「その感じ、おれのこと連れて来てくれたこと覚えてないですか?」
「いや……その、申し訳ない。ものすごく、というか会計のくだりあたりからほぼ記憶がない」
ああ、と相良くんはがっかりしたように眉を下げる。それを見て胸が痛んだ。
「見たい映画の話したら、サブスクで見れるから俺の家で見ようって誘ってくれたんですよ。でも見てる途中で天野さんすげー眠そうだったから続きは明日見ましょうって話にしたんです」
「ごめん、俺が寝たせいで見れなかったのか。そのまま見てて良かったのに」
再生ボタンを押すと、高層ホテルを外側から上の階へ行くところのシーンだった。
「それ、寝る前も言ってましたよ。俺はもう限界だから寝るけど見てていいよって。しかも、半分寝てる感じなのにどうぞって俺に貸してくれました」
Tシャツの肩のあたりをつまんで「お気に入りのやつ」と相良くんがはにかんだ。勘弁してくれ。余計なことを言った自分を想像して顔が熱くなった。何やってんだ。
「天野さんてかわいいですよね。エレベーターで挨拶するくらいしか顔合わせたことなかったけど、ガッツリ話せてラッキーでした」
俺も、言いかけて口をつぐむ。楽しかった。それは事実だ。その前にあっさり流しかけたけど、かわいいって言われた。とてもじゃないけどかわいいキャラで来てない。
ここで意識したら危ないおじさんになるやつだ。最近の若者は何となくで言うんだろう――うわ、最近の若者とか完全におじさんじゃないか。
俺は落ち着こうと静かに息を吐いた。いちいち考えたら、たぶんきりがない。
「ごめん、気を遣わせて。そんな記憶に残るような顔じゃなかったろ」
「え、覚えてましたよ。月曜の朝、下の自販機でいっつも水とカフェオレでボタン2つ押してますよね」
手のひらが微かに湿っている。誰かに見られてもいいとは思っていた。直接言われるとこうも抉られるのか。
「運試しだよ。頼むから見なかったことにして」
「えー、いいじゃないですか。あれ見て、こっそりおれも運試ししてたんです。月曜の朝、天野さん見かけられたらいい日でした」
相良くんは首の後ろに手を当てて、へへっとはにかんだ。
「へー、そうなんだ。あ、朝メシって食う?」
平常心、を心の中で5回は唱えた。わしづかみにされた心臓をどうにかなだめて、スマホに目を向ける。
「外で食べるのどうですか? ついでに映画見に行きましょうよ。確か、昨日からこれの最新作上映してるじゃないですか」
「待って。最新作見るなら、絶対これも見たほうがいいよ。あと前作も見とかないと」
「じゃあそれも見ます。朝ごはんも食べます」
隣に座った相良くんの肩がそっと俺の肩に触れた。予想できなかった動きに反射的に肩がびくっと揺れてしまうと、すぐに離れていった。
目が合えば「天野さん」と微笑みかけられた。確信犯だ、と思うけど悪い気はしない。
「……月曜日、一緒に通勤してもいいですか?」
だんだんと相良くんの視線が下がっていく。
「月曜日までここにいるつもりなのか」と、笑ってしまった。まあ別にいいけど、と慌てて付け足す。
何もない我が家。いてもらっても俺は困らないけど、相良くんが暇なだけだ。
「いたいで、」
す、を言い終えないうちにくしゃっと顔を歪ませて「だめでした」と相良くんは呟いた。はあ、と漏れるため息。用事があるのかな。
「いや……その、申し訳ない。ものすごく、というか会計のくだりあたりからほぼ記憶がない」
ああ、と相良くんはがっかりしたように眉を下げる。それを見て胸が痛んだ。
「見たい映画の話したら、サブスクで見れるから俺の家で見ようって誘ってくれたんですよ。でも見てる途中で天野さんすげー眠そうだったから続きは明日見ましょうって話にしたんです」
「ごめん、俺が寝たせいで見れなかったのか。そのまま見てて良かったのに」
再生ボタンを押すと、高層ホテルを外側から上の階へ行くところのシーンだった。
「それ、寝る前も言ってましたよ。俺はもう限界だから寝るけど見てていいよって。しかも、半分寝てる感じなのにどうぞって俺に貸してくれました」
Tシャツの肩のあたりをつまんで「お気に入りのやつ」と相良くんがはにかんだ。勘弁してくれ。余計なことを言った自分を想像して顔が熱くなった。何やってんだ。
「天野さんてかわいいですよね。エレベーターで挨拶するくらいしか顔合わせたことなかったけど、ガッツリ話せてラッキーでした」
俺も、言いかけて口をつぐむ。楽しかった。それは事実だ。その前にあっさり流しかけたけど、かわいいって言われた。とてもじゃないけどかわいいキャラで来てない。
ここで意識したら危ないおじさんになるやつだ。最近の若者は何となくで言うんだろう――うわ、最近の若者とか完全におじさんじゃないか。
俺は落ち着こうと静かに息を吐いた。いちいち考えたら、たぶんきりがない。
「ごめん、気を遣わせて。そんな記憶に残るような顔じゃなかったろ」
「え、覚えてましたよ。月曜の朝、下の自販機でいっつも水とカフェオレでボタン2つ押してますよね」
手のひらが微かに湿っている。誰かに見られてもいいとは思っていた。直接言われるとこうも抉られるのか。
「運試しだよ。頼むから見なかったことにして」
「えー、いいじゃないですか。あれ見て、こっそりおれも運試ししてたんです。月曜の朝、天野さん見かけられたらいい日でした」
相良くんは首の後ろに手を当てて、へへっとはにかんだ。
「へー、そうなんだ。あ、朝メシって食う?」
平常心、を心の中で5回は唱えた。わしづかみにされた心臓をどうにかなだめて、スマホに目を向ける。
「外で食べるのどうですか? ついでに映画見に行きましょうよ。確か、昨日からこれの最新作上映してるじゃないですか」
「待って。最新作見るなら、絶対これも見たほうがいいよ。あと前作も見とかないと」
「じゃあそれも見ます。朝ごはんも食べます」
隣に座った相良くんの肩がそっと俺の肩に触れた。予想できなかった動きに反射的に肩がびくっと揺れてしまうと、すぐに離れていった。
目が合えば「天野さん」と微笑みかけられた。確信犯だ、と思うけど悪い気はしない。
「……月曜日、一緒に通勤してもいいですか?」
だんだんと相良くんの視線が下がっていく。
「月曜日までここにいるつもりなのか」と、笑ってしまった。まあ別にいいけど、と慌てて付け足す。
何もない我が家。いてもらっても俺は困らないけど、相良くんが暇なだけだ。
「いたいで、」
す、を言い終えないうちにくしゃっと顔を歪ませて「だめでした」と相良くんは呟いた。はあ、と漏れるため息。用事があるのかな。



