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それから毎晩、その声の主はやってきた。睡眠薬を飲もうと重い身体を起こそうとすると、割り込むようにして声をかけてくるのだ。確信犯にしては監視しすぎだろう。
瑞貴にとっては好都合だった。この声が聞こえるということは、今夜はぐっすり眠れるということ。睡眠薬よりも効果のある特効薬に、いつの間にか瑞貴は心を許してしまっていた。
しかし二週間ほど経ったある日、その声は急に聞こえなくなってしまった。この日はまた睡眠薬を飲んでしのいだが、身体は以前のように鉛のように重かった。
学校に登校し、また授業が身に入らずいつもの空き教室に向かう。引き戸に触れて二度見した。珍しく少しだけ戸が開いている。
(……先生かな)
中からは特に物音は聞こえてこない。とんとん、と二回ノックしても返答はなかった。
遠慮なく引き戸を開くと、そこには瑞貴がいつも座っている椅子にあの不思議ちゃんがいた。以前自慢げに見せられた手帳に何かを書き込んでいるようだ。
「……あ。おはよう。久しぶりだね」
瑞貴に気が付くと、そこまで距離が離れているわけではないのに不思議ちゃん――改め、菱川晴が手をブンブンと振る。
「おは、よう……って、どうしてここに?」
「今日は来るかなって思って。そんなことより、学校に来るの二週間ぶりでやばいんだー授業どうしよう!」
(二週間……)
確か晴が倒れたのは二週間前だ。それから今日にいたるまで、一日も学校に来ていないというのは明らかにおかしい。
(体調不良、っていうだけじゃないんだろうな)
晴は重度の過眠症だと聞いている。それが起因しているのなら納得だが、瑞貴はその間、晴とは毎日――いや、毎晩一緒にいたような気がしてならない。
もやもやとした感覚で瑞貴は目の前の彼女を見つめる。晴は成績や次の授業のことで頭がいっぱいのようだ。
「君は、夢の中に入れるのか?」
瑞貴が唐突に問えば、晴は一度大きく目を見開いたが、すぐに小さな笑みを浮かべた。
「また会いに行くね、君が眠れない夜に」



