「おはよう。今日はどう?」
あれから、私は入院することになった。何かあったときにすぐ対応できるように。
担当は検査をしてくれた村田先生。原因をはっきりさせるために、いろいろな人と調べてくれている。申し訳ないのと、分かることがあるんじゃないかっていう淡い期待が交差する。まだ認めてはいないけど、さすがに毎日病院にいると病気であることを思わされるから逃げられない。だから、現実を受け止めようと頑張ってみてはいる。
白くて綺麗なベットやカーテン。廊下きら聞こえる患者さんや先生の話し声。やることのない病院での生活はつまらない。
ある日、そんな生活を変える人物が訪ねてきた。

「梨乃、お客さん」
「失礼します」
声がして、私は驚いた。私を訪ねてきたのはクラスメイトの佐藤準くんだったのだ。準くんはリーダーシップのある人気者で、サッカーをしているスポーツマン。そして、私の好きな人だ。
「高坂。久しぶり。大丈夫なのか?」
「うん。今日はどうして?」
「どうしてるかなって思って」
え…。自分のことを気にかけてくれていたんだと思うと嬉しくて、顔が赤くなるのを感じた。
でも…きっと準くんは私がなぜここにいるのかを知らない。記憶が消えてしまう上に、それが原因不明だなんて知ったら、もうきてくれないんじゃないか。そんなのは嫌だ。
「これからも来ていい?」
「もちろん!」
もし、どうしても話さなければいけないときがきたら話そう。そう思っていたのに、ときはすぐにおとずれた。

「くっ……っ…」
準くんがお見舞いに来てくれた日。頭がぐわんぐわん揺れるような感覚に襲われた。吐き気がして、ベットの上で座っているのもきつい。そばにいた準くんが目に入る。あらかじめ言われていたのか、ナースコールを押しながら私の名前を呼んでいた。でも、糸がプツンと切れたように意識は途絶えてしまった。

「高坂…」
どこかから誰かが私を呼んでいる声がする。優しくて、聞き慣れた声…
「はっ!」
パチっと効果音がしそうな勢いで、私は目を覚ました。少しボーッとした後、隣に準くんがいることに気付く。
「はぁ、良かった…」
「な、なに。どうしたの?」
安心したような準くんの様子に疑問が浮かぶ。だって、昨日は普通に寝て、今いつも通りに起きただけなんだもん。
「倒れたんだよ。元気そうで安心」
準くんの言葉に今の状況を理解した。また、記憶が消えたのかな?
ガラッ。
病室のドアが開き、村田先生が様子を見に入ってきた。
「梨乃さん。最近の覚えていることを教えてくれるかな?」
私は小さく頷いて話し出した。
「この病院で記憶が消えたことを知ったこと。あと、準くんが初めて病室に来てくれて日はおぼえてます。」
そういうと、場の空気が少し柔らかくなった気がした。
「今回はほんの数日でしたね」
「よかった…」
今の会話からして、消えた記憶は数日分だけだったらしい。本当によかった。また、記憶が消えてしまったことを知る絶望を感じなくて済むんだ。
もう記憶がなくならなければいいのに。
ずっと覚えていられたらいいのに。
そう願っても叶わないことは分かってる。きっと、この状況が原因不明である限りは、みんなに迷惑をかける。ごめん…
「梨乃。ちょっと村田先生と話してくるね」
お母さんはそう言って先生と一緒に病室を出た。病室に残ったのは私と準くんだけ。もしかしたら、これはチャンスなんじゃないかな?私の身に起こっていることを話すチャンス。
「佐藤くん。今日は急に倒れたりしてごめんね」
「ううん。全然平気」
本当はどう思われるのか怖い。
「怖くて話せなかったんだけど…」
でも、隠したくない。
「話を聞いてて分かったかもしれないけど、私ね、記憶が消えちゃうんだって」
そう言うと、隣で息を飲む音が聞こえた。びっくりして当然だよ。私だって、まだ受け止めきれていないから。
「原因は不明。どのくらいの記憶が消えるかも不安定。…きっと進学できないと思う。これからは病室で過ごすことになる。でも、そっちの方がみんなに迷惑かけなくてすむよね」
ほんの強がり。諦めたようにフッと笑いかけた。本当は誰よりも怖くて仕方ないのに。病院なんて、いたくないのに。平気なふりをすることしかできない。
「梨乃」
初めて下の名前で呼ばれ、驚いた私は顔を上げた。準くんは私を真剣な目で見つめていた。
「梨乃は、夢ってある?」
「え…?」
追いかけることができないのなら、いっそ、夢なんて見ない方がいいと思ってた。
「教えてよ」
でも、優しく私の言葉を促してくれる彼には、何もかも話してしまいたくなった。
「私、子供が好きなの。だから、保育士になって、子供と働きたいって…思ってたよ」
ずっと夢みてた。目標にしていた。
「思ってた、じゃないだろ?」
私の方を見て問いかけてくる彼は
「今も諦めたくないって思ってる。それに気付いてないふりをしているだけだ」
私の気持ちに気づいてくれた。逃げて、諦めたことにしていたけど、本当は____

  今も、夢を追いかけることを
           諦めていないんだ