桜の花も散ってしまい、木々に茂る葉が青々としてきた四月下旬。
下駄箱で靴を履き替えていれば、マシュマロのような甘い声の持ち主に呼びかけられる。
「ねぇ、お姉ちゃん。数学教えてよ! もうすぐテストだけど、自信ないんだよねぇ」
「もう、また? 少しは自分で頑張りなさいよ」
「だって自分一人で勉強するより、お姉ちゃんに教えてもらった方が分かりやすいんだもん! お姉ちゃん、絶対に教師とか向いてると思うけどなぁ」
「はいはい。調子のいいことばっかり言って……しょうがないんだから。それじゃあ放課後、図書室で勉強していこっか」
「やったぁ! さっすがお姉ちゃん! それじゃあまた放課後にね~」
無邪気に笑った妹の桃奈は、一年生の教室棟に行ってしまった。
下駄箱の前でその背中を見送っていれば、登校してきたクラスメイトの男子に声を掛けられる。
「吉川の妹ちゃん、マジでかわいいよなぁ。今度紹介してよ」
「無理。アンタに桃奈は任せられない。百億年経ってから出直してきなさい」
「チェッ、吉川も大概シスコンだよなぁ」
“妹を紹介してほしい。”
この言葉は、もう何十回と言われてきた台詞だった。
いつもと同じようにきっぱりと断れば、私の返答が分かりきっていたのだろう男子は、すぐに諦めて先に教室に行ってしまう。
……というか、断られるのが分かっているなら、いちいち聞かないでほしいんだけど。
私、吉川梅乃には、一つ年下の妹がいる。
陶器のように白い肌に、ぱっちりした大きな瞳。鼻も高くて、桃色の唇はぷっくりしている。長い髪の毛はミルクティー色に染めていて、毛先がふわりと巻かれている。
桃奈は、テレビに出ているアイドルや女優と遜色ないくらい、とても可愛いらしい容姿をしていた。
何より愛嬌があるから、先輩から後輩まで年齢関係なく可愛がられるし、慕われる。愛され体質って、ああいう子のことを言うんだろう。
対する私は、同じお腹から生まれてきたとは思えないくらい愛想がない。
顔立ちも普通。中の中って感じだし、クラスでも、地味で大人しめのグループに属している。
別に虐められているわけでもないし、現状に不満があるわけでもない。
でも、幼い頃からずっとずっと、桃奈と比べられてきた。
「梅乃ちゃんの妹って、すっごくかわいいよねぇ」
「いいなぁ、かわいい妹がいて」
「桃奈ちゃん、紹介してよ」
悪意はないって分かってる。それでも周囲からのその言葉は、いつだって、私の心の柔い部分をジクジクと蝕み続けているんだ。
――桃奈は、何も悪くない。それは分かってる。
勝手に嫉妬して、劣等感を抱いている私が醜いだけ。
こんな私だから、誰からも愛されない。
両親だって、子どもらしく素直になれなくて、ついツンツンした返しをしちゃう私より、可愛く甘えることのできる桃奈の方が好きなんだろうなって、何となく分かる。
子どもって、どうしてかそういうの、直ぐに分かっちゃうんだよね。できることなら、知りたくはなかったけど。
(ほんっと、桃奈が羨ましい)
可愛くて、皆から愛されている、私の妹。
大好きだけど、同じくらい大嫌いな、私の妹。
私は、桃奈に対するそんな醜い劣等感に蓋をして、今日もいいお姉ちゃんとして振舞う。
***
「――だから、答えはx=α,βになるの。わかった?」
「うん! やっぱりお姉ちゃんの教え方って本当に分かりやすいよね」
「それは良かった。それじゃあ、残りの問題も解いてみて。私はちょっと本を見てくるから」
「はーい」
小声で問題の解説をしてから、私は静かに席を離れる。
気になる小説があったから、せっかくだし借りていこうと思っていたんだけど……。
(だめだ、届かない)
あと数センチなんだけど、これは背伸びをしたところで絶対にとれそうにない。
面倒だけど、諦めて脚立を借りてこようかな。
