彼女が、安らかに眠れますように



 帰宅し自室にこもると、瑞貴は早速手帳を広げた。
 中身は遺言というには明るい日記帳のようで、その日に何があったのかを書き記していた。直接会って話していたテンション感で文字起こされているような気分になる。
 パラパラとめくっていると、破って切り取られているページを見つけた。以前、空き教室に書き置きされた同じ用紙だ。残していた切れ端をくっつけると、見事に一致。やはりここから切り取ったらしい。
 さらにページを進めていくと、過眠期に入る直前の日記に『瑞貴くんへ』と書かれたページに留まった。もしかしたら、これを見て彼女の両親は瑞貴に託したのだろうか。そこに書かれていたのは、たった一言。

『小学生の私を助けようとしてくれてありがとう』

 ――彼女は知っていた。突き飛ばしたのが瑞貴ではなく、別の人物だったことを。
 瑞貴が手を伸ばしたのは、助けようとしたからだということも、全部わかっていたのだ。
 それでも伸ばした手が届かず、彼女が地面に落ちて頭部に怪我を負ったことは事実。記憶障害で前後の記憶を失っただけでなく、治療法が見つからない重度の過眠症を持って生きていくしかできなくなっていたことも事実。

 助けられなかったことに変わりはない。

(わかっていたのなら、どうして僕に近付いてきた?)

 恨まれたって不思議じゃない。彼女が重度の過眠症を持つことになった原因だ。
 最後にあった時、お礼を言いたかったと言っていた。復讐か、はたまた純粋な思いか。どちらにせよ、今の瑞貴にはどうすることもできない。昏睡状態である以上、どんな言葉を叫んでも彼女には届かない。
 最後のページには、震えた筆跡でこう書かれていた。

『君が安らかに眠れる日がきますように』

「……それは、君が言うセリフじゃないよ」

 ふと、顔を上げると机の上に置かれたプラスチックケースが目に入る。瑞貴は立ち上がり、それに入った睡眠薬を手のひらに出せる分だけ載せる。すぐに眠ってしまうのなら、もっと深く、夢から醒めない場所へ堕ちればいい。

「――こんな終わり方も、いいんじゃない?」

 誰も報われないバッドエンドを迎えようともかまわない。現に瑞貴は晴の手を掴めなかった。たとえ引き返せなくても、晴がいない日常は意味がない。
 手のひらの毒を一気に含む。ごくん、と喉が鳴ると同時に後ろのベッドに倒れ込んだ。
 薄れていく意識の中で、夢で見た彼女の涙を思い出す。

「……これで、きっと君も眠れるね」

 しんと静まった部屋の中で、空っぽになったケースが虚しく机の上で転がっていく。
 音が、止んだ。

【彼女が、安らかに眠れますように 完】