原画展が開催されるイベントスペースに着き、辺りを見回す。すると、私に向かって手をぶんぶんと振る安井の姿が目に入った。
「美奈ちゃ〜ん! こっちこっち!」
「あのね、そんなに大声出さなくても分かるってば。田舎者丸出しで恥ずかしいわよ」
これ見よがしにため息を吐いてみせても、やっぱり安井は意に介さない。
「あれ、今日は眼鏡なんだね」
「meeだってバレないようにね。マイナーオタクイベントに行く人間だなんて思われたくないもの」
今の私は、いつも着けているカラコンを外して眼鏡を掛け、服装もカジュアルめにしている。
「セレブぶってる格好よりも、こっちの方が似合うね。高校時代の美奈ちゃんを思い出すよ」
「……」
どうしてこの女は、私を不機嫌にする発言ばかりするんだろう。
いつだって私は、過去の気持ち悪い自分を忘れたいのに。
安井に対して思うところはあるものの、原画展自体は割と楽しかった。アニメは観てないけど、原作の漫画は過去に読み込んでいたし。名シーンの原画の数々には、密かに興奮した。今度、こっそりアニメも観てみよう。
今は、会場の隣で開催していたコラボカフェで休憩しているところ。
「いっぱい写真撮っちゃったなぁ」
向かいの席に座った安井が、満足そうにスマホの画面を眺める。カフェは勿論、会場内にフォトスポットもあったので、私もつい色々と撮ってしまった。
「美奈ちゃんは、もうXやってないの?」
鼻を鳴らして安井の質問に答える。
「辞めたよ。meeには必要のないSNSだし」
「ふうん。今日の写真は投稿しないの?」
「また質問責め? しないわよ、そんなの」
顔をしかめると、安井はニヤッと気味悪く笑った。
「分からないなぁ。何で本当の自分を隠すの? 自分の好きな物を発信するのがSNSなんじゃないの?」
「趣味でやってるなら、それでもいいでしょうよ。でも、私のインスタはビジネスアカウントだから。meeのブランドイメージに沿ってないといけないの」
「そう」
自分で聞いておいて、あまり興味なさそうな顔の安井。全く、この女は。私はこれ見よがしにため息を吐いてみせた。
夕食に誘われたら嫌過ぎると思っていたけれど、駅に着くと安井はすぐに「じゃあ、桃の乗る電車はこっちだから」と改札を指差した。
「美奈ちゃん、今日は楽しかったよ。また一緒に遊ぼうね」
「お断りよ」
手をシッシッと振って安井と別れる。
「さてと」
このまま帰りたくない。百合によってすっかり気分が盛り上がった私は、スマホを取り出すとセフレを呼び出した。今日は翔も家にいないことだし、羽目を外そう。
この選択が大きな間違いになるとも知らず、私はやって来た女と腕を組んで夜の街に繰り出した。
翌日。自宅のベッドで爆睡していた私は、翔に叩き起こされた。
「おい、美奈!! 起きろ!!」
「ん~……? あ、翔。おはよう」
昨夜は泥酔して帰宅後、家にいた翔に介抱されてベッドで深い眠りに落ちていた。そんな寝ぼけまなこの私に、翔が畳み掛ける。
「美奈のヤバイ動画が上がってる、観ろよ!」
「えっ?」
一瞬で眠気が吹き飛ぶ。翔が差し出すスマホの画面を見た私は、息を呑んだ。
「これって……」
スマホで撮ったらしい縦長のショート動画。夜の雑踏の中、私が女と腕を組んでホテルに入っていく様子が画面いっぱいに広がっている。
これは昨夜の私とセフレの姿だ。おそらく、誰かが隠し撮りしたんだろう。
「キャプションも酷いぞ」
翔が画面をタップすると、そこには私に対する罵詈雑言が並んでいた。
『meeは女と浮気する変態』
『騙されたSSが可哀想』
『ちょっと服作って本出すからって完全に調子乗ってる』
『芸能人気取りの勘違いブス』
『下手な絵ばかり描いてた底辺オタクのくせに』
「そんな……」
頭から血の気がサッと引いた。思考は一時停止して、だけど鳩尾は強烈な痛みを発している。心の奥深くを、鋭利な刃物でガリッと削られたような。
