安井の部屋を訪れてから、更に数日後。夕刻、カフェバーの半個室になった席で、私と安井はある人物を待っていた。

「安井。私はあんたの言うことについては、まだ半信半疑なんだからね」

 アルコールの気分ではない私は、トニックウォーターで喉を潤した。対する安井は、甘ったるいカルアミルクを手に心外そうな顔だ。

「ええ〜、桃を信じてよ」

「だって、あんたに嵌められたのかもしれないじゃない。傷付いた私に、更に追い打ちを掛けようとしてるのかも」

「美奈ちゃん、ひど〜い。でも、そう言う割には、ちゃんと桃の指示に従ったよね?」

 可愛くない上目遣いで微笑まれて、うっと言葉に詰まる。
 確かに、あの日の安井の言葉には、スルー出来ない説得力があった。
 と、店員が待ち人を連れて来る。艶やかな黒のロングヘアとは対照的に、青ざめた顔をした美女。

「……木崎さん」

 名前を呼ぶと、木崎さんは警戒心を露わに硬い声で応じた。

「一体何なの。急に呼び出して」

 空気を読まない安井が、ヘラヘラと笑う。

「何で呼んだのかは、もう分かってるんじゃないのぉ? おしとやかな見た目なのに、meeの中傷動画を上げるなんて大した女だね」

 場が一気に凍り付く。こんな言い方をしたら、木崎さんは自分が犯人だと認めないんじゃないだろうか。
 でもそれは杞憂だった。彼女が私を見る目は、殺意に満ちていたから。


 数日前。中傷動画事件の顛末を聞いた安井が、「今の話には変なところがあるね?」と言い出した。

「どこが変なのよ?」

 怪訝な顔を見せる私に、安井がスマホを操作してから差し出す。

「んっとね、SSが犯人なら、このキャプションはおかしいんじゃないかなぁって」

 そこには、meeの中傷動画をスクショした画像があった。隠し撮り動画の下半分には、キャプションが表示されている。

「スクショしてたなんて、悪趣味ね」

「え~、桃なりに犯人を見つけ出そうと思ったんだよ。動画はすぐに消されるだろうしさ。で、見てここ」

 見たくはないが、我慢してキャプションに目を通す。

「『下手な絵ばかり描いてた底辺オタクのくせに』、それがどうしたの?」

「だって、美奈ちゃんがアニメの原画展に行ったことをSSが知ったとしても、絵を描いていたとか、底辺オタクとか、そこまでは分かんないんじゃない?」

「んん……」

 動画を観た当初は気が動転していたけれど、確かにちょっと変かも。

「いやでも、私がオタクだと知って、当てずっぽうに書いたのかもよ」

「それでこんな具体的に書けるかなぁ。まるで、高校時代の美奈ちゃんを見てきたみたいじゃない。だから桃は、犯人は同じ高校の奴だって思ったよ。同窓会での高飛車な美奈ちゃんを見て、殺意が湧いたのかも」

「失礼ね」

「で、犯人を特定する鍵はここ」

 安井は顔色ひとつ変えずに、違うキャプションを指差す。

「『ちょっと服作って本出すからって完全に調子乗ってる』……?」

「桃はmeeの動画を全部観てきたけど、本を出すなんて初耳だよ。同窓会で、誰かに出版することを話したんじゃないの?」

「……」

 出版の話は、出版社の人以外では翔しか知らない。動画を観た私は思わず安井を犯人扱いしたけれど、こいつにはこの悪口は書けないのだ。
 私は同窓会で一人だけ、本を出すとこっそり伝えていた。
 ……憧れの木崎悠香だけに。
 いや、でも、まさか、そんなはずは。
 黙り込む私を見て、安井がニヤリと笑う。

「木崎さんでしょ?」

「いや、彼女はやってないよ。そもそも、私の後を付けるのは、翔にしか出来なかったんだから」

「それは木崎さん本人に聞いてみたら? きっと会ってくれるよ。美奈ちゃんからの連絡をスルーしたら、逆に怪しいもんね」

 そんなやり取りの後で、私は半信半疑ながらも木崎さんを呼び出したのだった。