「光希ー、二卓と三卓に生一丁ずつ出してー」
「うっす」
「ごめん、ついでに三卓の皿下げてきてっ」
「了解です」
「八卓そろそろ会計っぽいな」
「三卓の皿下げたら俺行きますよ」
「助かる。あとさ、さっきトイレ片方占領されてるって苦情あったんだわ。余裕あったらノックしてきてほしい」
「オケです。会計やったら見てみます」
二卓三卓生一丁、皿下げて八卓会計、トイレ確認。
頭の中で段取りを立てながら、俺は入口付近の二卓と三卓を目指す。
八月二週目の金曜日、居酒屋は今日も大繁盛だ。景気がよくて大変よろしい。
「光希、シフト増やしたんだって?」
すれ違いざまに声をかけてきた阿智先輩が、「働くねえ」とにんまり笑う。俺はチッと飛び出しそうになった舌打ちを飲み込んで、楽しげな三白眼をじっとり見上げる。
「阿智先輩みたいに怠惰な夏休みを過ごしたくないだけです。俺真面目なんで」
「ふはっ。もうちょっとマシな嘘つけよ」
うるせー、よけいなお世話だボケ。
心の中で呪詛をとなえつつ、営業スマイルを振りまきながら二卓と三卓に生ビールを出した。帰る時に空の皿とグラスを回収し、ちょうど歩いてきた八卓の客に少々お待ちくださいと声をかけ、一度食器を戻しに厨房に寄る。
「どうしたの光希、最近めっちゃ真面目だけど」
「そうですよ。光希先輩がそんなに動いてると、槍が降るんじゃないかって心配になります」
コース用の唐揚げとフライドポテトを持ったカナ先輩とミキにまで声をかけられて、俺は思い切り眉間にしわを寄せた。なんだよ、どいつもこいつも。俺は普段から、誰よりもたくさん動いてるだろうが。
「すいません。ご利用が長いようですが、大丈夫ですか?」
八卓の会計を済ませてトイレに向かい、二つしかない個室の片方をノックすると、男性の辛そうなうめき声が返ってきた。途切れ途切れな感じで、飲みすぎて腹を下したと返事がある。
「わかりました。また様子見にきます」
「すみません……」
気の毒にと思いつつ、数少ないトイレを長時間使われるのは迷惑だ。こっそりため息をついたら気が抜けて、その場で少し立ちつくす。
まったく、どうして皆、こんなに酒が好きなんだか。
トイレ前の暗がりから店の様子を眺め、俺はふと考えた。わざわざ金をかけて腹を下したり黒歴史を作ったり、冷静に考えれば理解不能だ。
まあ自分も酔っぱらってやらかしたクチなので、偉そうなことは言えないけれど。
京の髪の手触りが頭をよぎり、その場で大きく首を左右に振る。
俺はもう、あいつのことは忘れるんだ。考えれば考えただけ、どんどん苦しくなってしまうから。
阿智先輩が言っていた通り、バイトリーダーのオカさんに頼んで、俺は七月末から八月にかけてのシフトを増やしてもらっていた。授業も予定もなく家でぼーっとしていると、どうしても京のことが気になってしまうせいだ。
バイトのシフトは夕方から夜にかけてなので、日中はもっぱら、課題と昼寝で時間をつぶす日々である。
本当はサブスクで映画やアニメを観たりウェブ漫画を一気読みしたりしたいけれど、そういう一人で楽しむ系のコンテンツは集中が続かず、結局京のことを考えてしまう。かといって、学科や研究室の友人はことごとく帰省してしまって捕まらない。
シフトを入れた手前自分自身は帰省するわけにもいかず、その結果が課題と昼寝、というわけだ。
この生活が九月いっぱいまで続くかもしれないと考えると、普通に憂鬱である。かといって「誰のせいで」と腹を立てても、それをぶつけるべき対象とコンタクトを取ることがそもそも、俺にとって最大のストレスというジレンマ。
あー駄目だ。やめやめ。仕事中だし。
俺はぱしっと自分の頬を叩いて、トイレの前を離れた。ちょうど入口の引き戸が開くのが見えたので、笑顔で駆け寄って「いらっしゃいませ」と声をかける。
「何名様で――」
「みっちゃん!」