「美奈ちゃ〜ん! こっちこっち!」
「あのね、そんなに大声出さなくても分かるってば。田舎者丸出しで恥ずかしいわよ」
これ見よがしにため息を吐いてみせても、やっぱり安井は意に介さない。
「あれ、今日は眼鏡なんだね」
「meeだってバレないようにね。マイナーオタクイベントに行く人間だなんて思われたくないもの」
今の私は、いつも着けているカラコンを外して眼鏡を掛け、服装もカジュアルめにしている。
「セレブぶってる格好よりも、こっちの方が似合うね。高校時代の美奈ちゃんを思い出すよ」
「……」
どうしてこの女は、私を不機嫌にする発言ばかりするんだろう。
いつだって私は、過去の気持ち悪い自分を忘れたいのに。
安井に対して思うところはあるものの、原画展自体は割と楽しかった。アニメは観てないけど、原作の漫画は過去に読み込んでいたし。名シーンの原画の数々には、密かに興奮した。今度、こっそりアニメも観てみよう。
今は、会場の隣で開催していたコラボカフェで休憩しているところ。
「いっぱい写真撮っちゃったなぁ」
向かいの席に座った安井が、満足そうにスマホの画面を眺める。カフェは勿論、会場内にフォトスポットもあったので、私もつい色々と撮ってしまった。
「美奈ちゃんは、もうXやってないの?」
鼻を鳴らして安井の質問に答える。
「辞めたよ。meeには必要のないSNSだし」
「ふうん。今日の写真は投稿しないの?」
「また質問責め? しないわよ、そんなの」
顔をしかめると、安井はニヤッと気味悪く笑った。
「分からないなぁ。何で本当の自分を隠すの? 自分の好きな物を発信するのがSNSなんじゃないの?」
「趣味でやってるなら、それでもいいでしょうよ。でも、私のインスタはビジネスアカウントだから。meeのブランドイメージに沿ってないといけないの」
「そう」
自分で聞いておいて、あまり興味なさそうな顔の安井。全く、この女は。私はこれ見よがしにため息を吐いてみせた。
夕食に誘われたら嫌過ぎると思っていたけれど、駅に着くと安井はすぐに「じゃあ、桃の乗る電車はこっちだから」と改札を指差した。
「美奈ちゃん、今日は楽しかったよ。また一緒に遊ぼうね」
「お断りよ」
手をシッシッと振って安井と別れる。
「さてと」
このまま帰りたくない。百合によってすっかり気分が盛り上がった私は、スマホを取り出すとセフレを呼び出した。今日は翔も家にいないことだし、羽目を外そう。
この選択が大きな間違いになるとも知らず、私はやって来た女と腕を組んで夜の街に繰り出した。
翌日。自宅のベッドで爆睡していた私は、翔に叩き起こされた。
「おい、美奈!! 起きろ!!」
「ん~……? あ、翔。おはよう」
昨夜は泥酔して帰宅後、家にいた翔に介抱されてベッドで深い眠りに落ちていた。そんな寝ぼけまなこの私に、翔が畳み掛ける。
「美奈のヤバイ動画が上がってる、観ろよ!」
「えっ?」
一瞬で眠気が吹き飛ぶ。翔が差し出すスマホの画面を見た私は、息を呑んだ。
「これって……」
スマホで撮ったらしい縦長のショート動画。夜の雑踏の中、私が女と腕を組んでホテルに入っていく様子が画面いっぱいに広がっている。
これは昨夜の私とセフレの姿だ。おそらく、誰かが隠し撮りしたんだろう。
「キャプションも酷いぞ」
翔が画面をタップすると、そこには私に対する罵詈雑言が並んでいた。
『meeは女と浮気する変態』
『騙されたSSが可哀想』
『ちょっと服作って本出すからって完全に調子乗ってる』
『芸能人気取りの勘違いブス』
『下手な絵ばかり描いてた底辺オタクのくせに』
「そんな……」
頭から血の気がサッと引いた。思考は一時停止して、だけど鳩尾は強烈な痛みを発している。心の奥深くを、鋭利な刃物でガリッと削られたような。


