女共は顔を引き攣らせている。あ〜、キモチイイ!
次なるターゲットでも探してやろうか、なんて思いながら周りを見回すと、
「あっ……」
遠くのテーブルに彼女の姿を見つけた。黒のロングヘアを上品に纏めて、ツイードのワンピースを着た清楚な美女。
微かに緊張する心を無視して、私はそっと彼女に近付いた。
「木崎さん」
声を掛けると、木崎さんはゆっくりと振り返り、
「山田さん。久しぶりだね」
そう言って優雅な微笑みを見せた。
木崎悠香。二年前、私は彼女に密かな憧れを抱いていた。スクールカースト最上位の優等生。地元の名家に生まれて、容姿端麗、文武両道。今は東京の有名な私大に通っているはずだ。
「木崎さんも東京なんでしょ?」
「うん、大学の近くでひとり暮らししてる。山田さんの活躍、たまに見てるよ」
「えっ、本当に!?」
私のあまりの驚きように、木崎さんは「本当だって」と楽しそうに笑った。
「プロデュースしたお洋服も素敵だし、彼氏さんとも仲良さそうだね。カップルコーデ企画が好きだったな」
「そこまで見てくれてるんだ。ありがとう!」
喜びに打ち震える。二年前の私は、恐れ多くて木崎さんに話し掛けることすら出来なかった。自分の成長ぶりを誇りに思う。
「今度、初めてのファンブックを出版する予定なんだ。良かったら読んでみて」
小声でこっそり宣伝してみると、彼女は目を丸くした。次いで、華やかな笑顔を見せる。
「へえ、すごいね。発売されたら買うよ」
今も昔も、木崎さんは優しくて美しい。
「木崎さんは、大学卒業したら地元に帰るの?」
「うん。こっちに婚約者がいるから。卒業後に結婚するの」
照れたように微笑む木崎さんに、私は大げさに喜んでみせた。
「そうなんだ。おめでとう!」
「親が決めた相手だけどね。でも、とっても優しい人だよ」
きっと、家柄の良い立派な男性なんだろう。
婚約者の存在を知っても、不思議と私の胸は痛まなかった。
――私の初恋も、今となっては良い思い出に変わったのね。
しみじみしていると、
「あ~っ、美奈ちゃんだ~!」
ねっとりとした女の声が、私の名前を呼んだ。
振り返ると、フリルたっぷりのブラウスと花柄のスカートを身に纏った、チビで太った女が駆け寄ってきた。
「……安井さん。来てたんだ」
明らかにテンションを下げる私にも、安井は動じない。
「『安井さん』ってウケる〜! 昔みたいに『安井』でいいよ。友達でしょ?」
この身の程知らずが。心の中で悪態をついても、傍に木崎さんがいるので口には出さない。
すると木崎さんが、「私ちょっと電話掛けてくるね」とすまなそうに言った。
「あ、うん。またね」
立ち去る彼女に手を振りながら、舌打ちしたい気分。さすがの木崎さんも、この女とは一緒に居たくないんだろう。
安井桃。このふざけた名前の女は、私の高校時代で唯一の友達だった。
当時は仲も良くて、オタクトークで盛り上がっていたけど……正直、スクールカースト最下位のキモい女とはもう関わりたくない。
「私もちょっとトイレに……」
「美奈ちゃんさぁ、すっかり自分を偽っちゃって苦しくないの?」
安井から離れようとした私を、彼女の馬鹿にしたような声音が止めた。
「は? 何言ってんのよ」
「だって、自分のセクシュアリティまでは変えられないでしょ? イケメン彼氏が可哀想。美奈ちゃんの性欲は女相手にしか向かな――」
「ちょっと来なさいよ!」
こいつ、放置しとくと危険!
そう判断した私は、安井の腕を引っ掴むと宴会場を出た。非常階段を見つけて半階分上り、踊り場まで連れて行く。
次なるターゲットでも探してやろうか、なんて思いながら周りを見回すと、
「あっ……」
遠くのテーブルに彼女の姿を見つけた。黒のロングヘアを上品に纏めて、ツイードのワンピースを着た清楚な美女。
微かに緊張する心を無視して、私はそっと彼女に近付いた。
「木崎さん」
声を掛けると、木崎さんはゆっくりと振り返り、
「山田さん。久しぶりだね」
そう言って優雅な微笑みを見せた。
木崎悠香。二年前、私は彼女に密かな憧れを抱いていた。スクールカースト最上位の優等生。地元の名家に生まれて、容姿端麗、文武両道。今は東京の有名な私大に通っているはずだ。
「木崎さんも東京なんでしょ?」
「うん、大学の近くでひとり暮らししてる。山田さんの活躍、たまに見てるよ」
「えっ、本当に!?」
私のあまりの驚きように、木崎さんは「本当だって」と楽しそうに笑った。
「プロデュースしたお洋服も素敵だし、彼氏さんとも仲良さそうだね。カップルコーデ企画が好きだったな」
「そこまで見てくれてるんだ。ありがとう!」
喜びに打ち震える。二年前の私は、恐れ多くて木崎さんに話し掛けることすら出来なかった。自分の成長ぶりを誇りに思う。
「今度、初めてのファンブックを出版する予定なんだ。良かったら読んでみて」
小声でこっそり宣伝してみると、彼女は目を丸くした。次いで、華やかな笑顔を見せる。
「へえ、すごいね。発売されたら買うよ」
今も昔も、木崎さんは優しくて美しい。
「木崎さんは、大学卒業したら地元に帰るの?」
「うん。こっちに婚約者がいるから。卒業後に結婚するの」
照れたように微笑む木崎さんに、私は大げさに喜んでみせた。
「そうなんだ。おめでとう!」
「親が決めた相手だけどね。でも、とっても優しい人だよ」
きっと、家柄の良い立派な男性なんだろう。
婚約者の存在を知っても、不思議と私の胸は痛まなかった。
――私の初恋も、今となっては良い思い出に変わったのね。
しみじみしていると、
「あ~っ、美奈ちゃんだ~!」
ねっとりとした女の声が、私の名前を呼んだ。
振り返ると、フリルたっぷりのブラウスと花柄のスカートを身に纏った、チビで太った女が駆け寄ってきた。
「……安井さん。来てたんだ」
明らかにテンションを下げる私にも、安井は動じない。
「『安井さん』ってウケる〜! 昔みたいに『安井』でいいよ。友達でしょ?」
この身の程知らずが。心の中で悪態をついても、傍に木崎さんがいるので口には出さない。
すると木崎さんが、「私ちょっと電話掛けてくるね」とすまなそうに言った。
「あ、うん。またね」
立ち去る彼女に手を振りながら、舌打ちしたい気分。さすがの木崎さんも、この女とは一緒に居たくないんだろう。
安井桃。このふざけた名前の女は、私の高校時代で唯一の友達だった。
当時は仲も良くて、オタクトークで盛り上がっていたけど……正直、スクールカースト最下位のキモい女とはもう関わりたくない。
「私もちょっとトイレに……」
「美奈ちゃんさぁ、すっかり自分を偽っちゃって苦しくないの?」
安井から離れようとした私を、彼女の馬鹿にしたような声音が止めた。
「は? 何言ってんのよ」
「だって、自分のセクシュアリティまでは変えられないでしょ? イケメン彼氏が可哀想。美奈ちゃんの性欲は女相手にしか向かな――」
「ちょっと来なさいよ!」
こいつ、放置しとくと危険!
そう判断した私は、安井の腕を引っ掴むと宴会場を出た。非常階段を見つけて半階分上り、踊り場まで連れて行く。