聞き覚えのありすぎる声と呼び方に、俺は口角を上げたまま固まった。胸、肩、首と長身をたどって目が合った三秒後、引き戸の内側を掴んで勢いよく閉じる。
「当店ご利用でない方はお引き取りくださいっ」
そう言い放って、全力の早歩きで厨房に駆け込んだ。奥の流し脇にしゃがみ込んだ俺を、その場にいた面々がなんだなんだと覗き込んでくる。
「なんだ光希、お客様はちゃんと案内しろ」
「そうですよ。さぼんないでください」
「なんかこの感じ、春にもなかった?」
うるさい黙れ。頼むから放っておいてくれ。
「待ってみっちゃん、ほんとに。せめて電話出て!」
入口の方から京の叫び声が聞こえてくる。あのちんちくりんを再び招き入れたのは誰だと少しだけ顔を出して様子をうかがったら、阿智先輩だった。
いやそいつ、まだ二十歳になってないから。どう考えたって客じゃないだろ。空気読んでくれマジで。
「光希ー、カウンター席ご指名。オレンジジュース一個ね」
しばらくすると、ひょいと厨房を覗き込んで、阿智先輩は少し投げやりな感じで言った。
「いや、この店指名制度とかないでしょ! 先輩そのままやってくださいよ!」
叫び返しても、阿智先輩は肩をすくめてホールに戻っていってしまう。
「くっそ……すいません、カナ先輩、」
「ご指名じゃ仕方ないよねえ」
「はあ? じゃあミキ」
「ごめんなさい、私今別の人にアピール中なんです」
「それは絶対関係ないだろ」
ドリンクを作って出すのは基本的にホールの役割だ。残るは厨房担当のメンツだけで、逃げ道がなくなった俺は、渋々グラスを準備して冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出した。
本当にありえない。バ先まで来るか? 普通。
いやそれとも、家に来なかっただけマシだと思うべきか?
次第に嵩を増していくオレンジ色の液体を眺めながら、悶々と考える。
色々とありえない。でも一番ありえないのは、じわじわと嬉しい気持ちになっている自分だ。
久しぶりに顔が見れた。嫌いって言って、着信拒否までしたのに、俺を気にして会いに来てくれた。
嬉しくないわけがなくて、だけど俺がそれを素直に表現できるような人間だったら、そもそもこんな事態にはなっていないわけで。
「……お待たせいたしました」
そう言ってオレンジジュースを差し出した俺は多分、今世紀最大の仏頂面をしていたと思う。
みっちゃん、と口を開きかけた京も、そんな俺の顔を見て言葉に詰まり、困ったように眉根を寄せた。
「ねえみっちゃん、俺のこと嫌いって本当? 俺、なにか嫌われるようなことしちゃったかな?」
いつぞやと同じ、くうんと鳴き声が聞こえてきそうな表情に罪悪感がつのる。
だけど俺の喉は依然、まるで溺れてしまったかのように苦しく締めつけられていた。その上、落ち込む京の顔を目の当たりにした分よけいに、今この場でどう振舞えばいいのかがさっぱりわからなくなってしまって。
「ごゆっくりどうぞ」
ただそう言って機械的に頭を下げた俺を、京は納得のいかなそうな顔でじっと見つめてきた。
その突き刺さるような視線に素早く背を向けて、俺は再び、笑い声で賑わうホールへと身を投じた。
京はそのまま、つまみとソフトドリンクだけで二時間粘った。トイレ占領と同じくらい迷惑な話である。
京が帰った一時間後に、俺も退勤した。路地の先に京はいなくて、そのことに安堵と落胆を同時に覚えつつ、さっさと帰ろうと一歩踏み出す。
「光希」
ふいに呼ばれて振り返ると、まだ店のTシャツ姿の阿智先輩が、裏口を開けて立っていた。
「え、まだ勤務中ですよね」
事務所に貼ってあったシフト表を思い出しながら、俺は尋ねる。そんな俺の戸惑いを無視して、阿智先輩は「なんかあった?」と近づいてくる。
「なんかってなにがですか」
「京くんとに決まってるだろ」