そう思っていたところで、後ろから伸びてきた手が、お目当ての本をスッと引き抜いていった。
「はい、どうぞ。これでよかったかな?」
「……あ、はい。ありがとうございます」
「どういたしまして」
私の背後に立っていた男子生徒は、見たことのない顔をしている。
後輩ではなさそうだし、雰囲気からして、多分三年生だろう。
どうしてそう思ったのかって言えば、落ち着いた印象を受けたから。
制服は着崩すことなくきちんと着ていて、髪の毛は黒。前髪が少し長めで、眼鏡をかけている。図書室の静かな空気感が似合うような、真面目で誠実そうな風貌をしている人だと思った。
「この本、好きなの?」
「いえ、この本は読んだことないんですけど、作者が好きなんです。なので借りてみようと思って」
「そっか。俺も好きだよ、この作者。人間のリアルを描いてる感じがしていいよね」
目元を細めた先輩は、笑うと少しだけ幼く見える。
その表情に、何だか胸の奥がきゅって締め付けられたような、妙な気持ちになった。
「……あの、よければ名前を教えてもらえませんか?」
「俺は、鈴木秀也だよ。君の名前は?」
「私は、吉川梅乃っていいます。二年生です」
「そっか。それじゃあ俺の一つ下だね」
やっぱり先輩だったみたいだ。
鈴木先輩はスマホで時刻を確認すると、
「それじゃあ、またね」
と小さく手を振って行ってしまった。
「お姉ちゃん、遅いよ。気になる本は見つかったの? ……って、お姉ちゃん? ボーッとしちゃってどうしたの?」
「……ううん、何でもないよ」
その場でしばらく立ち尽くしていれば、心配した桃奈が様子を見にきてくれた。
だけど私は鈴木先輩のことで頭がいっぱいになっていて、上の空で返事をしてしまった。
――多分、私はこの時、鈴木先輩に恋をしてしまったんだと思う。
***
「あれ、また会ったね」
図書室に借りていた本を返しにきた。
また会えたらなって、期待していなかったと言ったら嘘になる。
それでも、絶対に会える確証なんてなかったから、鈴木先輩の姿を見つけた時、胸が高鳴った。
しかも、先輩の方から声を掛けてもらえるなんて。
私のこと、覚えていてくれたんだなって、それだけで天にも昇れちゃいそうなくらい嬉しくなる。
「はい。……あの、この本すっごく面白かったです。ラストの伏線回収も上手いし、まさか主人公の兄が犯人だったなんて思わなかったので、驚きました」
「うん、俺も最後の展開は予想外で驚いたよ。話の作り方が上手いよね」
鈴木先輩は、同意するように頷いてくれた。
私よりもずっと背が高い先輩だけど、真っ直ぐに目を見て話してくれる。色素の薄いブラウンの目は、吸い込まれちゃいそうなくらい綺麗だ。……先輩と、もっと話してみたいな。
「っ、あの! よければ鈴木先輩のおすすの本とか、教えてもらえませんか?」
勇気を出して聞いてみる。
恋愛経験なんて皆無で、男友達だってほとんどいない私からしてみたら、好きな人にこうして自分から話しかけるってだけでも、すごく緊張してしまう。
「うん、もちろんいいよ。ここだと迷惑になっちゃうかもだから、奥の方で話そうか」
断られたらどうしよう、迷惑だって思われていたらどうしようってドキドキしていたけど、先輩は悩む間もなく了承してくれた。
今のところ、私たち以外に生徒の姿は見えないけど、まだ放課後になったばかりだし、これから利用しにくる生徒だっているかもしれない。
私たちは奥のひと気のないスペースに移動した。
そして、図書室に置いてある本でおすすめだという本を、何冊か教えてもらった。
どれもすごく面白そうで、何より、鈴木先輩が私のために話してくれているのが、すごく嬉しくて。
「どれもすごく面白そうですね」
「本当? それならよかった」
「これ、今日全部借りていってもいいですか?」
