「梨乃!4月20日は開けてある?」
病院生活も、1ヶ月がたとうとしていた頃。お母さんは何度もこうやって聞いてくる。何かあるの?って聞いても、なんでもないと言って教えてくれない。結局、何があるのか分からないままその日になってしまった。

4月22日。病室にいるのは準くんだけ。
「おはよ」
「お、はよう?」
いつもは午後から来てくれるのに、今日は朝からどうしたんだろう。
「何してるの。早く準備して」
と、急かされるけど、なんのことだかさっぱり。首を傾げていると、私が理解していないことに気づいたみたいだ。
「もしかして何も聞いてない?」
その問いにコクコクうなずく。と、
「外出許可。一緒に保育園行こう」
…お母さんめ。

「はーい。みんな注目!遊びに来てくれた準お兄さんと、梨乃お姉さんでーす!」
保育園。ほんとに来ちゃった…。
子供たちに囲まれて一緒に遊ぶ。憧れの場所にいることに感動を覚える。
笑顔いっぱいで全力で走り回る子供たち、温かい笑顔で見守る保育士の方々。
うん。私、やっぱりここで働きたい。
「お姉さん!いっしょにいこ!」
「うん!」
子供たちは、一緒にいるだけでこちらを笑顔にしてくれる。純粋で、真っ直ぐで、可愛くて。無限のエネルギーに満ちていた。もしかしたら私は、そんな子供に憧れていたのかもしれない。キラキラしてて、何もかもが楽しくて。未来が広がっていることが。

帰り道。この前のお礼を込めて言った。
「私、保育士になりたいって思った」
「うん」
「ありがとう。…私、頑張ってみても、いいかな?」
記憶が消えてしまうというハンデを抱えた上で夢を口にするのはすごく怖いことだった。この思いがあってもいいのか、夢を追うという判断は正しいのか。不安と頑張りたいという思いが戦って、泣きそうだ。
「梨乃」
「ん?」
「俺は応援するよ。そばで支えたいって思ってる。たとえ記憶が消えると知っても俺は梨乃のそばにいたいよ。…梨乃のことが好きだから」
「っ…!」
突然の告白に顔がカァッと熱くなる。恥ずかしくて、どうしようもないくらい嬉しい。
私は、私の気持ちは…記憶が消えると知っても、気持ちを押してくれて、支えると言ってくれた彼__準のことが好きだ。

記憶が消えたと知ったあの日から。幸せなんてこないかと思った。なれないと思った。だけどそんなことないって教えてくれた。
好きって伝えても、いいよね?
そばにいてほしいって思ってもいいよね?

「ありがとう。私も、好きだよ」
精一杯の笑顔で私は言った。準のことを忘れてしまう前に、何度も何度も好きって伝えていきたい。後悔しないように。

病院に着く少し前に、準は紙袋からカメラを取り出して私に差し出した。
「これ、梨乃のお母さんから」
渡されたカメラは誕生日プレゼントだと聞いたけど、私はなんにも覚えていない。それでも、今の幸せがあるから、大切にしようと思えた。