「べつに、なにもないですけど」
「本当?」
じっと見つめられて、俺はつい目を逸らした。本当なわけがないだろう、という八つ当たりじみた文句を飲み込んで、うつむいたまま黙り込む。
そんな俺に追い打ちをかけるみたいに、阿智先輩は再び口を開いた。
「光希はさ、京くんと付き合ってるとかじゃないわけ?」
「なっ……に馬鹿なこと言ってるんですか。俺と京はただの幼馴染だし、そもそも男同士なんですけど」
「ふうん? じゃあまあ、いいよな」
そうつぶやくと、阿智先輩はポケットからスマートフォンを取り出した。右手だけでさっさっと操作して、なにも言わずにこちらに画面を向けてくる。
そこに表示されていた写真を見て、言葉を失った。
大学前の本屋でラブラドールガチャをやる俺の姿が、背後からばっちり撮られていた。
「これ、後で確認したら可愛い犬のキーホルダーだったわ。光希って動物好きなんだな」
デートしようよ、と阿智先輩が言う。
「は?」
俺は耳を疑った。一緒に出かけようという意味だろうか。
「お前結局、俺が誘った飲みも流しただろ。動物好きなら動物園行こうぜ。ちなみに断ったら、この写真カナとミキに見せるから」
顔を上げて口をぱくぱくさせる俺を見て、阿智先輩はにんまりと楽しげに笑う。
「カナとミキに見せたら、他のメンツにもすぐに広がるよな。ついでにみっちゃん呼びも普及させようかな」
「まっっっっっっじでやめてください!」
「うっし、決まりな。お盆前ってバイト以外に予定入ってる日ある?」
「ない、ですけどっ」
「じゃあ十二日で。また連絡するから」
ひらひらと手を振って、阿智先輩は店内に戻っていってしまった。意味がわからなすぎて、俺はその場にしゃがみ込んでガシガシと頭をかく。
だから、どうして阿智先輩は、俺と京のことをこんなにいちいち気にするんだ――絶対絶対、面白がってるとしか思えない。
ほっとけ。マジで。
予定がないならないで憂鬱だが、こんな予定ならない方がマシだ。せっかくの夏休みなのに、どうして俺がこんなにむしゃくしゃしなくちゃならないんだ。
「うっす」
「ごめん、ついでに三卓の皿下げてきてっ」
「了解です」
「八卓そろそろ会計っぽいな」
「三卓の皿下げたら俺行きますよ」
「助かる。あとさ、さっきトイレ片方占領されてるって苦情あったんだわ。余裕あったらノックしてきてほしい」
「オケです。会計やったら見てみます」
二卓三卓生一丁、皿下げて八卓会計、トイレ確認。
頭の中で段取りを立てながら、俺は入口付近の二卓と三卓を目指す。
八月二週目の金曜日、居酒屋は今日も大繁盛だ。景気がよくて大変よろしい。
「光希、シフト増やしたんだって?」
すれ違いざまに声をかけてきた阿智先輩が、「働くねえ」とにんまり笑う。俺はチッと飛び出しそうになった舌打ちを飲み込んで、楽しげな三白眼をじっとり見上げる。
「阿智先輩みたいに怠惰な夏休みを過ごしたくないだけです。俺真面目なんで」
「ふはっ。もうちょっとマシな嘘つけよ」
うるせー、よけいなお世話だボケ。
心の中で呪詛をとなえつつ、営業スマイルを振りまきながら二卓と三卓に生ビールを出した。帰る時に空の皿とグラスを回収し、ちょうど歩いてきた八卓の客に少々お待ちくださいと声をかけ、一度食器を戻しに厨房に寄る。
「どうしたの光希、最近めっちゃ真面目だけど」
「そうですよ。光希先輩がそんなに動いてると、槍が降るんじゃないかって心配になります」
コース用の唐揚げとフライドポテトを持ったカナ先輩とミキにまで声をかけられて、俺は思い切り眉間にしわを寄せた。なんだよ、どいつもこいつも。俺は普段から、誰よりもたくさん動いてるだろうが。
「すいません。ご利用が長いようですが、大丈夫ですか?」
八卓の会計を済ませてトイレに向かい、二つしかない個室の片方をノックすると、男性の辛そうなうめき声が返ってきた。途切れ途切れな感じで、飲みすぎて腹を下したと返事がある。