「それはいいけど、二週間で四冊も読めそう?」
「はい。本を読むのは好きなので、全然余裕です。なので……読み終わったら、また本の感想を聞いてもらってもいいですか?」
「うん、もちろん。むしろ嬉しいよ。感想、楽しみにしてるね」
鈴木先輩と、次におしゃべりする約束までしてしまった。
嬉しくて、桜の花びらみたいに体が軽い。だけど、胸はきゅって、締め付けられたみたいに重たく苦しくもなる。
先輩は、頬杖をついて窓の外を見ていた。
吹いてくる蒼く透明な風は爽やかで、先輩の髪を優しく揺らしている。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
そんな叶うはずもない思いを胸に、先輩に見惚れていたら……。
「あ、お姉ちゃんってばこんなところにいた!」
あの甘い声で「お姉ちゃん」と呼ばれた瞬間、私のテンションは急降下する。
あぁ、今は来てほしくなかったのに、なんて。
そんな醜い感情で胸がいっぱいになる。
「あれ、もしかしてお姉ちゃんのお友達? わー、すっごく頭が良さそう!」
「ちょっと桃奈。失礼でしょ! それに声が大きい! 図書室なんだから、もう少し静かにね」
「あ、はーい」
近づいてきた桃奈は、私と鈴木先輩を順に見ながら、にこにこと人好きのする笑みを浮かべている。
「あの、すみません、鈴木先輩」
「俺は大丈夫だよ。お姉ちゃんってことは、吉川さんの妹さんなのかな?」
「はい! 私、吉川桃奈っていいます!」
「俺は鈴木秀也っていいます」
「鈴木先輩は、お姉ちゃんのお友達ですか? クラスメイトとか?」
「俺は三年生なんだ。吉川さんとは……本好き仲間って感じかな?」
目が合った鈴木先輩は、柔らかい顔で微笑みかけてくれた。
また胸の奥が、ぎゅーって締め付けられたみたいに苦しくなる。
――あぁ、どうしよう。
私、鈴木先輩のことが、すごく好きだ。まだ会って二回目だけど、先輩が笑いかけてくれるだけで、胸が苦しくて、嬉しくて、堪らない気持ちになる。
「へぇ。確かにお姉ちゃん、本好きだもんね。私は難しい本とか、全然読めないからなぁ。小説なんて、小学校の読書感想文以来読んだことないかも」
桃奈は机に置いてある本に視線を落とすと、嫌そうに顔を顰めた。
でも、桃奈がすれば、そんな表情も可愛らしく見える。
「でも読んでみたら、意外と読書の面白さに気づくかもしれないよ?」
「えー、それじゃあ、鈴木先輩のおすすめの本を教えてくださいよ! そしたら私、頑張って読むので!」
桃奈は初対面だってことを気にすることなく、ぐいぐい距離を詰めるようにして話しかける。
いつものことだけど、その相手が鈴木先輩ってだけで、心の中にぐるぐると嫌な気持ちが回り始める。モヤモヤする。
それ以上鈴木先に近づかないでよって、喉元まで出かかっている気持ちを、何とかグッと抑えつける。
「そうだね。初心者にもおすすめの本は色々あるんだけど……ごめん、俺、そろそろバイトの時間だから帰らないと。また今度でも大丈夫かな?」
「はい、全然大丈夫です!」
ついさっき知ったことだけど、鈴木先輩は家庭教師のアルバイトをしているそうだ。相手は近所に住んでいる中学生の男の子らしい。お母さん同士の仲がよくて、頼まれたんだって。
家庭教師を頼まれちゃうくらい頭がいいんだろうなとか、それだけ信頼されているんだろうなって。先輩のことを一つ知るたびに、好きの気持ちが少しずつ膨らんでいく。
「それじゃあ、俺は先に帰るね。吉川さん、またね」
「あ、はい。おすすめの本、たくさん教えてもらってありがとうございました」
「どういたしまして。妹さんも、またね」
「はい! あ、私のことは桃奈でいいですよ!」
「うーん、でも、いきなり名前で呼ぶのはちょっとね」
「でも、苗字じゃお姉ちゃんと被るじゃないですか。私は名前で呼ばれ慣れてるので、気にしないでください!」
