目覚めたら、視界が肌色。
 おまけにぬくい。
 俺はそれをぼうっと見つめながら、視線を上げた。
 真っ黒で硬めの髪の毛、しっかりとした体格、高い鼻、それから形のいい唇から規則正しい寝息が静かに聞こえてくる。
「……海里?」
 俺は何度かまばたきをした。
 やっぱり──よく見慣れた端正な顔が、目の前にある。
「なんで……海里が俺のベッドで寝ているんだ?」
 呟(つぶや)きながら、〝なんで〟を思い浮かべる。
 そういえば、昨日の夜、海里が俺の部屋に泊まりに来たっけ。
 何気なく見始めた映画は、山も谷もなく、のんびりとした内容だった。案の定、俺は睡魔に襲われ、瞼(まぶた)が重くなり……そこで記憶がないから、そのまま眠ってしまったのだろう。きっと、海里も同じはずだ。
 それは分かった。けどさ……。
 ──なんで、毎(・)回(・)ぎゅうぎゅうと抱きついてくるかなぁ!
 クローゼットの中には、客用の布団がある。以前からよくうちに泊まりにくる海里なら分かっているはずなのに──。
「おい、起きろ! 何が悲しくて、男に抱きつかれて起きなくちゃならないんだよ」
 俺は、自分の身体に巻き付く太い腕を、力ずくでひっぺがした。そして頭に敷いていた枕を掴み、そのまま海里の顔に叩きつける。
 荒い起こし方だが、熟睡している男はぴくりとも動かない。
「……なんか、腹立ってきた」
 むぎゅっと右頬をつねってみると、微(かす)かに長めのまつ毛が揺れる。続けて左頬をつねると、「んん?」と海里の口から訳が分かっていなさそうな声が漏(も)れた。
 さらに強めに引っ張ると、眉(まゆ)根(ね)にうっすらとシワが寄る。
 そして俺がその頬から手を離したタイミングで、海里はようやく薄目を開けた。
「はよ。……ん? なんか頬が痛い?」
 海里はぼりぼりと脇腹を掻(か)いて、のっそりと上体を起こした。
 身長百八十五センチ、筋肉隆々の男が動くと、ベッドが軋(きし)む。
「まーた、お前は俺に抱きついて寝ていたんだよ。何度も言っているけど、狭いベッドなんだから、一緒に寝・る・な!」
「俺、お気に入りの抱き枕ないと眠れないもん」
「もん、ってかわい子ぶるな。俺はお前の抱き枕じゃない!」
「七海吸いしなくちゃ眠れないもん」
「猫吸いみたいに言うな。抱き枕の次は、猫扱いか!」
「人肌ないと……」
「幼児か!」
 海里は学校では爽やかで陽キャだが、俺の前ではふてぶてしい。
 悪びれる様子もなくあくびをする顔に、もう一度枕をぶつけて、ベッドから立ち上がり部屋を出た。
 俺もー。と海里は頭を掻きながら、俺のあとに続く。
「──んもう!」
 二階の自室から一階にあるダイニングルームへ向かうと、妹が不満げな声を上げた。ショートボブの髪の毛を揺らしながら、ややつり上がった目で俺をキッと睨(にら)む。
「お兄ちゃんったら、朝っぱらからうるさい!」
「……お前の声もなかなかだぞ」
「ちいちゃん、ごめんな」
 不機嫌な妹に、海里は爽やかな笑顔を向けた。ちなみに、妹の名前は千(ち)香(か)。だからちいちゃん。
 すると、千香は表情を変え、ふわっと微笑んだ。
「ううん、海里くんは別だよ。お兄ちゃんがうるさいだけ」
「七海を責めないでやってくれ。俺が全部悪いから」
 はいはい、やっとれ。
 俺はふたりを横目にテーブルを見る。そこには四枚切りの食パンが置かれていた。
 中華料理屋を営む両親は、朝一から仕込みに追われ、既に家を空けている。店は玄関こそ別だが、壁を隔(へだ)てた真横にある。
 なんでも、人気ブロガーがうちの店を紹介したのだそう。その効果で客足が一気に伸びた。
 いっときのことだと思うけど、現在店は多忙を極めている。母は家事をする暇がなく、俺が取り仕切っていた。
「よし──」
 きゅっとエプロンの紐(ひも)を結び、俺はキッチンに立った。冷蔵庫から材料を取り出し、三人分の朝食を作り始める。
 俺の横では海里が湯を沸かし、ふたり分の珈琲を淹(い)れていた。俺が皿にパンとおかずを盛りつけると、彼はそれをテーブルに並べてくれる。
「海里くんって、絶対いい夫になるね」
 千香は椅子に座ったまま言った。監督係なのだそう。
「ありがとう」
「えへ」
「んんん? おいおい――妹よ。お前にはお兄様が目に入らぬのか。俺のことも褒(ほ)めろよ」
「七海は、絶対いいお嫁さんになるね」
 海里はにんまりしながら言った。
 嫁……?
