいぞ」
「みたいですね」
あの高そうなスマホを取り出し、冬城は誰かに連絡を入れているようだった。親に、何時に帰ると連絡でも入れているのだろうか。
俺は、自分のメッセージアプリの履歴を見、一番上に母親の名前を見て電源を落とした。最終の履歴は、先週のいきなり入った夜勤についてのメッセージだったか。
電源が消えた画面には、分かりやすくひびが入っているのが見えた。そろそろフィルムを交換しようかなあ、なんて考えながらバスがくる方向を見た。反対車線に小さい軽トラックが走っていき、道路の先へ消えていく。俺は消えかかった白線の上を歩きながら時間を潰すことにした。
「あ、冬城。連絡入れ終わった?」
「連絡をしてたわけじゃないです。明日の授業の確認と、今日使ったお金を記録してただけです」
「は~偉いな。なんかお前、そういうところしっかりしてる気がする」
「気がするって……先輩」
冬城はそういうと、自身のスマホを俺に向けてきた。どうしたのだろうかと思うと、冬城の端正な顔にしわが寄る。
「何、冬城」
「……連絡先交換しません?」
「はあ? 昨日しないっていったやつが何言ってんだよ」
「気が変わりました。あと、SNSを使ってメッセージのやり取りするの嫌いなんで。先輩、俺のSNSあるの知ってるから、そっちに連絡してくるかと思って」
嫌です、とはっきり言って冬城は「ん」とスマホを再度掲げた。
「わ、自己中。てか、お前誰からでもDM送っていいような設定にしてないじゃん。結局送れねえっての」
「自己中って、ビッチ先輩だけには言われたくないです」
俺は白線から降りて冬城のもとへ駆け寄った。ズボンにいれたスマホを取りだし、メッセージアプリを再度起動する。クラスメイトの名前とクラスのグループとあるが、だいたい交換した日で時は止まっている。
新規で登録するのは久しぶりだ。
俺が慣れた手つきで操作していると、冬城はどこか困った様子でまた眉間にしわを寄せていた。
「お前、こういうのは慣れてないんだ」
「普段使わないんで。SNSも使いませんよ」
「なのに、俺のSNS探すためだけに作ったんだ。へー」
「何ですか。そのへーって」
「いや? お前のことよくわかんねーなって思って」
体育のこととか、さっきのこととか。
関わるうちに分かっていくんだろうけど、仮に、もし! 俺が冬城に運よくゲームに勝ってしまえば、この関係は終わってしまうだろう。
脅し脅されるような関係なんて早く終わってしまったほうがいい。
けど、少し寂しい気がするのは何故だろうか。
夕日が沈むにつれ、長く伸びた俺たちの影は、黒いアスファルトにとけていく。また、一台の軽トラが通っていき、排気ガスをまき散らして去っていく。鼻がひん曲がるような肥料の臭いを感じながら、俺は冬城に教えていた。
学校でのこいつのことはよく知らない。俺たちは、学校から出て放課後ゲームセンターで遊ぶ関係だ。先輩後輩ではありつつも、冬城があまりにも俺をからかうせいでそこまで先輩後輩みがない。ならば、この関係はなんだというのだろうか。
「はい、出来た。ふーん、お前夜空好きなのかよ」
「悪いですか? 先輩だって、猫の肉球のアイコンじゃないですか。自撮りじゃないんですね」
「バッカ、クラスメイトも見るかもしれないアイコンに自撮りはつかわねえの。てか、お前のこの背景写真どこ?」
「ハワイですね。今年の春行きました」
「はあ!? お前お金持ちじゃん」
「父が大手の生命保険会社なので。まあ、今は単身赴任中なんですけど」
「じゃあ、転勤族?」
俺がそう聞くと「転勤族?」と復唱したうえで、「はあ、まあ」と気の抜けた返事が返ってきた。
そうこうしているうちにバスが到着し、俺たちの目の前で止まる。バスが傾いたのちにプーっと大きなブザー音が鳴り、扉が開く。
二人並んでも一緒に入れそうな扉に、一人ずつ入っていく。バスの中は、行きのように席が選び放題だった。
俺は、同じように後ろの長椅子に走っていって腰を下ろす。バスの後ろは特別感があっていい。
「あ、お前隣なの?」
「ダメですか?」
「ダメじゃねえけど……また、俺寝るかもだし」
「いいですよ。肩くらいいつでも貸します」
「なんか、冬城。お前、行きより優しくなってね?」
「気のせいですよ」
気のせい、と冬城は二回言って、サカバンバスピスの顔面に拳をめり込ませた。酷いことをしてくれる。家に帰って、これから一緒に寝る家族なのに。
俺は窓側にリュックサックを押し込み、膝の上にサカバンバスピスのぬいぐるみを乗せた。
扉は間もなく閉まり、車体がまっすぐに戻る。そして、バスはゆっくりと動き出した。
昼間とは違い、暖かなオレンジ色の光がバスの中に差し込む。窓の外の景色は高速で変わっていき、目で追うのもやっとだ。
「先輩、そっち向いたまま寝ると、窓に涎つきます」
「俺、涎垂らして寝ねえし……じゃあ、肩借りる」
トスンと頭を冬城の肩にぶつける。でもやっぱり高さが足りない。
首が痛いなあ、なんて思いつつも目を閉じれば案外すぐに睡魔が襲ってきた。俺がその睡魔に負けて夢の中に落ちる瞬間、冬城が「おやすみなさい」と言ったのは、はたして、俺の聞き間違いだったのだろうか。



