ダイニングの椅子に座り、向かいにセットされたスマホを見つめる。
その背後で、深刻な顔の翔が先程話し合った内容を確認するように言った。
「いいか、美奈。オタクだった過去については話してもいい。今はリア充に変われたという流れに持っていけば問題ないから。原画展に行ったことは秘密にしよう。メジャーな作品ならともかく、女同士の恋愛物はな……美奈がレズビアンなのも隠したいし」
「翔」
「ん? 何?」
首を傾げる翔に、思わず口から出そうになった言葉を飲み込む。
「……ううん、何でもない。私がレズビアンだってことはバラさないのね」
「ああ。俺達がビジネスカップルだと知られるのはマズイ。パートナーシップの動画を散々出しといて、それは全部嘘でした、なんて言えないし」
「そうだね」
「だから、あの女性はただの友達で、ホテルに入ったのも単なる宿泊目的。そうしよう」
「うん。私達は腕を組んでただけで、何もキスしてたわけじゃない。女友達同士、ホテルの部屋でパーティーすることもあるから、騙せるんじゃないかな」
頷いて、私は再びスマホに向き直る。
ふーっと息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、動画の撮影をスタートした。
「meeです。今日は緊急で動画を回してます。観た人もいると思うけど、私を隠し撮りした動画が上げられて、誹謗中傷のコメントも書かれてました」
背中に冷や汗が伝う。
いつもの動画とは勝手が違うから、この表情と話し方が適切なのか分からない。
「今日は皆に本当のことを話そうと思います。台本無しだから上手く伝えられるか分からないけど、聞いてもらえたら嬉しいです」
本当のこと? これから話すのは、嘘で塗り固められたエピソードトーク。
私は元オタクで、今はキラキラインフルエンサー。レズビアンなんて真っ赤な嘘。翔と愛し合っているわ。
『何で本当の自分を隠すの? 自分の好きな物を発信するのがSNSなんじゃないの?』
どうしてだろう、安井の言葉が脳裏に浮かんだ。
meeを貶した卑劣な奴なのに。安井のせいで、私は今、窮地に立たされているのに。
「えっと……」
勢いを失い、言葉を失う。
スマホの背後で、翔が不安そうな目を向けてくる。
『何で本当の自分を隠すの? 自分の好きな物を発信するのがSNSなんじゃないの?』
何で私は、「山田美奈」を隠してしまったんだろう。
気持ち悪いし嫌いな存在だけど、高校時代、私はもっと笑っていた気がする。少なくとも、今よりは。
「私は、女が好きなんです」
ぽろっと零れた本音に驚く。それなのに、私の口はスラスラと言葉を紡ぎ出す。
「動画に映っていた女性と、身体の関係を持っています。割り切っているつもりだけど、時々無性に寂しくなる。たくさんの人に囲まれていても、ずっと独りぼっちみたいで」
翔が顔を歪めるのが見えたのに、「山田美奈」の言葉は止まらない。
「オタクなのも本当。別にオタクでもキラキラしてる女の子はたくさんいるけど、私は隠してた。『本当の自分』が嫌いだったから。meeとして活動して、理想の自分になれたと思っていたけど……やっぱりずっと寂しかった」
そうか。私は寂しかったんだ。今更、気付いたよ。
「ビジネスパートナーのSSには、心から申し訳ないと思っています。でも、もう限界。私はmeeを辞めます。あれは『虚像』でした。そりゃあ、ありのままの自分が素敵だなんて、絶対に思わないけど。でも、私は間違ってた。それは確かなことです。こんな私を好きになってくれた皆、今まで本当にありがとう」
口を閉ざすと、疲れがどっとのしかかってきた。「本当」を話すのって、こんなにエネルギーを使うのね。知らなかったわ。
「美奈、正気か?」
眉をひそめる翔に頷いてみせる。
その背後で、深刻な顔の翔が先程話し合った内容を確認するように言った。
「いいか、美奈。オタクだった過去については話してもいい。今はリア充に変われたという流れに持っていけば問題ないから。原画展に行ったことは秘密にしよう。メジャーな作品ならともかく、女同士の恋愛物はな……美奈がレズビアンなのも隠したいし」
「翔」
「ん? 何?」
首を傾げる翔に、思わず口から出そうになった言葉を飲み込む。
「……ううん、何でもない。私がレズビアンだってことはバラさないのね」
「ああ。俺達がビジネスカップルだと知られるのはマズイ。パートナーシップの動画を散々出しといて、それは全部嘘でした、なんて言えないし」
「そうだね」
「だから、あの女性はただの友達で、ホテルに入ったのも単なる宿泊目的。そうしよう」
「うん。私達は腕を組んでただけで、何もキスしてたわけじゃない。女友達同士、ホテルの部屋でパーティーすることもあるから、騙せるんじゃないかな」
頷いて、私は再びスマホに向き直る。
ふーっと息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、動画の撮影をスタートした。
「meeです。今日は緊急で動画を回してます。観た人もいると思うけど、私を隠し撮りした動画が上げられて、誹謗中傷のコメントも書かれてました」
背中に冷や汗が伝う。
いつもの動画とは勝手が違うから、この表情と話し方が適切なのか分からない。
「今日は皆に本当のことを話そうと思います。台本無しだから上手く伝えられるか分からないけど、聞いてもらえたら嬉しいです」
本当のこと? これから話すのは、嘘で塗り固められたエピソードトーク。
私は元オタクで、今はキラキラインフルエンサー。レズビアンなんて真っ赤な嘘。翔と愛し合っているわ。
『何で本当の自分を隠すの? 自分の好きな物を発信するのがSNSなんじゃないの?』
どうしてだろう、安井の言葉が脳裏に浮かんだ。
meeを貶した卑劣な奴なのに。安井のせいで、私は今、窮地に立たされているのに。
「えっと……」
勢いを失い、言葉を失う。
スマホの背後で、翔が不安そうな目を向けてくる。
『何で本当の自分を隠すの? 自分の好きな物を発信するのがSNSなんじゃないの?』
何で私は、「山田美奈」を隠してしまったんだろう。
気持ち悪いし嫌いな存在だけど、高校時代、私はもっと笑っていた気がする。少なくとも、今よりは。
「私は、女が好きなんです」
ぽろっと零れた本音に驚く。それなのに、私の口はスラスラと言葉を紡ぎ出す。
「動画に映っていた女性と、身体の関係を持っています。割り切っているつもりだけど、時々無性に寂しくなる。たくさんの人に囲まれていても、ずっと独りぼっちみたいで」
翔が顔を歪めるのが見えたのに、「山田美奈」の言葉は止まらない。
「オタクなのも本当。別にオタクでもキラキラしてる女の子はたくさんいるけど、私は隠してた。『本当の自分』が嫌いだったから。meeとして活動して、理想の自分になれたと思っていたけど……やっぱりずっと寂しかった」
そうか。私は寂しかったんだ。今更、気付いたよ。
「ビジネスパートナーのSSには、心から申し訳ないと思っています。でも、もう限界。私はmeeを辞めます。あれは『虚像』でした。そりゃあ、ありのままの自分が素敵だなんて、絶対に思わないけど。でも、私は間違ってた。それは確かなことです。こんな私を好きになってくれた皆、今まで本当にありがとう」
口を閉ざすと、疲れがどっとのしかかってきた。「本当」を話すのって、こんなにエネルギーを使うのね。知らなかったわ。
「美奈、正気か?」
眉をひそめる翔に頷いてみせる。