「ばかめ」
 俺は海里のふくらはぎにツッコミの足蹴りを軽く食らわせて、席に着いた。
「じゃあ、いただきまーす」
 千香はテーブルの真ん中に置いた蜂蜜の瓶を手に取った。
 そして、大きめのスプーンで蜂蜜をすくい、トーストにたっぷりとかける。もう一度、蜂蜜をすくったかと思えば、それはパンにはかけずそのまま舐(な)めた。
 千香の甘党っぷりを見ていると、女子は甘いもので出来ているんじゃないかと思ってしまう。
「ちいちゃん、俺も蜂蜜かけていい?」
 海里、お前もか。
 蜂蜜を取るためにがっしりとした腕が伸びた。
 小、中、高とずっと空手をしている海里は、運動神経抜群。筋肉隆々で羨(うらや)ましい体(たい)躯(く)をしている。器量もよくて、さらに両親はバリバリと働く外科医。天は二物を与えず、なんて嘘っぱちだ。
「ふぁに?」
「頬張ったまま喋(しゃべ)るなよ」
 気の抜けきった様子にツッコミを入れる。そんな顔、絶対外では見せないだろう。
 呆れながら、その食べっぷりを見ていると、海里は「あ」と何かを思い出したように声を出した。
「なに?」
「母さんが、花栗家に土産あるって言ってたんだ。あとで取ってくるよ」
 土産と聞いて、千香の目が輝く。皇家の土産はセンスがいいからな……。
「いつも、ありがとな」
 俺が礼を言うと、海里は「こちらこそ、いつもいつも……」と返事をした。
 いつも。
 それが自然と口に出る程、俺たちは家族ぐるみで仲がいい。
 こうやって、海里がうちに来るようになったのは、海里の両親が忙しいことがきっかけだった。
 気前のいい俺の母は、海里がいつでもうちに食べに来られるように話し合ってくれたんだ。まぁ、食費くらいはもらっているだろうけど。
「──で。海里、今日は弁当いる?」
 俺は話題を切り替え、短く聞いた。
 両親が忙しい今は、弁当も俺が担当しているってわけ。
「いいの?」
「自分たちのついでだし、いいよ」
「うわ、大好き!」
「将来、コレをたんまりよこしなさい」
 コレ、と言いながら、人差し指と親指で輪っかを作り、金のサインをする。
 海里はうんうんと頷く。……本気にするぞ。
「さてと──」
 海里が家に戻ったあと、再び俺はキッチンに立って、フライパンを握った。

「お前たち、なんで弁当までお揃(そろ)いなんだよ!?」
 昼休み、教室で俺は海里と弁当を頬張っていた。
 弁当の中身を見た大木は、驚きの声を上げる。
 身長百六十センチ未満なのに大(おお)木(き)大(だい)輔(すけ)というビックな名だ。ふわふわとした天パは、彼のチャームポイントらしい。
「どれどれ」
 大木の横にいた園(その)村(むら)も眼鏡を指で上げながら、覗き込んでくる。こっちはくせ毛一切なしのストレートヘア。細目。美形の部類に入るけど、にやっと笑う顔はちょっと変態ちっくで怪しい。
 弁当がお揃いなことはよくあることなのに、ツッコまれたのは初めてだ。
 適当な理由を付けて、俺が作っていることを話せば、大木は腰を反らして仰天した。