「わかりました。また様子見にきます」
「すみません……」
気の毒にと思いつつ、数少ないトイレを長時間使われるのは迷惑だ。こっそりため息をついたら気が抜けて、その場で少し立ちつくす。
まったく、どうして皆、こんなに酒が好きなんだか。
トイレ前の暗がりから店の様子を眺め、俺はふと考えた。わざわざ金をかけて腹を下したり黒歴史を作ったり、冷静に考えれば理解不能だ。
まあ自分も酔っぱらってやらかしたクチなので、偉そうなことは言えないけれど。
京の髪の手触りが頭をよぎり、その場で大きく首を左右に振る。
俺はもう、あいつのことは忘れるんだ。考えれば考えただけ、どんどん苦しくなってしまうから。
阿智先輩が言っていた通り、バイトリーダーのオカさんに頼んで、俺は七月末から八月にかけてのシフトを増やしてもらっていた。授業も予定もなく家でぼーっとしていると、どうしても京のことが気になってしまうせいだ。
バイトのシフトは夕方から夜にかけてなので、日中はもっぱら、課題と昼寝で時間をつぶす日々である。
本当はサブスクで映画やアニメを観たりウェブ漫画を一気読みしたりしたいけれど、そういう一人で楽しむ系のコンテンツは集中が続かず、結局京のことを考えてしまう。かといって、学科や研究室の友人はことごとく帰省してしまって捕まらない。
シフトを入れた手前自分自身は帰省するわけにもいかず、その結果が課題と昼寝、というわけだ。
この生活が九月いっぱいまで続くかもしれないと考えると、普通に憂鬱である。かといって「誰のせいで」と腹を立てても、それをぶつけるべき対象とコンタクトを取ることがそもそも、俺にとって最大のストレスというジレンマ。
あー駄目だ。やめやめ。仕事中だし。
俺はぱしっと自分の頬を叩いて、トイレの前を離れた。ちょうど入口の引き戸が開くのが見えたので、笑顔で駆け寄って「いらっしゃいませ」と声をかける。
「何名様で――」
「みっちゃん!」
聞き覚えのありすぎる声と呼び方に、俺は口角を上げたまま固まった。胸、肩、首と長身をたどって目が合った三秒後、引き戸の内側を掴んで勢いよく閉じる。
「当店ご利用でない方はお引き取りくださいっ」
そう言い放って、全力の早歩きで厨房に駆け込んだ。奥の流し脇にしゃがみ込んだ俺を、その場にいた面々がなんだなんだと覗き込んでくる。
「なんだ光希、お客様はちゃんと案内しろ」
「そうですよ。さぼんないでください」
「なんかこの感じ、春にもなかった?」
うるさい黙れ。頼むから放っておいてくれ。
「待ってみっちゃん、ほんとに。せめて電話出て!」
入口の方から京の叫び声が聞こえてくる。あのちんちくりんを再び招き入れたのは誰だと少しだけ顔を出して様子をうかがったら、阿智先輩だった。
いやそいつ、まだ二十歳になってないから。どう考えたって客じゃないだろ。空気読んでくれマジで。
「光希ー、カウンター席ご指名。オレンジジュース一個ね」
しばらくすると、ひょいと厨房を覗き込んで、阿智先輩は少し投げやりな感じで言った。
「いや、この店指名制度とかないでしょ! 先輩そのままやってくださいよ!」
叫び返しても、阿智先輩は肩をすくめてホールに戻っていってしまう。
「くっそ……すいません、カナ先輩、」
「ご指名じゃ仕方ないよねえ」
「はあ? じゃあミキ」
「ごめんなさい、私今別の人にアピール中なんです」
「それは絶対関係ないだろ」
ドリンクを作って出すのは基本的にホールの役割だ。残るは厨房担当のメンツだけで、逃げ道がなくなった俺は、渋々グラスを準備して冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出した。
本当にありえない。バ先まで来るか? 普通。
いやそれとも、家に来なかっただけマシだと思うべきか?
