「何で急に会場を出るの? ここ寒くない?」
壁にもたれた安井が、蛍光灯の薄暗い灯りの下で不気味な笑みを浮かべる。
「誰のせいだと思ってんのよ。もし私がレズビアンだって周りに聞かれたら、立派なアウティングになるんだからね。かなり悪質よ」
「良かった。美奈ちゃん、あの頃と性格変わってないや」
安井はホッとしたように胸を撫で下ろす。
「美奈ちゃん、いっつもインスタライブでつまんなそうな顔して服売ってるからさぁ。桃、心配してたよ」
その言葉に、頭にカッと血が上る。
「あんたなんかに、私の何が分かるっていうのよ!」
怒りを露わにしても、やはり安井の態度は変わらない。
「だって、桃とアニメの話をする美奈ちゃんの方が、何倍も楽しそうなんだもん」
「それは昔の話よ。私は変わったんだから」
「女を好きなことも? 木崎さんは美奈ちゃんの初恋の人なんでしょ? もう好きじゃなくなった?」
昔の自分を殴りたい気分。どうして、こんなに大事なことを安井に話してしまったのだろう。それ程、当時の私は、自らのセクシュアリティに追い詰められていたのだけど。
「……もう好きじゃないよ。木崎さん、婚約してるし」
「ふうん。あのイケメン彼氏はフェイク?」
この女は、いつだって適切なタイミングで質問をする。私が内心、本音を話したがっていることを見透かすように。
誘導されるがままに、私は答えた。
「まあ、ビジネス彼氏ってところ。肉体関係はないけど、利害関係は一致してる」
「そんなことだろうと思った」
フフフッと笑いながら、安井はハンドバッグから何かを取り出して私の手に押し付けた。
「な、何?」
「美奈ちゃんが高校の時ハマってた百合漫画、今アニメ化してるじゃない? その原画展のチケット。イベント会社で働いてる友達に貰ったんだ」
手の中にある紙切れには、かつて大好きだった漫画のキャラ達が描かれている。かつての自分を思い出しそうで、サッと嫌悪感が走った。
「アニメなんてもう観てないし、行かないわよ」
「そんなこと言わずに。桃も東京に住んでるのに、美奈ちゃんと接点なくて寂しかったからさぁ。一緒に行こうよ」
「嫌よ」
「息抜きも必要だよ。meeなんてただの虚像。本当の美奈ちゃんは、そこには居ないよ」
「……?」
薄く笑って、安井は待ち合わせ場所と時間を一方的に告げる。何も変わらぬ安井の目には、すっかり変わった私はどう見えているのだろう。
思えばこの時から、私が築いた完璧な人生は崩れ始めていたのだった。
壁にもたれた安井が、蛍光灯の薄暗い灯りの下で不気味な笑みを浮かべる。
「誰のせいだと思ってんのよ。もし私がレズビアンだって周りに聞かれたら、立派なアウティングになるんだからね。かなり悪質よ」
「良かった。美奈ちゃん、あの頃と性格変わってないや」
安井はホッとしたように胸を撫で下ろす。
「美奈ちゃん、いっつもインスタライブでつまんなそうな顔して服売ってるからさぁ。桃、心配してたよ」
その言葉に、頭にカッと血が上る。
「あんたなんかに、私の何が分かるっていうのよ!」
怒りを露わにしても、やはり安井の態度は変わらない。
「だって、桃とアニメの話をする美奈ちゃんの方が、何倍も楽しそうなんだもん」
「それは昔の話よ。私は変わったんだから」
「女を好きなことも? 木崎さんは美奈ちゃんの初恋の人なんでしょ? もう好きじゃなくなった?」
昔の自分を殴りたい気分。どうして、こんなに大事なことを安井に話してしまったのだろう。それ程、当時の私は、自らのセクシュアリティに追い詰められていたのだけど。
「……もう好きじゃないよ。木崎さん、婚約してるし」
「ふうん。あのイケメン彼氏はフェイク?」
この女は、いつだって適切なタイミングで質問をする。私が内心、本音を話したがっていることを見透かすように。
誘導されるがままに、私は答えた。
「まあ、ビジネス彼氏ってところ。肉体関係はないけど、利害関係は一致してる」
「そんなことだろうと思った」
フフフッと笑いながら、安井はハンドバッグから何かを取り出して私の手に押し付けた。
「な、何?」
「美奈ちゃんが高校の時ハマってた百合漫画、今アニメ化してるじゃない? その原画展のチケット。イベント会社で働いてる友達に貰ったんだ」
手の中にある紙切れには、かつて大好きだった漫画のキャラ達が描かれている。かつての自分を思い出しそうで、サッと嫌悪感が走った。
「アニメなんてもう観てないし、行かないわよ」
「そんなこと言わずに。桃も東京に住んでるのに、美奈ちゃんと接点なくて寂しかったからさぁ。一緒に行こうよ」
「嫌よ」
「息抜きも必要だよ。meeなんてただの虚像。本当の美奈ちゃんは、そこには居ないよ」
「……?」
薄く笑って、安井は待ち合わせ場所と時間を一方的に告げる。何も変わらぬ安井の目には、すっかり変わった私はどう見えているのだろう。
思えばこの時から、私が築いた完璧な人生は崩れ始めていたのだった。