「えぇ、花栗が作っているの!? すげぇ、彩り豊かじゃん。なにこれ、パプリカの炒め物? 栄養バランスまで考えてるの? まるでお母ちゃんじゃん。自慢じゃないけど、俺は調理実習以外で包丁握ったことないよ」
「そっちの方が驚きだよ。母ちゃんの手伝いしてやりなよ」
「いや、俺は食い専だし。……ていうか、うまそう。皇、お前の弁当、一口くれよ」
「は?」
 海里は弁当に伸びてきた大木の手をさっと避けながら、「やだ」「無理」「ご飯一粒であってもあげない」とそっけなく言い放つ。
「俺のチョコパイ一個やるからさぁ」
「絶対無理」
 海里は弁当を大事そうに抱え込んだ。だけど、実のところ、卵焼き以外は、昨日の残り物を詰めただけの弁当だ。たいそうなものではない。
「では、大木よ。等価交換といこう。俺の唐揚げと引きかえに、別館校舎の一番端にしかない自販機で珈琲を買ってきてくれたまえ」
 俺は提案しながら大木の机に百円玉を置いた。不足分は払ってくれの意。
「ふっ。ここ三階。昼休みの時間は高くつくぜ」
「中華料理屋の本格唐揚げ。冷(さ)めても美味しい」
「はい、喜んでぇ」
 大木は立ち上がって、勢いよく教室を飛び出していった。
 園村はそれを見送りながら、ははっと笑う。そして、海里の方を向いた。
「皇は、何があってもくれなさそうだな」
 海里は大口を開けて、弁当のご飯をかき寄せて口の中に放り込む。空(から)になった弁当の前で手を合わせた。
「当たり前だろ」
「海里は、食い意地が張っているからさ」
「成長期なもんで」
 園村はかけている眼鏡を指でくいっと上げ、「へぇ」と言った。その数分後、大木が缶コーヒーを片手に戻ってきた。
「ただいま~」
「早いな」
 ちょうど、俺も弁当を食べ終わったところだ。食後の珈琲が飲めて有難い。
「唐揚げ! 唐揚げ!」
「はい、はい……」
 大木に唐揚げを差し出したとき、机に置きっぱなしにしていた携帯電話の画面に通知が入る。
 海里と、それからクラスの皆は、ほぼ同時に携帯電話を見た。どうやら、誰かがクラスのグループトークにメッセージを送った模様。
【本日、十九時、来られる奴はファミレス集合】
【シークレットにて、そのときに話す!】
 送り主は、今クラスの真ん中で立ち上がった男、杉(すぎ)本(もと)だ。短髪で素朴な顔立ちだが、表情がころころ変わる。とにかく明るいムードメーカー。
 杉本は唐揚げを頬張る大木と頷き合った。その横で園村が眼鏡をくいっと指で上げる。
 どうやら三人が何かを企(くわだ)てているらしい。

 ◇

「炒飯と餃子一人前、ご注文入りました!」
「はいよっ!」
 ニンニクと油の匂いが染み付いた厨房、立ちのぼる湯気、大きな中華鍋からは炒飯が円を描くように舞う。八人がけのカウンター席とテーブル席は満席で、大して広くない中華屋の店内は賑(にぎ)わいを見せていた。
 繁盛時の今、俺は学校から帰宅するや、店に入り手伝いをしている。
 父と母が手際よく作っていく料理を客席に運びながら、客に声をかけた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
 俺は客にひと声かけたのち、グラスに水を注いだ。
