カフェバーの席で、木崎さんは私を睨み付けている。優しかったはずの彼女の初めて見る表情に、私は言葉を失った。
 そんな状況でも、安井は動じずにニヤニヤしている。

「あらら。木崎さん、それじゃ自分が犯人だって認めてるようなものだよ」

 安井の声が聞こえていないのか、木崎さんは私に詰め寄った。彼女の口から、恨みのこもった声が発せられる。

「私、今日、翔さんにフラれたの」

「え?」

「もう連絡しないでほしいって。どうして? もうmeeとは別れたから、私を好きになってくれるんだよね?」

 思いがけず翔の名前が出てきて、私は再び絶句した。口ぶりから、どうやら木崎さんは翔と連絡を取り合っていたようだが……話が見えない。

「ま、待って。木崎さん、翔と知り合いなの?」

 彼女を落ち着かせようと伸ばした手を、激しく振り払われた。

「翔って気安く呼ばないでよ! 捨てられたあなたには関係ないでしょ。彼は私の運命の王子様なんだもの」

 いまだに話が見えないが、木崎さんが翔を好きだということは分かった。でも、彼女には婚約者がいたはず。安井もそう思い至ったらしく、「う~ん」と唸って腕を組んだ。

「なるほどねぇ。木崎さんはSSと出会って、真実の恋に目覚めちゃったのかな。そんで、同棲してたmeeに嫉妬して、あの動画を上げたってわけね」

 すかさず、木崎さんが安井をキッと睨む。

「嫉妬じゃないよ。彼はmeeに騙されていただけ。心の奥底では、私と惹かれ合っていたんだよ」

「そっかぁ。SSとは会ったことあるの?」

「大学の飲み会で一度だけ。彼はOBだから。一目見て分かったよ。彼は私の唯一の相手だって」

「そこから、連絡を取り合うようになったんだね?」

「そう。DMを何度送っても返事は来なかったけど、meeと別れたら結ばれるって信じてた。彼は誠実な人だもの」

 私は翔がストーカー女に絡まれていたことを思い出した。きっと、木崎さんの仕業なのだろう。

「木崎さん、よくmeeの足取りを掴めたね?」

 安井お得意の質問責めに、木崎さんはスラスラと答える。

「同窓会で電話を掛けるフリをして会場の外に出た後、戻ろうとしたら、非常階段の踊り場からあなた達の声が聞こえた。だから私、階段の下に潜んだの」

「そうなんだぁ。気付かなかったな」

「そうしたら、二人が出掛ける約束をしたのが聞こえたから、当日後を付けた。meeの弱みを握れるんじゃないかと思ったから」

 木崎さんの告白にショックを受けた。分かってはいたけど、動画を上げた犯人は本当に彼女なんだ……。

「じゃ、さ。何でSSは木崎さんをフッたの?」

 安井の再度の質問に、木崎さんはきょとんとして「分からない」と答える。

「けど、照れてるんだよ、きっと。ううん、感動してるのかもしれない。私は動画を上げる前に、翔さんにDMしたから。meeがどんな女で、これから私が何をするかを」

「え……」

 驚く私を見て、木崎さんは嬉しそうだ。

「そうしたら、翔さんから初めてDMを貰ったよ。動画を上げないでほしいって頼まれたけど、もう手遅れだった」

 つまり、翔は犯人が木崎さんだと分かっていたのだ。彼女からのDMには、私が百合アニメの原画展に行ったことも書かれていたのだろう。
 翔は彼女の犯行を止めようとしたけど、それは叶わなかった。それで、先に私に謝罪動画を撮るよう言ったわけね。犯人が誰かは特定出来ていたから。

「翔、そのことを教えてくれたら良かったのに……」

 そうしたら、私は翔を犯人だと決め付けずに済んだのに。
 すると、木崎さんがフフッと笑った。