ある週末。駅前のショッピングモールは、休日の喧騒に包まれていた。
「ねぇ、これかわいくない? 上戸くんに似合いそう!」
ヒナは、ニコニコしながら帽子を手にしていた。試しに上戸や自分の頭に当ててみる姿は、確かにかわいかった。けれど、上戸はその笑顔を見ながら、どこか遠くを見ている気分だった。
「うん、いいんじゃない」
言葉は出た。でも、心がついてこなかった。実際に彼女とデートしているのは自分なのに、まるで他人のデートを外から見ているような感覚だった。
フードコートで、ふたり向かい合ってハンバーガーを食べていたとき。
「上戸くんって、私のどこが好き?」
上目遣いでヒナが問いかける。突然の質問に、上戸は固まった。彼女ができると必ず聞かれる、上戸にとっての難問。
好き、か。
「そうだなあ、笑った顔とか……かな」
「ふーん。なんか……それだけ?」
「いや、他にも、いろいろあるよ」
言いながら、自分でも「いろいろ」が何なのか、わからなかった。とりあえず他の子のときのように、髪型や服装を褒めてごまかすと、ヒナは少し寂しそうに笑っていた。
帰り道。駅へ向かう途中、ヒナが立ち止まった。
「私たち、あんまり合わないのかな……」
「え?」
「上戸くん、なんか無理してない? 私、わかるよ。もう、いいよ?」
その言葉に、上戸は何も言い返せなかった。否定もできなかった。
「……ごめん」
「ううん、私も、ありがとう」
そして、上戸はヒナと別れた。
数日後。上戸には、またすぐに新しい告白が訪れた。
「上戸くんのこと、前から好きだったの。私と、つき合ってくれませんか?」
そんなふうに告げられたのは、ヒナと別れた翌週の昼休みだった。あまり話した記憶のない女子からの告白に、特に驚くでもなく、上戸はいつものように頷いた。
「うん。俺でよければ」
前って一体いつ? でもま、いいか、かわいいし。そのときの彼には、まだ迷いがなかった。
けれど——
つき合ってみれば、すぐにわかる。また、その子も過去に下関くんとつき合ってたと噂されていたということ。
「……またかよ」
思わず、声が漏れた。
それでも、上戸は笑顔で接していた。けれど、デートのたびに、違和感が膨らんでいく。
「ねぇ、上戸くんって、本当、顔が綺麗だよね」
「横顔とか、ずっと見てたいくらい」
「下関くんもイケメンだったけど、今は上戸くんの方がタイプかも!」
そんな言葉ばかりが返ってくる。今までは、あまり気にならなかったのに。
(……また、外見の話か)
笑ってごまかすのも、もう疲れてきた。かわいいとは思う。けれど、心が動かない。
そして、同じ結末。
「上戸くんって、優しいけど、なんか距離あるよね」
「私たち、やっぱり合わないのかな……」
「私のこと、好きじゃないんでしょ?」
問いかけられるたびに「ごめん」と繰り返した。
それに次に告白してきた子も、そのまた次も。みんな、どこかで下関くんと繋がっていた。
「塾が一緒だったから」
「先輩後輩で、何度か話したことがきっかけで」
「短期間だけど、つき合ってた」
彼女たちはそう言って少し誇らしげに下関くんとの関係を告白する。そして上戸の容姿を褒める。そればかりだった。
「俺、またお下がりかよ……」
ため息混じりの自分の声が、やけに重く響いた。上戸は、恋愛というものに少しずつ嫌気がさしていた。
彼女たちと別れ話を終えると、教室では、田中や鈴木が軽口を叩く。これがルーティーンになっていた。
「上戸、また別れたのか?」
「みんなかわいいのに。もったいねー、マジで」
上戸は、いつものように笑ってごまかす。けれど、胸の奥は、もう笑えなかった。
帰宅後。自室のベッドに寝転がり、天井を見つめながら考える。自分は今まで、ちゃんと誰かを好きになったことがあっただろうか?