「おあいそ」
 同時に、隣の客が食べ終わり立ち上がる。入れ替わるように次の客が店内に入ってきた。
 メニューを注文する声、具材を刻んだり、油が跳ねたり、中華鍋をお玉がかき混ぜたり、飲食店特有の音がひしめく。
「青椒肉絲(チンジャオロースー)! 唐揚げ! 七海!」
 父が俺を急(せ)かしたとき、ブブ……とジーパンのポケットに入っている携帯電話のバイブ音が聞こえてきた。
 携帯電話なんかを触っていたら、今月の電話代は支払ってもらえないだろう。
「餃子、豚骨ラーメン、七海!」
「はいよぉ」
 料理名と一緒に呼ばれる自分の名。俺のことを跡取りにしたい父は、割と手厳しいし口うるさい。動きが悪いと名前を呼ばれる回数が増える。
 それを知っている常連客は、俺を見ながら苦笑いしていた。
 心の中で、小遣い小遣い……と呟き、文句を呑(の)み込む。そのあとは指示以上の働きをして、なんとかピークの忙しさを乗り切った。
 店内の客が少なくなったので、母が俺に目配せをする。
 俺は「うん」と頷いて、厨房の奥にあるドアから店を出た。
「はぁ、人使い荒すぎ……」
 自宅へ戻ると、電気もつけずに椅子に座って、独りごちた。
 ふーっと息を吐いたあと、携帯電話をポケットから取り出して画面を確認する。さっきのバイブは海里からのメールだった。
「ん?」
《クラスの奴らとファミレスへ行ってる。店の手伝いが早めに終わったら、七海も来いよ》
 今は、十九時半。送られてきたのは、十九時ちょい前。
 海里も部活が終わってから向かったのだろう。
《手伝い終わった。今から向かう》
 俺は短めに返信した。それから油臭い服を着替えて、自転車をかっ飛ばし、ファミレスへ向かう。
 十分はかかる距離を五分で到着した。汗だくだ……。
「おーい、花栗、こっちこっち!」
 店内に入れば、クラスメイトが俺に手を振る。
 杉本たちの急な提案にもかかわらず、クラスの半数以上が集まっていた。空いている席に腰を下ろすと、斜め前の席にいる海里と目が合う。
「七海」
「お、おう……」
 海里の両隣には女子が座っていた。両手に花。
 羨ましいことこの上ないというのに、当の本人は立ち上がって俺が腰かけている席に移動してきた。そこに残された女子は残念そうな表情を浮かべている。
 他のみんなは既に食べているようだが、海里は注文するためにタブレット端末を手にした。
「なぁ、俺の方へ来ていいのか……あの女子たちは?」
「女子? 七海が来るまで食べるのを待ってたんだ。どれにする?」
 律儀。
「うーん、チーズハンバーグかラザニア。……よし、ラザニアに決めた!」
「了解。じゃ俺は、チーズハンバーグとステーキとライス大と大盛りポテトにしよっと」
「相変わらず、よく食べるな」
「まぁね」
 海里がタブレットで注文を完了させたところで、前の席にいる大木が立ち上がり、俺たちの席にやって来た。
「よぉ、花栗。よく来てくれたな」
「遅くなって悪いな」
「淋しかったぜ。まずは……」
 これに目を通してくれと、大木からプリントを手渡される。
「あぁ。……ん?」
 ――お別れパーティー?
