名前を隠すと、少しだけ素直になれる。
「ルナ」という仮面を被って
現実とは離れた誰かで居られるこの場所で
少し本音を打ち明ける。

''アルファルド''
ー孤独なものたちが、仮面の奥で繋がる場所。

画面越しに交わす言葉は、どこまでも軽くて、どこまでも深かった。
「ルシア」と名乗るその人に少しずつ心を開いていた。

現実では言えないことも、ここでは言えた。
伝えられなかった言葉が、誰かになら届く気がした。

でも、もしその誰かが、知っている''あの子''だったとしたら。

____この仮面のまま、あなたと話し続けていいのかな

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あ、まただ。

「昨日顧問がほんとにだるくて。めっちゃ走らされたんだけど」
「それは可哀想すぎ」
「昭和かよ笑」
私は一歩も動いてないのに、ふっと一緒にいる3人と私の間に薄い壁ができたような、輪から外れてしまったような、そんな感覚が、時々する。笑顔が張り付いたまま動けなくなって、4人組から3人組になった3人の会話を見ているような、不思議な感覚。
「あ、そ、そういえば!この後って授業移動だっけ?」
ゾワッと不快な感覚と不安が襲って、慌てて声を出した。消してハブられている訳じゃない。悪口を言われている訳でもない。普通に友達がいて、普通に青春してて、何不自由なく暮らしている。不満なんてないはずなのに、ひっそりと胸にあるモヤモヤが消えない。


⭐︎たまに自分がみんなの輪から外れてしまったような、一歩引いてしまったような感覚になることがある。うまく言えないけど不安で、不安定で、怖い。


こっそりスマホに打ち込んで、投稿ボタンを押す。送信ボタンにある星が点灯した。私の投稿は同じ悩みを持つ誰かに見てもらえるのを待っている。

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「疲れたぁ」
制服から部屋着に着替えるのも面倒でそのままベットに倒れ込んだ。
カバンから飛び出したスマホの画面が明るくなって新しい通知が目に入る。
『“ルシア”からスピカが届いています。受け取りますか?』
「スピカ??」
スマホに映し出されたのはアルファルドからの通知だった。
アルファルドは完全匿名SNSだ。写真や動画の投稿は一切なく、ユーザーのつぶやきのみでできているアプリ。
一年前、高校一年生の頃に『孤独なものたちが、仮面の奥で繋がる場所』というキャッチコピーに惹かれてインストールした。気になって調べたところ、アルファルドとはアラビア語で「孤独なもの」という意味をもつ星だとわかった。アプリのテーマや雰囲気が好みで、密かな小さな悩みをこぼすためにインストールを決めた。それ以降時々投稿しているけれど、今回の通知は初めて見た。
「調べてみるか」
アルファルドの使い方の説明サイトを発見した。
『投稿に共感した誰かが、あなたと話したいと思った時、スピカを送ります。スピカは1対1の非公開チャット。スピカが送られたことを他の人に知らされることはありません。』
「“この光に応えるかはあなた次第”か…」
“ルシア”は一体どんな人なんだろう。
どんな言葉に共感してくれたんだろう。
もしかしたらこの人とは本音で話せるかもしれない。
淡い期待を胸にアプリを開く。思い切って受け取るの表示を押した。


*今日の投稿、なんとなくわかるなって思ってスピカ送らせてもらいました!

⭐︎ありがとうございます!

*高校生2年になったけど、ずっと言葉にできない不安とか変な感覚があって、同じだと思いました。


「同い年だ」
急に親近感が湧いて思い切ってメッセージに返信する。


⭐︎私も高校2年です!同じ気持ちの人がいるってわかって嬉しい。

*そうなんだ!私も。

⭐︎時々、話を聞いてほしい時、私もスピカを送ってもいいかな?

