俺は今、幸せの絶頂にいる。しかし、一歩踏み出そうとするならば、そこは奈落へと突き落とされる崖の上。
「まぁ、僕がついているから。大丈夫、大丈夫」
ゆるい笑顔でこれまた他人事のようにへらへらと言う蒼空が恨めしい。
あんなに切羽詰まった顔して、何かあったら助けて。とまで俺を頼りにしてくれていた蒼空はどこへいってしまったのか。
あのオーディションの後、俺と気持ちが通じ合ったのが転機だったのか、はっきり今回の仕事はやらないと断言してきたらしい。母親とも、今までのことを我慢していたことや、だけど、ずっと大切に自分のことを思ってそばに寄り添ってくれていたことには、とても感謝していることを、しっかり話したらしい。
そうしたら、すんなりと「蒼空の人生なんだから、蒼空の思うように生きなさい」と、案外あっさりしたものだったらしい。
やっぱり俺の言う通りに、あんまり悩みすぎだったんだよ、蒼空は! って笑うと、そうだねと蒼空もホッとしたように笑っていた。
だけど、アオと言う看板はまだ一人歩きしているから、ほとぼりが覚めるまではまだマスク生活を続けるらしい。
まぁ、マスクを外して蒼空のイケメンが世間にバレたら、きっと寄ってくる輩は多くなる。
俺としては、一生外に出る時はマスクをしていてほしい。なんて思っていたりする。
と、まぁ、蒼空のことは一件落着だ。
問題は俺だ! あの日、美々をあのホイップたっぷりキャラメルプリンと一緒に置き去りにしてきてしまったことが大問題として残っている。
その後、美々からのメッセージは何もなかった。だから余計に怖い。もちろん、俺からもメッセージを送れずにいる。
休みのうちはよかったけど、学校に行けば教室に美々がいる。しかも隣の席にいる。絶対に無視はできない状況だ。
だから、校門から俺はまだ一歩を踏み出せずに立ち止まっている。
「僕が先に行って、状況確認してこようか? 陽キャな人たちは噂が大好きだからね。もう新倉さんのことを置いて直人が帰っちゃったって、騒ぎになっているかもよ?」
「おいー、そんな恐ろしいこと、よく平気な顔で言えるな。やめろよ、最悪の展開だろそれ」
「……もうチャイム鳴るよ?」
「分かってる!」
生まれたての子鹿のようにプルプルと震える足で、一歩を踏み出そうとした瞬間。名前を呼ばれた。
「本郷くん!」
前から、ものすごい勢いで走ってくるのは、遥だ。
あっという間に目の前まできて、仁王立ち。腕を組んで顎を上げた。これは、「ちょっと顔貸しな」の合図だ。言葉にしなくても、目が物語っている。
もう逃げられない。そう思ったけど、逃げてもいられないから腹を括る。
「大丈夫だ、蒼空。いってくる」
「……魂ここにあらずだけど、心配だなぁ」
ボソリと蒼空がつぶやいたのが聞こえたけど、遥に引きずられるように俺はついて行った。
始業のチャイムがなる校舎裏。また、部室棟の影に、美々の姿があった。
「美々に言うことあるでしょ?」
「……はい」
遥の態度はいつ見ても恐ろしい。
だけど、悪いのは美々を一人にして置いていった俺だ。謝らなくてはならない。
「……美々、ごめん」
膝に顔を埋めたまま、美々はますます膝を抱えて小さくなった。
「一人置いていってしまってごめん。ホイップたっぷりキャラメルプリン、食べないでしまって、ごめん。美々のやりたいこと全然出来なくて、ごめん」
とにかく、俺は平謝りをする。だってそれしか道はない。
「……っ、プリン、めっちゃ美味しかったのに。ホラー展めっちゃ楽しかったのに、カラオケもかなり発散したし、最後は街並み見て号泣して、直人のバカヤローって叫んできてやった!」
「……え」
あの後、俺と回るはずだった美々考案のデートコースを、そのまま回ってきたと言うことだろうか。え、一人で?