「……それじゃあ、桃奈ちゃんも、またね」
眉を下げた鈴木先輩は、ちょっぴり困ったような顔で笑ってそう言うと、小さく手を振って帰っていった。
桃奈の言う通り、私たちは苗字が同じだ。
だから鈴木先輩も、名前で呼んだだけ。きっとそう。
今までも、私は“吉川”って呼ばれることが多かったし、桃奈は“桃奈ちゃん”って名前で呼ばれていたし、だから別に、桃奈が何も考えないで言っただけだって、他意も悪気もないってことも分かってるけど、だけど、だけどさ……。
「……いい加減にしてよ」
鈴木先輩がいなくなって、図書室には私と桃奈が残された。
周囲には他の生徒もいなくて、カウンターにいる司書の先生も席を外している。
――あぁ、どうしよう。声が震える。だけど、もう我慢できない。許せなかった。
桃奈に悪気がないって分かっているからこそ、余計に苛ついてしまう。
「え、どうしたの? もしかしてお姉ちゃん、何か怒ってる?」
「……どうしてわざわざ、図書室にきたわけ?」
「え? どうしてって……お姉ちゃんのクラスに行ったら、図書室に行くって言ってたよって教えてもらったの。私も友達としゃべってて遅くなっちゃったし、どうせなら一緒に帰れるかなぁって思ったんだけど……もしかして私、邪魔しちゃった?」
桃奈は悪びれた様子もなく、可愛らしく小首を傾げる。
私はその問いには答えずに、胸にある本音をほんの少しだけ削り取って、桃奈にぶつける。
「それと、私の知り合いではあっても、桃奈は初対面だよね? 先輩に失礼な態度をとるのはやめて」
「えー? 私、そんな失礼な態度とったかな? っていうか鈴木先輩、すっごく優しそうな人だったよね。私、ああいうタイプの人、けっこう好きだなぁ」
「っ、だから、いい加減にしてってば‼」
我慢できなくなって、つい声を荒げてしまった。
桃奈は目を見開いて、驚いた顔をしている。
「……え? お姉ちゃんってば、本当にどうしちゃったわけ? ちょっと落ち着いてよ。すっごい怖い顔になってるよ? 鬼みたい」
「っ、そうさせてるのは桃奈でしょ!? いつもいつも……どうして邪魔するの!?」
「邪魔って、何それ。もしかしてお姉ちゃん、鈴木先輩のことが好きなの? それで怒ってるんでしょ? もー、ごめんってば。だって私、そんなの知らなかったんだもん」
「……ごめんって、本当にそう思ってるわけ?」
「思ってるってば。可愛い妹が謝ってるんだから、いつまでも怒ってないでよ」
桃奈は頬をむっと膨らませて、拗ねた顔を作っている。
だけどそういう表情は、今の私を苛立たせる材料にしかならない。
「……そうだよね。桃奈は自分が可愛いって自覚してるから、何言っても許されてきたんだもんね。人の気持ちとか、考えられるわけないか」
吐き捨てるように言えば、さすがの桃奈も、その顔から笑みを消し去った。
「……何それ。どうしてお姉ちゃんにそんなこと言われなくちゃなんないの? お姉ちゃん、意味わかんないんだけど」
ついさっきまでヘラヘラ笑っていた桃奈は、眉を顰めて私を睨みつけてくる。
「だってその通りでしょ? 気持ちなんてないくせに、とりあえず謝っておけば許してもらえると思ってるよね? 桃奈はいっつもそう。へらへら笑って、その場しのぎのことばっかり言って。桃奈のそういう態度に、私がどれだけイライラしてたか、どれだけ我慢してきたか、知らないでしょう?」
「はぁ? お姉ちゃん、そんなこと思ってたわけ? だったらその時にそう言ってくれればよかったじゃん! 腹の内では私のこと馬鹿にしてたってことでしょ? 性格悪くない?」
「そんなこと一々言えるわけないよね? 言ったら言ったで、桃奈はすぐめんどくさい拗ね方するでしょ。だから私は姉として、ずっと耐えてきたの」