*もちろん!ここでなら少しだけでも素直になれる気がする。これからよろしくね、ルナ


画面から顔を上げる。いつのまにか起き上がっていた体を倒してベットに体を埋める。少しドキドキしてる。嫌じゃない、穏やかな気持ち。
暗い、小さな月窓にわずかだけど光が差し込んだ気がした。

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あの日から、私はわりと頻繁にルシアと話すようになった。共感できることが多くて、だんだんチャットの中では言いたいことが言えるようになってきた気がしている。
「おっはよ〜」
朝の教室は賑やかだ。部活の朝練を終えた人、遅刻ギリギリで走ってきた人、宿題をやってる人、昨日のドラマの話で盛り上がってる人。その中でも特に目立つのは、世間で“一軍”と呼ばれるグループ。コスメの話やアイドルの話で盛り上がっている。
「遥ちゃん!今日の古典の小テスト範囲どこだっけ!?まじど忘れしてたんだけど!」
急に話しかけられてビクッとする体を誤魔化し、勢いよく声の方を向く。明るくて元気な声の主はクラスのムードメーカー綾瀬ひかりちゃん。
「確か15ページから20ページだと思う!」
「まじ助かる!まぁ10分でなんとかなるとは思ってないけど笑」
「昔の単語覚える意味何って感じよね笑お互い頑張ろ笑」
「ま、なんとかなるっしょ!ありがと!」
やばいやばいと言いながらグループの輪に戻って戻っていくひかりちゃんの背中を見つめて、少し羨ましいと思ってしまう自分がいる。周りの人を元気にする明るさと、クラスのみんなと話せる社交性。ポジティブな発言でみんなに好かれてる。私もそうなれたらな、という気持ちをそっと胸にしまって、私は単語帳を開いた。

小テストは難なくクリアし、安心した気持ちで残りの授業を終えた。
「お疲れ〜」
「じゃ、また明日!」
「ばいばーい!」
仲の良い私以外の3人は帰り道が同じで、いつも教室でお別れ。
「また明日〜」
3人が教室を出た後、楽しそうな笑い声が廊下に響いていた。
夕日が教室の机を染めているのを見ながら、寂しさと不安に胸がキュッとなる。朝とは打って変わって静まり返った教室で、アルファルドを開く。


⭐︎笑ってるのに、なんかずっと疲れてる


「なんでこんなに不安になるのかな…」
教室に映る自分の顔が、作り物の笑顔みたいで目を逸らしたくなった。


⭐︎仮面被ってるって、自分でもわかってる。でも、それを取った時ときに誰もいなかったら……?


考えても考えてもキリがない。考えすぎだと自分に言い聞かせてカバンを手に取る。ずっしりとした教科書らの重みより、1人で下校する足取りの方が何倍も重かった。

「遥?今帰り?」
暗い顔で昇降口を出たところで、声をかけられる。
「沙月!うん、今帰るとこ」
沙月は去年同じクラスで、クラスが変わってからも時々話す仲だ。特定の人と一緒にいるイメージがなくて、人間関係は広く浅くって感じみたい。
「まじ?一緒に帰ろ〜」
「おっけー!」
帰り道が同じで、こうして帰りの時間が合うと一緒に帰ることもある。
「新しいクラスはどう?」
「それなりに楽しーよ。新しい友達も出来たし」
たわいもない会話をだらだらと話す。グループと違って気を使いすぎることはないけど、沙月は時々結構グサッとくること言ってくるから、話しててドキドキしてしまう。
「沙月、アルファルドってアプリ知ってる?」
SNSにあまり興味のない沙月に興味本位で聞いてみる。
「知ってるけど、インストールはしてないかな。遥はやってるの?」
「あ、うん。入れてる。たまーにしか開かないけどね」
アルファルドを知ってるってことは、どんなコンセプトのSNSか分かってるはずだ。まずい。自分が悩んでることを悟られないよう、誤魔化したつもりだけど、沙月には気づかれている気がする。
「ふーん、じゃあこの辺で。またね」
「またね」
タイミングよく行き先が別れるところに着いた。助かった。深掘りしてきたらまたなんか言ってしまいかねない。緊張で心臓がドクドクしたまま、家へと向かった。

帰ると、またルシアからスピカが届いていた。それを確認してから部屋着に着替えようとスマホを置くと、無意識に少し口角が上がった私の顔が鏡に映っていた。


*話、聞いてくれる?

⭐︎もちろん。どうしたの?

*学校で自分が作ったキャラクターに縛られて、家に帰って反省会してばっかりで…ルナはそういう経験ある?