「リベンジのデートだよ? 一回失敗してるから、チャンスを掴むためのデートだったんだよ? あたしを置いてまで、何が大事な用事だったの?」
「……それは」
正直に、蒼空のことを話すべきか。迷っていると、美々が顔を上げた。
「本当は、あたしがリベンジするためのデートだったんだよ……なのに、また失敗だった。なんで? あたしには何が足りなかったの?」
眉を下げて、得意のメイクも剥げてしまって、だけど、懸命に訴えかけてくる。
「美々とは、一緒にいてもドキドキしなかったから……だから、ごめん。もう、付き合えない」
ハッキリと伝えないとダメだと思ったから、俺は素直に頭を下げた。
「……っ、もうー! 直人が付き合う? って言ってくれたんじゃん! 楽しく話してたじゃん! 手だって繋いでくれたし、どうして……」
「ほんと、ごめん美々。美々といる時の俺って、本当の俺じゃないんだ。全部、作ってるって言うか、演じてるって言うか。陽キャなやつに憧れて、単に空元気なフリして、彼女とかもほしいなって、ただ、中学の時の自分から変わりたいと思っていただけだったんだ。だから、美々が好きになってくれたのは、本当の俺じゃない。ごめん、上手く言えないけど、俺は美々のこと好きにはなれなかった。本当に、ごめん」
好きになる努力すら、俺はしなかった。
蒼空まかせのデートプランに、陽キャを演じるために欲しかったのは、ギャルの彼女と言う見た目と言葉だけ。中身なんて何にも考えていなかったから、最低だ。
「俺のこと見放していいよ。もともと陰キャなこともバラしていい。美々のこと傷つけてしまったのは、本当に申し訳ないと思っているし」
「ちょっと待ってよ!」
「え?」
いきなり、美々が目元をグイッと拭うと、立ち上がった。
「あたし別に陰キャだった直人なんて知らないし。バラすって何を? 直人は直人でしょ? 中学の時がどうとかそんなの今関係ある? あたしは、今の、陽キャな直人のことが好きになったの! それだけ! だから、もう今目の前にいる直人は、あたしの知らない別の人なんでしょ? だったらもういいよ。陽キャな直人は死んだってことにするし!」
「は? 死んだ? いや、待て、それはいくらなんでも悲しい」
「はぁ!? 悲しいってどの口が言ってんのよ! あたしが一番悲しいわよ! 陽キャ直人滅! さようなら! もう二度と会いませんように!」
だんだん、いつもの美々の調子が出てきて、最後に何かを投げつけられた。視線だけ地面に落とすと、あの時一緒に買ったふわふわがおっこちていた。
圧倒されてしまった俺は、言葉に詰まって何も言えずに黙り込んでしまう。
「あたしには助けてくれる遥がいるからもう平気です! じゃあね、さようなら」
颯爽と、俺の横を通り過ぎる美々に、まだ唖然としたままだ。
だけど、振り返ると、ずっと一部始終を見ていた遥が美々の肩を抱いて、寄り添っていた。
「あー、ホイップたっぷりキャラメルプリンめちゃんこ美味しかったわ、ゴチでーす」
嫌味たっぷりなトゲトゲした言い方をして、遥はまたしても鋭く俺を睨むと、二人は行ってしまった。そうか、あのホイップたっぷりキャラメルプリンは無事に遙が食べてくれたんだ。そして、美々の考えてくれていたデートコースも辿ってくれたんだな。
一気に安堵と疲労感に襲われて、俺はその場にしゃがみこんだ。
「……っあー! つーっか、こぇぇし、ギャル!」
大きなため息を吐き出して、空を見上げた。
木漏れ日がキラキラと降り注ぐ。結局、俺は俺だった。風で足元に転がったふわふわが揺れるのを、しばらくジッと見つめていた。
昼休み、いつものように屋上に行くと蒼空がいた。マスクを外して、気持ち良さそうに風を受けている横顔を見て、ホッとする。
教室では、徹底的に美々には無視をされた。周りの奴らには別れたことを告げると、「どんまい」と野次るでも慰めるでも、冷やかすでもなく、ただそれだけで終わった。
なんだかあっさりしすぎて、俺の方が笑ってしまった。
「あれ? それって、この前も付けてたよね?」