フリーだったから、つき合った。
つき合えば、だんだん好きになると思っていた。
女の子の笑顔を見れば、心があたたかくなる。それが「好き」だと。
でも、違った。あれはただ「かわいいな」って思っただけだった——。
翌日の放課後、上戸はグラウンド脇に転がるボールを追いかけていた。サッカー部の練習も、どこか身が入らない。
「また、フラれたんでしょ」
背後からかけられた声に振り返った。中原がいた。いつものように表情は乏しいが、少し上がった口角に少しだけ優しさが混ざっている。
「まあな」
素直に答えた自分に、少し驚いた。普段なら笑ってごまかすところだ。
「ねぇ、上戸。好きって、どうやって決めてたの?」
「え?」
首を傾げると、彼女は真っ黒な瞳をこちらに向け、淡々と話を続けた。
「フリーで、告白されたら、とりあえずOKして……。かわいい子だし、きっとあとから好きになる、って思ってたんじゃない?」
「……ああ。まあ、そう」
上戸は苦笑した。 なんでこいつ、俺のことそんなにわかるんだ。心の中では焦っていた。
「でも、それって、好きになったんじゃなくて。ただ、流されただけだよね? 訳もなく断るのも悪いし、的な感じかな?」
その言葉は、ズキリと胸に刺さった。もう、中原にはごまかしきれないと思った。
「俺、誰も好きになったこと、なかったのかもな」
上戸は、練習を終えてグラウンド脇のベンチに腰掛ける。待っていてくれた中原の横で息を吐くように弱々しい声を出した。 夕暮れの空が、ゆっくりと赤く染まっていく。
「上戸の優しいところとか、サッカーがんばってるところとか、ちゃんと見てる人はいるよ」
中原がぽつりと呟いた。上戸は初めて言われたその言葉に、目を丸めた。
「そういうもんかな」
「うん」
彼女の静かな頷きに、救われた気がした。
その夜、自室で上戸はゆっくりと目を閉じた。
もう「俺でよければ」なんて思うのは、やめよう。 次こそは、自分の意思で、ちゃんと好きになった子に自分から告白したい。
「ねぇ、これかわいくない? 上戸くんに似合いそう!」
ヒナは、ニコニコしながら帽子を手にしていた。試しに上戸や自分の頭に当ててみる姿は、確かにかわいかった。けれど、上戸はその笑顔を見ながら、どこか遠くを見ている気分だった。
「うん、いいんじゃない」
言葉は出た。でも、心がついてこなかった。実際に彼女とデートしているのは自分なのに、まるで他人のデートを外から見ているような感覚だった。
フードコートで、ふたり向かい合ってハンバーガーを食べていたとき。
「上戸くんって、私のどこが好き?」
上目遣いでヒナが問いかける。突然の質問に、上戸は固まった。彼女ができると必ず聞かれる、上戸にとっての難問。
好き、か。
「そうだなあ、笑った顔とか……かな」
「ふーん。なんか……それだけ?」
「いや、他にも、いろいろあるよ」
言いながら、自分でも「いろいろ」が何なのか、わからなかった。とりあえず他の子のときのように、髪型や服装を褒めてごまかすと、ヒナは少し寂しそうに笑っていた。
帰り道。駅へ向かう途中、ヒナが立ち止まった。
「私たち、あんまり合わないのかな……」
「え?」
「上戸くん、なんか無理してない? 私、わかるよ。もう、いいよ?」
その言葉に、上戸は何も言い返せなかった。否定もできなかった。
「……ごめん」
「ううん、私も、ありがとう」
そして、上戸はヒナと別れた。
数日後。上戸には、またすぐに新しい告白が訪れた。
「上戸くんのこと、前から好きだったの。私と、つき合ってくれませんか?」
そんなふうに告げられたのは、ヒナと別れた翌週の昼休みだった。あまり話した記憶のない女子からの告白に、特に驚くでもなく、上戸はいつものように頷いた。
「うん。俺でよければ」
前って一体いつ? でもま、いいか、かわいいし。そのときの彼には、まだ迷いがなかった。