⭐︎あるよ。みんなと分け隔てなく話すことはできるけど、とにかく場の雰囲気を悪くしないためにニコニコしてばっかりかな。周りから“都合がいい子”って思われてるんじゃないかって、不安になる。

*周りからの評価って、直接分からないからまじで気になる。内心不安に思ってても、なんとかなるよね!って強がって友達に接しちゃうし、本当嫌になる

⭐︎それな。自分の気持ちとは反対のこと言っちゃうことめっちゃある。周りの空気に合わせちゃうし

*SNSはゆっくり文章考えられるから、ちゃんと言いたいこと言えてる気がする


ルシアとはかなり打ち解けてきたと思う。ルナという仮面を被りながらも、ルシアの前では少し素直になれてる。そして自分の気持ちと向き合う時間が増えた。


⭐︎どうなんだろうね…私も気にしすぎなのかなって思うけど、不安な気持ちがあることは誤魔化せないから

*そうそう。みんな上手く隠して生きてんだろうな

自分が被ることを決めた仮面なのに、それに苦しめられるなんて思わなかった。両親に喜んで貰いたくて“いい子”でいたら、“手のかからない子”って思われるようになっていた。仲は良くて学校での事をよく話すけど、悩みを打ち明けるとかはしづらい。友達に褒められても、調子乗ってると思われたくなくて自虐発言する自分がいる。
こんな自分が嫌だって所にどんどん気づいて、余計に本当の自分が何なのか分からなくなる。

*ルナって優しい感じが話してて伝わってくる。ほんとに月って感じ

⭐︎ありがとう!ルシアも素敵な響き。どういう意味なの?

*…入力中

いつもはキャッチボールのように繋がる会話だけど、私の質問に対して長い時間入力中の文字が表示されていた。何かまずいこと聞いちゃったかな?


*忘れちゃった笑明日朝練あるからもう寝るね


ちょっとの違和感を感じながらも、会話は終わってしまった。ルシアは何で返信に時間がかかったのかな?本当に忘れてて思い出そうとしてただけ?なんとなく。なんとなくだけど、何かを隠してるような気がする。
『ルシア 意味』
相手のことを詮索するのは良くないって気持ちが検索する直前の指を止めた。
それでも気になる気持ちは止められなくて、どきどきしながらインターネットで検索をかける。
『ルシアは、主にキリスト教の聖人や女性の名前として使われ』
「ラテン語の『ひかり』に由来する…」
ひかり…?すぐに同じクラスの綾瀬ひかりちゃんが頭に浮かぶ。まさか、そんな訳。急いでスピカの履歴をさかのぼる。
ポジティブ発言で人気者のひかりちゃん。
自分が作ったキャラクターに縛られることに悩むルシア。
「なんとかなる」という発言。
現実とSNSで正反対の所も一致することもあって頭が混乱する。けど、ルシアの意味を知られたくなかったってことは、ひかりちゃんはルナが遥であることに気づいてる?
その日、私は混乱した頭で、うまく寝付けないまま夜を過ごした。

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全然寝られなかった。朝早くに学校に来たけれど、ひかりちゃんはまだ居ない。昨日の明日朝練があるという言葉が本当なら、ホームルームの直前に来るはずだ。
「おはよ〜!!!朝練疲れたぁ!」
…想像通り、ギリギリの時間に元気な声と一緒に教室の扉が開いた。
ルシアは自分の秘めた悩みを知られている相手。だけど、その事を周りにバラされるんじゃないかって不安は浮かばなかった。むしろ、同じ悩みを抱えた仲間がこんなにも近くにいたことに喜びを感じていた。私と話していたルシアは、人の秘密を勝手に人に話すような人じゃないから。
ひかりちゃんに話しかけたい。
その気持ちが1番強くて、ひかりちゃんに話しかけるタイミングを伺う。
授業が終わり、下校の時間になるまでひかりちゃんの周りには必ず誰かがいてなかなか話しかけられない。
このままだと話せないまま今日が終わっちゃう!
ついに帰ろうとひかりちゃんが教室を出ていくタイミングで思い切って声をかけた。
「ひかりちゃん…!」
私の声にひかりちゃんの肩が揺れた。振り返ったひかりちゃんと一瞬目が合う。視線を外されて何か言葉を探している表情をしたけど、すぐに真顔に戻って友達の会話に戻ってしまった。明らかな動揺と拒絶。皮肉にも、今の行動でルシアがひかりちゃんであることが確信に変わってしまった。

夜、何度もスピカを送ろうとしては画面を閉じてを繰り返していた。ルシアの投稿も、リアクションも、今日はひとつもない。他のユーザーの声で溢れる中に、ルシアの気配はなかった。
結局どうしたらいいのか結論は出なくて、スマホを握りしめたまま眠りについた。