どうしようもなくて持ってきてしまったふわふわ。蒼空がすぐに俺の手元に気が付いて、駆け寄ってくる。
そう言えば、あの日このふわふわをつけたまま蒼空を助けていたのか。なんだか思い出すと間抜けだな。
「美々とお揃いで買ったんだけどさ」
「え?」
一瞬で蒼空の眉間に皺が寄るのが分かった。
「今朝、たぶんいらないからか、投げつけられた」
「……え?」
「どうしたらいいんだろ」
「は? そんなん知らないよ。ってか、それ二個持ってるってこと?」
「そうだけど」
「じゃあ、ちょうだいよ。ヒュートにあげてくる」
「は? ヒュート?」
「うん。前の対談の時に、今流行ってるもふもふが欲しいんだけど、買いに行くの恥ずかしいとか言ってたから」
「あー、確かにあそこに行くのはめちゃくちゃ恥ずい。しかも、ヒュートなんて現れたら大変なことになるじゃん」
「だから、もらってもいい? 直人には持っていて欲しくないし」
マスクをしていないから、蒼空の口元が不機嫌に膨れるのが分かって、嬉しくなる。
「……それってさぁ、ヤキモチ?」
「うわっ、そう言うこと言わなくていいから! 直人は僕のことだけ考えてて」
「考えてるから、だからヤキモチ妬いてくれたんなら嬉しいなぁって……思ったんだろ」
言ってる側から顔が熱くなってくる。蒼空といると、こんなんばっかだ。嫌になる。けど、嫌じゃない。
「照れてるー? 直人かわいい」
「は? かわいくねぇし」
「だよね、直人はかっこいいよ。ほんと、惚れ惚れする」
俺の手からふわふわを取り上げて、蒼空はポケットにしまうと、そっと顔を近づける。
蒼空の真っ直ぐに見つめてくる瞳が好きだ。
俺は俺でいられればそれでいい。
だから、蒼空もこれからは、蒼空のままでいて欲しい。
唇が触れ合う寸前、思い出したように蒼空が「あ!」といった。
「僕、今度は蒼空の名前で芸能活動する予定だから、応援してね、直人」
「はぁ!? 聞いてねぇっ……!!」
騒ぐ俺の唇を塞いだ蒼空は、なんだかやっぱり、どうしたってずっと前から俺の知っている蒼空だ。
あんまり有名になってはほしくないけど、それはそれで、応援している。
だって、俺が、蒼空のそばにずっといたいから。
「まぁ、僕がついているから。大丈夫、大丈夫」
ゆるい笑顔でこれまた他人事のようにへらへらと言う蒼空が恨めしい。
あんなに切羽詰まった顔して、何かあったら助けて。とまで俺を頼りにしてくれていた蒼空はどこへいってしまったのか。
あのオーディションの後、俺と気持ちが通じ合ったのが転機だったのか、はっきり今回の仕事はやらないと断言してきたらしい。母親とも、今までのことを我慢していたことや、だけど、ずっと大切に自分のことを思ってそばに寄り添ってくれていたことには、とても感謝していることを、しっかり話したらしい。
そうしたら、すんなりと「蒼空の人生なんだから、蒼空の思うように生きなさい」と、案外あっさりしたものだったらしい。
やっぱり俺の言う通りに、あんまり悩みすぎだったんだよ、蒼空は! って笑うと、そうだねと蒼空もホッとしたように笑っていた。
だけど、アオと言う看板はまだ一人歩きしているから、ほとぼりが覚めるまではまだマスク生活を続けるらしい。
まぁ、マスクを外して蒼空のイケメンが世間にバレたら、きっと寄ってくる輩は多くなる。
俺としては、一生外に出る時はマスクをしていてほしい。なんて思っていたりする。
と、まぁ、蒼空のことは一件落着だ。
問題は俺だ! あの日、美々をあのホイップたっぷりキャラメルプリンと一緒に置き去りにしてきてしまったことが大問題として残っている。
その後、美々からのメッセージは何もなかった。だから余計に怖い。もちろん、俺からもメッセージを送れずにいる。
休みのうちはよかったけど、学校に行けば教室に美々がいる。しかも隣の席にいる。絶対に無視はできない状況だ。
だから、校門から俺はまだ一歩を踏み出せずに立ち止まっている。
