誰だっけな、この子。何となく見覚えがあるような――あ、相良くんか。勤め先のビルで何度か顔を合わせたことがある若手営業マンだ。
下の階にある別会社の人で、昨日はカードキーを忘れて締め出されたらしい。遅い時間だったから社内は誰もいなくて、スマホもない状況。あるのは財布だけ。他の階で人がいてくれれば、と上へ来たところに俺がいたというわけだ。残業していてよかった。
電話を貸してくださいと頼まれて貸してあげた。一件落着後に「お礼がてら飲み行きませんか」と誘いを受けて、飲みに行った。
俺が支払うか相良くんが支払うかで揉めたのは覚えている。俺が払うと言ってるのに、お礼にならないと相良くんも全然引いてくれなかった。結局どっちが払ったんだっけ。
いやいや、今そんなことはどうでもいい。彼に何もしてないよな、俺。好みのタイプだなって思っただけで一方的にがっつくほど落ちぶれた人間性じゃない、と自分を信じたい。
心臓が嫌な感じで脈を打って、長く息を吐いた。反応が薄いと言われる俺でも、さすがにこの状況は胸がざわつく。
カーテンの隙間から差し込む光が、枕元を柔らかく照らす。どんな経緯があったかは記憶にないが、相良くんは俺のベッドですやすやと眠っている。
こんなに穏やかに寝られるとまあ、起こしづらい。俺がベッドに寝かせたんだろう。そんな気もする。すべてがぼんやりして曖昧だ。
起きた自分を見る限り、一通り身の回りを整えて眠りについたらしい。何でベッドに入らなかった自分に違和感を持たなかったんだよ。と夜の自分にツッコんだところで、仕方がない。とりあえず。
「禁酒するか……」
いい大人が記憶を飛ばしてるようじゃだめだ。俺はため息をついて、のそのそと立ち上がった。
顔を洗って、ヒゲをそって、歯磨きまで終えて。それでも彼はまだ夢の中だった。困った。今日が休みとはいえ、そろそろ動きたい。どうしたもんかな。
起こそうと手を伸ばしかけて、止めた。まだもう少しくらいならいいか。朝メシは買いに行くのはやめて、出前にすればいい。
ダンボールから水のペットボトルをそっと出して、口をつける。
テレビ前に腰を下ろして、スマホの出前アプリを開いた。無音が無駄な緊張感を生む気がして、テレビは小さめの音でつけておいた。画面をつけたら映画の途中になっていたから、昨日見たのかもしれない。
「天野さん、おはようございます」
「えっ!? あっ!?」
予期せぬタイミングで後ろから声をかけられて肩が跳ねてしまった。指先がスマホを弾いて床に落とす。
「あー、先に見てるのずるいです!」
「え? あ……ごめん」
脈がどっと速まるのを感じつつ、スマホを拾ってからリモコンをテレビに向けた。一緒に見てたのか。少し巻き戻して、一時停止にする。
相良くんはベッドから下りて「朝早いの平気なんですね」と言った。テレビの前のデジタル時計を見れば10時を過ぎている。別に早くはない。
昨日初めて飲みに行った人の家で目が覚めて、全く動じてない君のほうが怖いよ俺は。
某アニメのネコ型ロボットTシャツを着ている相良くん。俺は思わず額に手をやりかけて、そのまま下ろした。貸したの俺だよな、わかってる。
よりによって何でそのキャラもの貸したんだ。どう思われるかなんて考えられないくらい酔ってたんだろうな。変な汗をかいてきて、目が泳いでしまう。
下の階にある別会社の人で、昨日はカードキーを忘れて締め出されたらしい。遅い時間だったから社内は誰もいなくて、スマホもない状況。あるのは財布だけ。他の階で人がいてくれれば、と上へ来たところに俺がいたというわけだ。残業していてよかった。
電話を貸してくださいと頼まれて貸してあげた。一件落着後に「お礼がてら飲み行きませんか」と誘いを受けて、飲みに行った。
俺が支払うか相良くんが支払うかで揉めたのは覚えている。俺が払うと言ってるのに、お礼にならないと相良くんも全然引いてくれなかった。結局どっちが払ったんだっけ。
いやいや、今そんなことはどうでもいい。彼に何もしてないよな、俺。好みのタイプだなって思っただけで一方的にがっつくほど落ちぶれた人間性じゃない、と自分を信じたい。
心臓が嫌な感じで脈を打って、長く息を吐いた。反応が薄いと言われる俺でも、さすがにこの状況は胸がざわつく。
カーテンの隙間から差し込む光が、枕元を柔らかく照らす。どんな経緯があったかは記憶にないが、相良くんは俺のベッドですやすやと眠っている。
こんなに穏やかに寝られるとまあ、起こしづらい。俺がベッドに寝かせたんだろう。そんな気もする。すべてがぼんやりして曖昧だ。
起きた自分を見る限り、一通り身の回りを整えて眠りについたらしい。何でベッドに入らなかった自分に違和感を持たなかったんだよ。と夜の自分にツッコんだところで、仕方がない。とりあえず。
「禁酒するか……」
いい大人が記憶を飛ばしてるようじゃだめだ。俺はため息をついて、のそのそと立ち上がった。
顔を洗って、ヒゲをそって、歯磨きまで終えて。それでも彼はまだ夢の中だった。困った。今日が休みとはいえ、そろそろ動きたい。どうしたもんかな。
起こそうと手を伸ばしかけて、止めた。まだもう少しくらいならいいか。朝メシは買いに行くのはやめて、出前にすればいい。
ダンボールから水のペットボトルをそっと出して、口をつける。
テレビ前に腰を下ろして、スマホの出前アプリを開いた。無音が無駄な緊張感を生む気がして、テレビは小さめの音でつけておいた。画面をつけたら映画の途中になっていたから、昨日見たのかもしれない。
「天野さん、おはようございます」
「えっ!? あっ!?」
予期せぬタイミングで後ろから声をかけられて肩が跳ねてしまった。指先がスマホを弾いて床に落とす。
「あー、先に見てるのずるいです!」
「え? あ……ごめん」
脈がどっと速まるのを感じつつ、スマホを拾ってからリモコンをテレビに向けた。一緒に見てたのか。少し巻き戻して、一時停止にする。
相良くんはベッドから下りて「朝早いの平気なんですね」と言った。テレビの前のデジタル時計を見れば10時を過ぎている。別に早くはない。
昨日初めて飲みに行った人の家で目が覚めて、全く動じてない君のほうが怖いよ俺は。
某アニメのネコ型ロボットTシャツを着ている相良くん。俺は思わず額に手をやりかけて、そのまま下ろした。貸したの俺だよな、わかってる。
よりによって何でそのキャラもの貸したんだ。どう思われるかなんて考えられないくらい酔ってたんだろうな。変な汗をかいてきて、目が泳いでしまう。