けれど——
つき合ってみれば、すぐにわかる。また、その子も過去に下関くんとつき合ってたと噂されていたということ。
「……またかよ」
思わず、声が漏れた。
それでも、上戸は笑顔で接していた。けれど、デートのたびに、違和感が膨らんでいく。
「ねぇ、上戸くんって、本当、顔が綺麗だよね」
「横顔とか、ずっと見てたいくらい」
「下関くんもイケメンだったけど、今は上戸くんの方がタイプかも!」
そんな言葉ばかりが返ってくる。今までは、あまり気にならなかったのに。
(……また、外見の話か)
笑ってごまかすのも、もう疲れてきた。かわいいとは思う。けれど、心が動かない。
そして、同じ結末。
「上戸くんって、優しいけど、なんか距離あるよね」
「私たち、やっぱり合わないのかな……」
「私のこと、好きじゃないんでしょ?」
問いかけられるたびに「ごめん」と繰り返した。
それに次に告白してきた子も、そのまた次も。みんな、どこかで下関くんと繋がっていた。
「塾が一緒だったから」
「先輩後輩で、何度か話したことがきっかけで」
「短期間だけど、つき合ってた」
彼女たちはそう言って少し誇らしげに下関くんとの関係を告白する。そして上戸の容姿を褒める。そればかりだった。
「俺、またお下がりかよ……」
ため息混じりの自分の声が、やけに重く響いた。上戸は、恋愛というものに少しずつ嫌気がさしていた。
彼女たちと別れ話を終えると、教室では、田中や鈴木が軽口を叩く。これがルーティーンになっていた。
「上戸、また別れたのか?」
「みんなかわいいのに。もったいねー、マジで」
上戸は、いつものように笑ってごまかす。けれど、胸の奥は、もう笑えなかった。
帰宅後。自室のベッドに寝転がり、天井を見つめながら考える。自分は今まで、ちゃんと誰かを好きになったことがあっただろうか?
フリーだったから、つき合った。
つき合えば、だんだん好きになると思っていた。
女の子の笑顔を見れば、心があたたかくなる。それが「好き」だと。
でも、違った。あれはただ「かわいいな」って思っただけだった——。
翌日の放課後、上戸はグラウンド脇に転がるボールを追いかけていた。サッカー部の練習も、どこか身が入らない。
「また、フラれたんでしょ」
背後からかけられた声に振り返った。中原がいた。いつものように表情は乏しいが、少し上がった口角に少しだけ優しさが混ざっている。
「まあな」
素直に答えた自分に、少し驚いた。普段なら笑ってごまかすところだ。
「ねぇ、上戸。好きって、どうやって決めてたの?」
「え?」
首を傾げると、彼女は真っ黒な瞳をこちらに向け、淡々と話を続けた。
「フリーで、告白されたら、とりあえずOKして……。かわいい子だし、きっとあとから好きになる、って思ってたんじゃない?」
「……ああ。まあ、そう」
上戸は苦笑した。 なんでこいつ、俺のことそんなにわかるんだ。心の中では焦っていた。
「でも、それって、好きになったんじゃなくて。ただ、流されただけだよね? 訳もなく断るのも悪いし、的な感じかな?」
その言葉は、ズキリと胸に刺さった。もう、中原にはごまかしきれないと思った。
「俺、誰も好きになったこと、なかったのかもな」
上戸は、練習を終えてグラウンド脇のベンチに腰掛ける。待っていてくれた中原の横で息を吐くように弱々しい声を出した。 夕暮れの空が、ゆっくりと赤く染まっていく。
「上戸の優しいところとか、サッカーがんばってるところとか、ちゃんと見てる人はいるよ」
中原がぽつりと呟いた。上戸は初めて言われたその言葉に、目を丸めた。
「そういうもんかな」
「うん」
彼女の静かな頷きに、救われた気がした。
その夜、自室で上戸はゆっくりと目を閉じた。
もう「俺でよければ」なんて思うのは、やめよう。 次こそは、自分の意思で、ちゃんと好きになった子に自分から告白したい。