「僕が先に行って、状況確認してこようか? 陽キャな人たちは噂が大好きだからね。もう新倉さんのことを置いて直人が帰っちゃったって、騒ぎになっているかもよ?」
「おいー、そんな恐ろしいこと、よく平気な顔で言えるな。やめろよ、最悪の展開だろそれ」
「……もうチャイム鳴るよ?」
「分かってる!」
生まれたての子鹿のようにプルプルと震える足で、一歩を踏み出そうとした瞬間。名前を呼ばれた。
「本郷くん!」
前から、ものすごい勢いで走ってくるのは、遥だ。
あっという間に目の前まできて、仁王立ち。腕を組んで顎を上げた。これは、「ちょっと顔貸しな」の合図だ。言葉にしなくても、目が物語っている。
もう逃げられない。そう思ったけど、逃げてもいられないから腹を括る。
「大丈夫だ、蒼空。いってくる」
「……魂ここにあらずだけど、心配だなぁ」
ボソリと蒼空がつぶやいたのが聞こえたけど、遥に引きずられるように俺はついて行った。
始業のチャイムがなる校舎裏。また、部室棟の影に、美々の姿があった。
「美々に言うことあるでしょ?」
「……はい」
遥の態度はいつ見ても恐ろしい。
だけど、悪いのは美々を一人にして置いていった俺だ。謝らなくてはならない。
「……美々、ごめん」
膝に顔を埋めたまま、美々はますます膝を抱えて小さくなった。
「一人置いていってしまってごめん。ホイップたっぷりキャラメルプリン、食べないでしまって、ごめん。美々のやりたいこと全然出来なくて、ごめん」
とにかく、俺は平謝りをする。だってそれしか道はない。
「……っ、プリン、めっちゃ美味しかったのに。ホラー展めっちゃ楽しかったのに、カラオケもかなり発散したし、最後は街並み見て号泣して、直人のバカヤローって叫んできてやった!」
「……え」
あの後、俺と回るはずだった美々考案のデートコースを、そのまま回ってきたと言うことだろうか。え、一人で?
「リベンジのデートだよ? 一回失敗してるから、チャンスを掴むためのデートだったんだよ? あたしを置いてまで、何が大事な用事だったの?」
「……それは」
正直に、蒼空のことを話すべきか。迷っていると、美々が顔を上げた。
「本当は、あたしがリベンジするためのデートだったんだよ……なのに、また失敗だった。なんで? あたしには何が足りなかったの?」
眉を下げて、得意のメイクも剥げてしまって、だけど、懸命に訴えかけてくる。
「美々とは、一緒にいてもドキドキしなかったから……だから、ごめん。もう、付き合えない」
ハッキリと伝えないとダメだと思ったから、俺は素直に頭を下げた。
「……っ、もうー! 直人が付き合う? って言ってくれたんじゃん! 楽しく話してたじゃん! 手だって繋いでくれたし、どうして……」
「ほんと、ごめん美々。美々といる時の俺って、本当の俺じゃないんだ。全部、作ってるって言うか、演じてるって言うか。陽キャなやつに憧れて、単に空元気なフリして、彼女とかもほしいなって、ただ、中学の時の自分から変わりたいと思っていただけだったんだ。だから、美々が好きになってくれたのは、本当の俺じゃない。ごめん、上手く言えないけど、俺は美々のこと好きにはなれなかった。本当に、ごめん」
好きになる努力すら、俺はしなかった。
蒼空まかせのデートプランに、陽キャを演じるために欲しかったのは、ギャルの彼女と言う見た目と言葉だけ。中身なんて何にも考えていなかったから、最低だ。
「俺のこと見放していいよ。もともと陰キャなこともバラしていい。美々のこと傷つけてしまったのは、本当に申し訳ないと思っているし」
「ちょっと待ってよ!」
「え?」
いきなり、美々が目元をグイッと拭うと、立ち上がった。
「あたし別に陰キャだった直人なんて知らないし。バラすって何を? 直人は直人でしょ? 中学の時がどうとかそんなの今関係ある? あたしは、今の、陽キャな直人のことが好きになったの! それだけ! だから、もう今目の前にいる直人は、あたしの知らない別の人なんでしょ? だったらもういいよ。陽キャな直人は死んだってことにするし!」
「は? 死んだ? いや、待て、それはいくらなんでも悲しい」
