「それは出来なかったんだよ。meeを殺してもいいなら、動画をすぐに取り消すってDMしたんだけど、それだけはやめてくれって。さすがに、運命の人の手を汚すのは良くないって思ったんだろうね」
なるほど。翔は私を守るために、犯人が誰なのかを言わなかったのね。私の性格なら、犯人に直接コンタクトを取りそうだもの。彼とのいざこざは悲しみに満ちていたけれど、そこには優しさもあったんだ。
木崎さんは勝ち誇ったような笑顔で私を見据えた。
「翔さんは私を訴えるって言ってる。混乱してるんだろうね。でも、きっと、彼は分かってくれるよ」
「木崎さん……」
「大学を卒業して実家に帰ったら、私はお金だけある冴えない男と結婚させられてしまう。そうなる前に、私は翔さんと結ばれるんだ」
彼女は婚約者のことを優しい人だと言っていた。結婚にも前向きに見えたけど、本当は不満だったのか。だから余計に、翔に惹かれたんだろう。
「分かったら、もう翔さんには近寄らないでね。それじゃ」
木崎さんは席を立つと、颯爽と歩き去って行った。
「……」
私は呆然とその後ろ姿を見送った。彼女の姿が見えなくなったところで、安井がぽつりと呟く。
「桃達に出来ることはもう無いけど、一応、SSに今あったことを連絡しといたら?」
「あ、そうだね」
今日は安井の冷静さにかなり助けられた。私一人なら、木崎さんの狂気に圧倒されて真実に辿り着けなかっただろう。
取り急ぎ、翔にDMを送る。私はmeeとしての活動を滞りなく終えたら、彼の部屋を出て行く予定だ。勿論、出版の話は無くなった。翔は活動を続けるけれど、私を悪者にはしないと言ってくれている。
諍いがあって以来、私達の仲はそんなに良くない。でも、木崎さんに会ったことは連絡しないと。
送ったDMにはすぐに既読が付き、電話が掛かってきた。
『美奈、大丈夫?』
焦ったような翔の声。
『大丈夫よ。でも、翔こそ気を付けてね。あの子、相当ヤバイから』
『知ってるよ。だから、美奈に彼女のことは言わなかったんだ。でも、まさか高校の同級生だったとはな』
さすがに、私の初恋の相手だとは言えなかった。
『美奈が無事で良かった。後はこっちで何とかするから、心配しないで俺との縁を切ろよ』
『そうさせてもらう……ありがとう』
通話を終えた私は、今度は安井にお礼を言う。
「安井、本当にありがとう。私には、あんたしか頼れる人がいなかったのよ」
「気にしなくていいよ」
ニヤッと笑ってから、安井はこう続ける。
「桃にはね、meeとして活動する美奈ちゃんがフワフワと危なっかしく見えたんだ。いつか足元を掬われるんじゃないかって、ずっと心配してたよ」
「翔にも似たことを言われたわ。知らず知らずのうちに無理してたのね、私」
meeという虚像を作り上げたのは、本当の自分に自信が無かったせい。
これからは、自分らしさを活かしながら、良い方向に変わっていけたらいいわね。
「決めたわ。今から私は『山田美奈』として、逃げも隠れもせずに生きることにした」
安井が満面の笑みで応じる。
「いいね、今の顔。meeだった時よりずっと綺麗だよ」
「何よ。照れるじゃないの」
「それで、美奈ちゃんはSSの部屋を出た後、どこに引っ越すの?」
「うっ、痛いところを突くわね……」
差し当たっての問題はそこだった。私はインフルエンサー業を辞めた後は、就職してひとり暮らしをする予定だ。とはいえ、故郷には帰りづらいし、東京は家賃が高い。
私は安井にすがるような目を向けた。
「安井、実はお願いがあるんだけど」
「部屋が決まるまで泊めてほしいんでしょ? いいよ。っていうか、それならルームシェアしようよ」
「えっ、いいの?」
なるほど。翔は私を守るために、犯人が誰なのかを言わなかったのね。私の性格なら、犯人に直接コンタクトを取りそうだもの。彼とのいざこざは悲しみに満ちていたけれど、そこには優しさもあったんだ。
木崎さんは勝ち誇ったような笑顔で私を見据えた。
「翔さんは私を訴えるって言ってる。混乱してるんだろうね。でも、きっと、彼は分かってくれるよ」
「木崎さん……」
「大学を卒業して実家に帰ったら、私はお金だけある冴えない男と結婚させられてしまう。そうなる前に、私は翔さんと結ばれるんだ」
彼女は婚約者のことを優しい人だと言っていた。結婚にも前向きに見えたけど、本当は不満だったのか。だから余計に、翔に惹かれたんだろう。
「分かったら、もう翔さんには近寄らないでね。それじゃ」
木崎さんは席を立つと、颯爽と歩き去って行った。
「……」
私は呆然とその後ろ姿を見送った。彼女の姿が見えなくなったところで、安井がぽつりと呟く。
「桃達に出来ることはもう無いけど、一応、SSに今あったことを連絡しといたら?」
「あ、そうだね」
今日は安井の冷静さにかなり助けられた。私一人なら、木崎さんの狂気に圧倒されて真実に辿り着けなかっただろう。
取り急ぎ、翔にDMを送る。私はmeeとしての活動を滞りなく終えたら、彼の部屋を出て行く予定だ。勿論、出版の話は無くなった。翔は活動を続けるけれど、私を悪者にはしないと言ってくれている。
諍いがあって以来、私達の仲はそんなに良くない。でも、木崎さんに会ったことは連絡しないと。
送ったDMにはすぐに既読が付き、電話が掛かってきた。
『美奈、大丈夫?』
焦ったような翔の声。
『大丈夫よ。でも、翔こそ気を付けてね。あの子、相当ヤバイから』
『知ってるよ。だから、美奈に彼女のことは言わなかったんだ。でも、まさか高校の同級生だったとはな』
さすがに、私の初恋の相手だとは言えなかった。
『美奈が無事で良かった。後はこっちで何とかするから、心配しないで俺との縁を切ろよ』
『そうさせてもらう……ありがとう』
通話を終えた私は、今度は安井にお礼を言う。
「安井、本当にありがとう。私には、あんたしか頼れる人がいなかったのよ」
「気にしなくていいよ」
ニヤッと笑ってから、安井はこう続ける。
「桃にはね、meeとして活動する美奈ちゃんがフワフワと危なっかしく見えたんだ。いつか足元を掬われるんじゃないかって、ずっと心配してたよ」
「翔にも似たことを言われたわ。知らず知らずのうちに無理してたのね、私」
meeという虚像を作り上げたのは、本当の自分に自信が無かったせい。
これからは、自分らしさを活かしながら、良い方向に変わっていけたらいいわね。
「決めたわ。今から私は『山田美奈』として、逃げも隠れもせずに生きることにした」
安井が満面の笑みで応じる。
「いいね、今の顔。meeだった時よりずっと綺麗だよ」
「何よ。照れるじゃないの」
「それで、美奈ちゃんはSSの部屋を出た後、どこに引っ越すの?」
「うっ、痛いところを突くわね……」
差し当たっての問題はそこだった。私はインフルエンサー業を辞めた後は、就職してひとり暮らしをする予定だ。とはいえ、故郷には帰りづらいし、東京は家賃が高い。
私は安井にすがるような目を向けた。
「安井、実はお願いがあるんだけど」
「部屋が決まるまで泊めてほしいんでしょ? いいよ。っていうか、それならルームシェアしようよ」
「えっ、いいの?」