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いつも通り、「おはよう!」とクラスの子達に声を掛けて教室に入る。けど、いつもなら元気に返してる子達の中に、意味深に目を合わせて
「おはよ〜」と適当な挨拶を返してくる子が居た。
「ねぇ、私、なんか変なとこある?」
「いや?いつも通りだと思うよ?」
心配になって友達に聞いてみるけど、特に気になる反応はかえって来なかった。

いつも通り。でも、どこかが違う。
そんな日々があの日からずっと続いている。
「このプリント誰のー?」
教卓に配り忘れたらしきプリント。クラスの女の子が手に取って問いかけるけど、その子のそばにいる子は、名前をちらっとみてから何も知らないかのようにスマホに視線を戻した。いつもひかりちゃんと一緒にいる子だった。
「これ、遥ちゃんのじゃない?」
違和感のある動きにばかり目を向けていた私だったけど、同じグループの子はプリントが私のものであることに気づいてくれた。
名前を見たはずなのに、なんで教えてくれなかったんだろう。
ありがとう、って言った声が、自分でもびっくりするくらい小さかった。

ひかりちゃんと目があっても、彼女はすぐにスマホに目線を落としてしまう。その仕草が、刺さるくらいに冷たく感じた。

教室のざわめきから逃げるようにして、私は廊下を歩いた。
私、無視されてるよね?ひかりちゃんのグループの子に。
涙が出そうなのをぐっと堪えて、足は無意識に誰かを探すように廊下を歩いていた。ちょうど沙月の教室の前を通り掛かった時、
「あ、遥じゃん」
沙月がドアを開けて、笑顔で声をかけてくれた。緊張がふっとぬけた気がして、慌てて泣きそうな顔を誤魔化す。
「なんか元気ない?」
「…ちょっとね」
相談したいけど、上手く言える自信ない。
「今日一緒に帰ろっか。なんか甘い物食べたい気分だから付き合って」
「…うん」
教室になんて戻りたくなかったけど、沙月の一言で心に少し余裕が生まれた気がした。甘い物食べたいから付き合ってって言い方が、沙月らしくて少し笑顔になれた。

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下校時間、窓の外はしとしとと雨が降っていた。教室の前で紗月と合流し、傘をさして並んで歩く。
なかなか言い出せない私の言葉を、紗月はじっと待ってくれていた。傘に落ちる雨の音が、私たちの沈黙をうめていた。通学カバンのストラップに手を伸ばし、無意識に指先でもてあそぶ。
「私ね、最近一部の子に無視されてるっぽくてさ」
急に、言葉がこぼれた。
「SNSでは言いたいことが言えても、現実では周りに嫌われないように笑ってばっかりで、だんだん自分のことがわかんなくなってきて」
ぼんやりと悩みを伝えると、紗月は少し驚いた顔をした後、ふっと目を細めて「なるほどね」
とつぶやく。
「何か心当たりはあるの?」
「…ある」
深呼吸をしてから口を開く。
「私、アルファルドで“ルナ”として本音を話せるという人に出会えたと思ったんだよね。ルシアっていうんだけど…それがひかりちゃんだって気づいちゃって。多分向こうも同じで。それ以降、無視されるようになっちゃった、みたいな…」
ひかりちゃんは、現実でも仲良くしたいと思った私とは違う感じ方をしたはず。でも、それが分からない。でも、これ以上踏み込むのも怖い。
「_____遥は“ルナ”でいることで、自分を守ってたんだと思うよ。だから素直になれたんじゃない?」
「……え?」
想定外の言葉に紗月の方を見ると優しい笑顔を浮かべていた。
「SNSでの遥も、現実で空気をよむ遥も、こうして話してくれた遥も、全部遥だよ。どれがホンモノかニセモノかなんて分ける必要ないよ。遥を守ってくれるんだから、仮面を被ってることは全部悪いとは言えないはずだから」
紗月の言葉に、胸のなかの絡まった糸が解けたような、詰まっていたものがとれたような、そんな感覚がした。
仮面を被った自分を嫌いになるんじゃなくて、守ってくれるものとして認める、か。
ちょっと勇気がいるけど、温かい考え方だなって思う。
「…そうだね。仮面を被っていた私も、なかったことにはしたくない。ちゃんと私だったもんね」
私は顔を上げて、しっかりと言った。
「私、ルシアにもひかりちゃんにもちゃんも向き合いたい。逃げたくない」
そのとき、不思議と雨の音が遠ざかった気がした。沙月は「いいじゃん」と、小さく笑ってくれた。
傘の向こうで、太陽が雲から顔を出そうとしていた。
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ひっそりと街が静まり返る夜。久しぶりにアルファルドを開いてスピカを送る。