「……っていうかさ、要はお姉ちゃんのそれって、私が可愛いことに対する、ただの僻みなんじゃないの?」
図星をつかれてカッとなった私は、桃奈の肩を押す。
よろけた桃奈は、すぐに体制を立て直して、私の両肩を押し返してくる。
「桃奈は、もういいでしょ! 誰からも愛されて、何でも持ってるんだから!」
――だから、これ以上邪魔しないでよ。
桃奈のこと、嫌いになんてなりたくないんだから。
「そんなの、私だって……お姉ちゃんばっかりズルいって思ってたよ!」
「……え?」
――だけど、苦しそうな顔をした桃奈から吐き出された言葉に、私は目を見開く。
「お母さんもお父さんも、お姉ちゃんのことばっかり褒めてさ! お姉ちゃんが、いつもテストで百点とかとるから……私がどれだけ頑張ったって、お姉ちゃんと比べられて、すごいって思ってもらえない。認めてもらえない。それが、すっごくしんどかった。……期待されてるお姉ちゃんには分からないだろうけどね!」
泣きそうな顔をして話しているその言葉は全て事実で、桃奈の本音なんだろう。
思い返してみれば確かに、小学生の時の桃奈は、すごく勉強を頑張る子だったように思う。だけど中学校に上がってから、どんどん勉強がおろそかになっていった。
だけどお父さんもお母さんも、勉強をしない桃奈に対して、何か言うことはなかった。
とりあえず、留年しなければ問題ない、とか言って。
私は私で、勉強くらいでしか桃奈に勝てるところがないって思っていたから、必死に頑張っていたけど……。
――黒くてどろどろした感情を抱えていたのは、私だけじゃなかったみたいだ。
自分が持っているものに気づけなかった私は、心の奥底では、ないものねだりばかりしていた。桃奈の持っているものにばかりに目がいって、それが羨ましくて、欲しがってしまう。妬ましく思ってしまう。
だけど……そういう仄暗い感情を抱いたことのない人なんて、いないのかもしれない。
私たちはそんな汚い感情と、上手く付き合っていかなくちゃならないんだ。
私たちの間に、静寂が落ちる。
窓から差し込む真っ赤な夕暮れの光は、まるでスポットライトみたいに、私たち二人を照らしている。
「……とりあえず、帰ろ」
「……うん」
チラリと目を合わせて、頷き合う。
帰る家は同じだから、そのまま二人で、無言で帰った。
桃奈とこんな風に言い合いをしたのは、はじめてのことだと思う。
重たい沈黙が流れている。すごく気まずい。でも、自分からは謝りたくないって思っちゃう。それは多分、向こうも同じだと思う。
これが友達同士だったら、気まずくなって、そのまま自然と離れていくのかもしれない。
だけど、私たちが姉妹であること、家族であることは、変えようのない事実だ。
どんなに気まずくても、顔も見たくないほど相手に苛立っていたとしても、同じ屋根の下で過ごしている私たちは、毎日顔を合わせることになる。
だけど、きっと、時間が経てばまた普段通りに話せるようになるだろう。
そんな確信があった。
誰からも愛される桃奈が羨ましくて、嫌な感情を抱いてしまうこともあるけど……それでも、妹のことを心から嫌いになることなんてできないから。
何だかんだ言っても、やっぱり私は、桃奈のことが大好きなんだ。
だから今は、この重くるしい時間も、あえて受け入れる。
そして大人になった時「そんなこともあったよね」って、いつか笑って話せる日がくるのかもしれない。
今、私の心はひりついている。
だけど、本音を話せたことで、桃奈の思いを知れたことで、少しだけすっきりした。
痛いのに清々しいなんて、何だか変な感じだけど。
――悩んで、ぶつかって、多分きっと、また悩んで。
ピリピリ、しゅわしゅわと、サイダーみたいな気持ちを抱えて帰った。
そんな、十七歳の春のこと。
私はずっと、忘れられないと思う。