「はぁ!? 悲しいってどの口が言ってんのよ! あたしが一番悲しいわよ! 陽キャ直人滅! さようなら! もう二度と会いませんように!」
だんだん、いつもの美々の調子が出てきて、最後に何かを投げつけられた。視線だけ地面に落とすと、あの時一緒に買ったふわふわがおっこちていた。
圧倒されてしまった俺は、言葉に詰まって何も言えずに黙り込んでしまう。
「あたしには助けてくれる遥がいるからもう平気です! じゃあね、さようなら」
颯爽と、俺の横を通り過ぎる美々に、まだ唖然としたままだ。
だけど、振り返ると、ずっと一部始終を見ていた遥が美々の肩を抱いて、寄り添っていた。
「あー、ホイップたっぷりキャラメルプリンめちゃんこ美味しかったわ、ゴチでーす」
嫌味たっぷりなトゲトゲした言い方をして、遥はまたしても鋭く俺を睨むと、二人は行ってしまった。そうか、あのホイップたっぷりキャラメルプリンは無事に遙が食べてくれたんだ。そして、美々の考えてくれていたデートコースも辿ってくれたんだな。
一気に安堵と疲労感に襲われて、俺はその場にしゃがみこんだ。
「……っあー! つーっか、こぇぇし、ギャル!」
大きなため息を吐き出して、空を見上げた。
木漏れ日がキラキラと降り注ぐ。結局、俺は俺だった。風で足元に転がったふわふわが揺れるのを、しばらくジッと見つめていた。
昼休み、いつものように屋上に行くと蒼空がいた。マスクを外して、気持ち良さそうに風を受けている横顔を見て、ホッとする。
教室では、徹底的に美々には無視をされた。周りの奴らには別れたことを告げると、「どんまい」と野次るでも慰めるでも、冷やかすでもなく、ただそれだけで終わった。
なんだかあっさりしすぎて、俺の方が笑ってしまった。
「あれ? それって、この前も付けてたよね?」
どうしようもなくて持ってきてしまったふわふわ。蒼空がすぐに俺の手元に気が付いて、駆け寄ってくる。
そう言えば、あの日このふわふわをつけたまま蒼空を助けていたのか。なんだか思い出すと間抜けだな。
「美々とお揃いで買ったんだけどさ」
「え?」
一瞬で蒼空の眉間に皺が寄るのが分かった。
「今朝、たぶんいらないからか、投げつけられた」
「……え?」
「どうしたらいいんだろ」
「は? そんなん知らないよ。ってか、それ二個持ってるってこと?」
「そうだけど」
「じゃあ、ちょうだいよ。ヒュートにあげてくる」
「は? ヒュート?」
「うん。前の対談の時に、今流行ってるもふもふが欲しいんだけど、買いに行くの恥ずかしいとか言ってたから」
「あー、確かにあそこに行くのはめちゃくちゃ恥ずい。しかも、ヒュートなんて現れたら大変なことになるじゃん」
「だから、もらってもいい? 直人には持っていて欲しくないし」
マスクをしていないから、蒼空の口元が不機嫌に膨れるのが分かって、嬉しくなる。
「……それってさぁ、ヤキモチ?」
「うわっ、そう言うこと言わなくていいから! 直人は僕のことだけ考えてて」
「考えてるから、だからヤキモチ妬いてくれたんなら嬉しいなぁって……思ったんだろ」
言ってる側から顔が熱くなってくる。蒼空といると、こんなんばっかだ。嫌になる。けど、嫌じゃない。
「照れてるー? 直人かわいい」
「は? かわいくねぇし」
「だよね、直人はかっこいいよ。ほんと、惚れ惚れする」
俺の手からふわふわを取り上げて、蒼空はポケットにしまうと、そっと顔を近づける。
蒼空の真っ直ぐに見つめてくる瞳が好きだ。
俺は俺でいられればそれでいい。
だから、蒼空もこれからは、蒼空のままでいて欲しい。
唇が触れ合う寸前、思い出したように蒼空が「あ!」といった。
「僕、今度は蒼空の名前で芸能活動する予定だから、応援してね、直人」
「はぁ!? 聞いてねぇっ……!!」
騒ぐ俺の唇を塞いだ蒼空は、なんだかやっぱり、どうしたってずっと前から俺の知っている蒼空だ。
あんまり有名になってはほしくないけど、それはそれで、応援している。
だって、俺が、蒼空のそばにずっといたいから。