 首を傾げると、海里が短く付け加えてくれる。
「担任の磯(いそ)辺(べ)先生のことだって」
「あぁ」
 担任の磯辺先生は、化粧っけはなく男勝りな明るい先生だ。生徒からの人気も高い彼女が、今月末に寿(ことぶき)退社する。
 つまり、このお別れパーティーは、担任を見送るためのものか。今からその出し物についてアイデアを出し合おうってわけね。
「そのパーティーとやらは、いつ開くの?」
「一週間後だって」
 海里が返事をしたとき、猫型の配膳ロボットが料理を運んできた。端に座る海里は、それを受け取ると、俺の前にラザニアとチーズハンバーグを鉄板皿ごと差し出した。チーズハンバーグは海里が注文したものだ。
「ん?」
 俺は海里とチーズハンバーグを交互に見つめた。肉汁がアツアツの鉄板の上で跳ねている。
「食べていいよ」
「え。あとで腹減ったって言うなよ?」
「そのときは七海ン家(ち)に行くから」
 図々しいような、ふてぶてしいような、親切なような、……まぁ、チーズハンバーグは食べたかったので良しとしよう。
「みんなもポテトをつまんでいいよ」
 海里は、席の奴らにポテトを差し出した。目の前に座っていた奴は、ドリンクバーに飲み物を入れてくると立ち上がる。
 そんな自由な空気の中、斜め前のテーブルにいる奴がぼやいた。
「一週間後なら、クラス全員が揃う日も少ないよなぁ。何か出し物するにしたって、時間がなくない?」
「だよな。塾がある奴も多いし」
「俺、部活休めないよ」
 ぽつ、ぽつと、やる気のない声が漏れる。
「ふぅむ」
 大木、園村、杉本の賑やかトリオは、意見に同意するように首を大きく縦に振った。
「ふむふむ。ふむ……磯辺先生は一学期と短い間だけど、ゆる賑やかな一年三組をフォローしてくれた人である。そんな先生に俺は感謝を伝えたくてうずうずしているんだが」
「というか、パーティー好きなんだよね」
「責任は取りたくないけど、暇より楽しい方がいいよな」
 トリオの独特の相(あい)槌(づち)や雰囲気のせいか、彼らが言えば、楽しそうな響きがある。
 なんとも緩い意見に同意する奴が多いのも、このクラスの持ち味だ。
「……いいんじゃねぇ」
「まぁな、やるか」
 簡単に楽しむ方向に雰囲気が変わり、みんなが意見を出し合い始めた。
「――じゃあ、手っ取り早く、個人で出し物をするか」
 誰かが言った言葉に賛同し、そのアイデアを練る。
 そして、個々やグループで何か発表し、前に出るのが苦手な奴は裏方に回る。なんにもしたくない奴は、本番で大きな拍手や合いの手を入れる。という流れになって――お開き。

「あー、まだまだ暑いなあ」
 しっかり空調管理されている店から外に出たら、ぬるい風が肌に当たり顔をしかめた。九月も中旬なのに、ちっとも涼しくならない。
 俺は手で顔を扇(あお)ぎながら、店裏の駐輪所に自転車を取りに行った。戻ると、賑やかトリオと海里が待ってくれている。
「花栗と皇、じゃあな」
「うん。また明日」
 トリオとも別れ、徒歩で来た海里に合わせて、俺も自転車を押して歩いた。
 住宅の窓々からの明かりが、夜道をまばらに照らす。
 行き交う車の数も少なく、のんびりと歩きながら、さっき食べた濃厚なチーズの味を思い浮かべた。
「チーズハンバーグ、ありがとうな。うまかった」
「だな」
「ん? それだけ?」
「ん?」
「いやぁ」
 俺はチーズハンバーグを半分ほど食べてしまった。海里から文句のひとつやふたつ出ると思ったのに、同意だけで拍子抜けする。
 ポテトもほとんど皆に分けていたし。
 ――俺の作った弁当は、絶対、人にあげないんだけどな。
『付き合ってよ。七海』
 あー、また。
 三日前の昼休み、海里に言われた言葉が、脳裏に浮かぶ。
 冗談と冗談のあいだに言われたひとことだけど、妙に耳に残る声だった。
 どういう意味なのか。聞き返そうかって。
 午後の授業中、俺はずっと悩んでいたんだ。
 ──なのに、言った本人はけろっとしているんだもんな……。
 そのあとも特に変わったことを言われたり、何かを求められたりすることはなく……まぁ、通常運転。
 本当のところは、どういう意味なんだろう。