9月の初め。新学期が始まって1週間。残暑は極まり、昼間の空気はまだじっとりとした熱を含んでいた。陽差しは相変わらず強く、アスファルトからの熱気がまとわりつく。それでも夜になると、ほんの少しだけ涼しい風が吹くようになっていた。
上戸は、今年の夏を思い返していた。例年どおり友人たちと遊んで過ごした夏休み。田中、柚月、鈴木。プールに行ったり、花火をしたり。その輪の中に、中原もいた。去年と同じメンバーなのに、今年はなんだかいつもと違う、そんな夏休みだった。
中原とは、ふたりきりで会うことはなかった。だが、グループでいる時間の中、何度も彼女と話す機会があった。淡々と、抑揚は少なく、けれど、人の心の芯を捉えるような言葉。それは少しずつ、上戸の心を変えていった。
夏休みの後半頃から、中原との個別の連絡も増えていた。
「今日、部活お疲れさま」
「また暑さ戻ってきたね」
「夏休み明け、テスト勉強一緒にやる?」
何気ないやりとり。そのひとつひとつが、今の上戸には心地よかった。
ある夜、上戸が部屋の窓を開けると、遠くで虫の声が聞こえた。蒸し暑い空気の中に、夏の終わりが混じっているようだった。スマホを手に取る。中原とのトーク画面が、すぐに目に入る。ゆっくりと息を吐き、緊張の混じった指で画面を叩いた。
『今度の日曜、空いてる?』
少しの間を置いて、返信が届いた。
『うん。空いてるよ』
返事を見て、上戸はほっと胸を撫で下ろした。
日曜日、まだ残暑の日差しは容赦ない。 駅前で待ち合わせた上戸は、1時間も前に到着し、本屋で時間を潰していた。5分前に待ち合わせ場所に立つと、すぐに中原もやってきた。彼女はいつもより少し雰囲気が違う格好をしている。白いTシャツと、黒いレースのスカート。制服以外でスカートを履いているのは初めて見た。陽差しに照らされたその姿は、キラキラと輝いている。
「ごめん、待った?」
「ううん、俺も今来たとこ」
顔を見合わせて微笑んで、自然に並んで歩き出す。気になっていた映画を観て、カフェでゆっくり話して。夏休みの話、田中や柚月のこと、他愛ないことをたくさん話した。こんなに何気ないことを、楽しく話せる相手がかつていただろうか? そんなふうに思いながら、上戸はある決断をした。
「今日さ、来てくれてありがとう」
「私こそ、誘ってくれて嬉しかったよ」
帰り道。日が落ち始めた空は、オレンジと紫が混ざり合っていた。
「なぁ、中原」
「ん?」
「俺さ、今まで、いろんなこと考えてたんだ。誰でもいいからつき合う、じゃなくて、ちゃんと好きになった人とつき合いたいって」
上戸は、深く息継ぎをして、言葉を続ける。
「俺、中原が好きだ。今までみたいに流されるんじゃなくて、自分からそう思ったんだ」
中原が、静かに笑った。いつもより、口角は上がり、目尻が下がっている。優しくて、かわいらしい笑顔。
「……うん。私も、上戸が好き」
その言葉が、上戸のひび割れた心に染み込んだ。今まで何人にも言われてきた「好き」が霞んで消えるほど、彼女の言葉は心を揺さぶった。これでよかったんだ。俺は、やっと、自分から人を好きになれたんだ。
——夜。中原は、自室のベッドに座りながら、スマホを見つめていた。上戸とのメッセージ。
『今日はありがとう。本当に楽しかった』
中原は、そっと画面を撫でる。
『うん。私も、楽しかったよ』
上戸は、今年の夏を思い返していた。例年どおり友人たちと遊んで過ごした夏休み。田中、柚月、鈴木。プールに行ったり、花火をしたり。その輪の中に、中原もいた。去年と同じメンバーなのに、今年はなんだかいつもと違う、そんな夏休みだった。
中原とは、ふたりきりで会うことはなかった。だが、グループでいる時間の中、何度も彼女と話す機会があった。淡々と、抑揚は少なく、けれど、人の心の芯を捉えるような言葉。それは少しずつ、上戸の心を変えていった。
夏休みの後半頃から、中原との個別の連絡も増えていた。
「今日、部活お疲れさま」
「また暑さ戻ってきたね」
「夏休み明け、テスト勉強一緒にやる?」
何気ないやりとり。そのひとつひとつが、今の上戸には心地よかった。
ある夜、上戸が部屋の窓を開けると、遠くで虫の声が聞こえた。蒸し暑い空気の中に、夏の終わりが混じっているようだった。スマホを手に取る。中原とのトーク画面が、すぐに目に入る。ゆっくりと息を吐き、緊張の混じった指で画面を叩いた。
『今度の日曜、空いてる?』
少しの間を置いて、返信が届いた。
『うん。空いてるよ』
返事を見て、上戸はほっと胸を撫で下ろした。
日曜日、まだ残暑の日差しは容赦ない。 駅前で待ち合わせた上戸は、1時間も前に到着し、本屋で時間を潰していた。5分前に待ち合わせ場所に立つと、すぐに中原もやってきた。彼女はいつもより少し雰囲気が違う格好をしている。白いTシャツと、黒いレースのスカート。制服以外でスカートを履いているのは初めて見た。陽差しに照らされたその姿は、キラキラと輝いている。
「ごめん、待った?」
「ううん、俺も今来たとこ」
顔を見合わせて微笑んで、自然に並んで歩き出す。気になっていた映画を観て、カフェでゆっくり話して。夏休みの話、田中や柚月のこと、他愛ないことをたくさん話した。こんなに何気ないことを、楽しく話せる相手がかつていただろうか? そんなふうに思いながら、上戸はある決断をした。
「今日さ、来てくれてありがとう」
「私こそ、誘ってくれて嬉しかったよ」
帰り道。日が落ち始めた空は、オレンジと紫が混ざり合っていた。
「なぁ、中原」
「ん?」
「俺さ、今まで、いろんなこと考えてたんだ。誰でもいいからつき合う、じゃなくて、ちゃんと好きになった人とつき合いたいって」
上戸は、深く息継ぎをして、言葉を続ける。
「俺、中原が好きだ。今までみたいに流されるんじゃなくて、自分からそう思ったんだ」
中原が、静かに笑った。いつもより、口角は上がり、目尻が下がっている。優しくて、かわいらしい笑顔。
「……うん。私も、上戸が好き」
その言葉が、上戸のひび割れた心に染み込んだ。今まで何人にも言われてきた「好き」が霞んで消えるほど、彼女の言葉は心を揺さぶった。これでよかったんだ。俺は、やっと、自分から人を好きになれたんだ。
——夜。中原は、自室のベッドに座りながら、スマホを見つめていた。上戸とのメッセージ。
『今日はありがとう。本当に楽しかった』
中原は、そっと画面を撫でる。
『うん。私も、楽しかったよ』