次第に嵩を増していくオレンジ色の液体を眺めながら、悶々と考える。
色々とありえない。でも一番ありえないのは、じわじわと嬉しい気持ちになっている自分だ。
久しぶりに顔が見れた。嫌いって言って、着信拒否までしたのに、俺を気にして会いに来てくれた。
嬉しくないわけがなくて、だけど俺がそれを素直に表現できるような人間だったら、そもそもこんな事態にはなっていないわけで。
「……お待たせいたしました」
そう言ってオレンジジュースを差し出した俺は多分、今世紀最大の仏頂面をしていたと思う。
みっちゃん、と口を開きかけた京も、そんな俺の顔を見て言葉に詰まり、困ったように眉根を寄せた。
「ねえみっちゃん、俺のこと嫌いって本当? 俺、なにか嫌われるようなことしちゃったかな?」
いつぞやと同じ、くうんと鳴き声が聞こえてきそうな表情に罪悪感がつのる。
だけど俺の喉は依然、まるで溺れてしまったかのように苦しく締めつけられていた。その上、落ち込む京の顔を目の当たりにした分よけいに、今この場でどう振舞えばいいのかがさっぱりわからなくなってしまって。
「ごゆっくりどうぞ」
ただそう言って機械的に頭を下げた俺を、京は納得のいかなそうな顔でじっと見つめてきた。
その突き刺さるような視線に素早く背を向けて、俺は再び、笑い声で賑わうホールへと身を投じた。
京はそのまま、つまみとソフトドリンクだけで二時間粘った。トイレ占領と同じくらい迷惑な話である。
京が帰った一時間後に、俺も退勤した。路地の先に京はいなくて、そのことに安堵と落胆を同時に覚えつつ、さっさと帰ろうと一歩踏み出す。
「光希」
ふいに呼ばれて振り返ると、まだ店のTシャツ姿の阿智先輩が、裏口を開けて立っていた。
「え、まだ勤務中ですよね」
事務所に貼ってあったシフト表を思い出しながら、俺は尋ねる。そんな俺の戸惑いを無視して、阿智先輩は「なんかあった?」と近づいてくる。
「なんかってなにがですか」
「京くんとに決まってるだろ」
「べつに、なにもないですけど」
「本当?」
じっと見つめられて、俺はつい目を逸らした。本当なわけがないだろう、という八つ当たりじみた文句を飲み込んで、うつむいたまま黙り込む。
そんな俺に追い打ちをかけるみたいに、阿智先輩は再び口を開いた。
「光希はさ、京くんと付き合ってるとかじゃないわけ?」
「なっ……に馬鹿なこと言ってるんですか。俺と京はただの幼馴染だし、そもそも男同士なんですけど」
「ふうん? じゃあまあ、いいよな」
そうつぶやくと、阿智先輩はポケットからスマートフォンを取り出した。右手だけでさっさっと操作して、なにも言わずにこちらに画面を向けてくる。
そこに表示されていた写真を見て、言葉を失った。
大学前の本屋でラブラドールガチャをやる俺の姿が、背後からばっちり撮られていた。
「これ、後で確認したら可愛い犬のキーホルダーだったわ。光希って動物好きなんだな」
デートしようよ、と阿智先輩が言う。
「は?」
俺は耳を疑った。一緒に出かけようという意味だろうか。
「お前結局、俺が誘った飲みも流しただろ。動物好きなら動物園行こうぜ。ちなみに断ったら、この写真カナとミキに見せるから」
顔を上げて口をぱくぱくさせる俺を見て、阿智先輩はにんまりと楽しげに笑う。
「カナとミキに見せたら、他のメンツにもすぐに広がるよな。ついでにみっちゃん呼びも普及させようかな」
「まっっっっっっじでやめてください!」
「うっし、決まりな。お盆前ってバイト以外に予定入ってる日ある?」
「ない、ですけどっ」
「じゃあ十二日で。また連絡するから」
ひらひらと手を振って、阿智先輩は店内に戻っていってしまった。意味がわからなすぎて、俺はその場にしゃがみ込んでガシガシと頭をかく。
だから、どうして阿智先輩は、俺と京のことをこんなにいちいち気にするんだ――絶対絶対、面白がってるとしか思えない。
ほっとけ。マジで。
予定がないならないで憂鬱だが、こんな予定ならない方がマシだ。せっかくの夏休みなのに、どうして俺がこんなにむしゃくしゃしなくちゃならないんだ。