⭐︎ねぇルシア。私ちゃんと話したい。せっかく本音で話す人が出来たと思ったのに、このままなんて嫌。会って話すのが難しいならSNSの中でもいい。ルシアの話、聞かせて。


返信が来る確信はなかった。だけど、このままでいたくない。
刻々と時間は過ぎる。まだルシアはスピカを受け取ってくれない。
諦めかけて寝る準備をしていると、アルファルドの通知音がへやにひびいた。飛び起きてスマホを掴む。


*分かった。明日放課後会おう


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心臓の音がうるさい。先生の声なんて全く頭に入ってこなくて、自分の伝えたいことを何度も頭で唱えていた。
放課後になり、私はいつも通り3人に挨拶してから1人教室に残る。ひかりちゃんの方をちらりと見ると友達と一緒に立ち上がる姿が見える。途端に帰っちゃうんじゃないかって不安に襲われて、慌てて話しかけた。
「ひかりちゃんっ!」
一斉にみんなの目がこっちに向かってきて、足が止まる。ひかりちゃんの周りの子達はちらっと目配せし合っている。
「大丈夫だから」
ひかりちゃんは私の方に向かってきたかと思うと、私の手を引いて教室から出た。

学校の近くの公園まで来ると、ひかりちゃんはやっと足を止めた。昨日の雨とは打って変わって、綺麗な夕日が公園を染めていた。
「話って…何?」
「私がルナだってこと、ひかりちゃん気づいてた?」
思い切って言うと、ひかりちゃんは一瞬目を見開いた。
「…うん。気づいてたよ」
やっぱり、気づいてたんだ。
「私は嬉しかった。ひかりちゃんがルシアだったこと。言えなかったことを言えた人が近くに居たって分かって」
「私は怖かった。演じてる自分を、悩みを知ってる人に見られること、変えたいけど変えたくない今の関係が壊れることが。ルナの言葉は嘘だったんじゃないかって思ったりもして…」
「嘘じゃないよ。ルナとしての私も、教室での私も、どれも私。仮面を被っていたとしても、あれは…全部私だったと思ってる」
紗月に言われて気づけたこと、ちゃんと伝わったかな。制服のスカートをきゅっと握りしめ、ひかりちゃんの言葉を待つ。
「ずるいな、遥ちゃんは。そんなふうに言われたら、ちゃんと向き合わなきゃって思っちゃうじゃん」
ようやくひかりちゃんと目が合う。その瞳は少し潤んでいるように見えた。
「ごめんね、遥ちゃん。逃げてばっかで」
「これから少しずつでも、話していこうよ。ルナとしてじゃなくて遥としても」
「うん。私も、もう逃げないよ」
視線が重なる。なんだか恥ずかしくなって、2人ではにかみながら、日が沈むまで話した。

ひかりちゃんは、無視してしまったことを謝ってくれた。ルナの正体に気づいて、私のことを避けていたのに周りが気づいて無視をしようみたいな流れになってしまったらしい。止めなきゃって気持ちと、私と関わりずらい現実のあいだで葛藤して、声をあげられなかったって。正直傷ついたし、教室で今後どうなるかは分からないけど、友達ともSNSとも仮面を被りながら楽しく、明るく付き合っていきたいと思う。

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私とひかりちゃんがルナとルシアであったこと
同じ悩みを持つ仲間だったこと
それはこの教室にいる誰も知らない秘密

表面上の関わり方は、何も変わらない
だけど、“味方がいる”って思えるだけで、不思議と強くなれる気がした。

きっと、誰もが仮面を被って生きている。
私たち人間は、それを気づかれないようにするのがうますぎたんだ。
いつか仮面を外して、素の自分で居られたら______ずっとそう願っていた。

でも今は、無理に外そうとしなくてもいいって思える。
仮面を被った私も、ちゃんと“私”だから。