「お前ら!何回言ったら分かるんだ!!」
「……」
生活指導の先生のそんな怒号が誰一人として喋らないこの空間ではよく響いた。本来なら今は昼休みで各々が好きなように過ごしている時間なはずだ。しかしどういう訳か昼休みが始まろうとした時,校内放送が流れ,私達二年生はこうして体育館に集められるはめとなった。着くとそこには腕を組んだ生活指導の先生が立っていて,それを見た瞬間これは面倒くさい事が始まるなと感じた。予想通り,全クラスが集まると
「お前ら,いい加減にしろよ」
なんていう低く明らかに機嫌が悪い声で話は始まった。
内容は,男子生徒がふざけあって,その中の一人が頭をぶつけ怪我をした。女子生徒が髪を巻いてきたり化粧をしたり,お菓子をトイレで食べていた。などというものだった。一年の頃からそんな内容で良く集められていたので何人かは「またか」といった表情をしている。勿論私もその一人だ。私はスカートを折ったことも,お菓子を持ち込んだことも,ましてや化粧をしたことすら無い普通の一般生徒。そんな馬鹿みたいな事をするのは,教室で自分がクラスの中心だと態度で表す奴らだろう。
「俺は!お前らが一年の頃から何度も言っている。まだやるか!?ふざけんな」
しかし世の中には連帯責任というものがある。馬鹿な奴らだけで怒られていればいいものを,無実な人達までこうして怒鳴られる羽目となった。
勘弁してほしい。私はこれが始まるたびそう思う。別に怒られるのは,私は何もやっていないと知っているので,どうでもいいと割り切れる。
問題は――
背の順で並ばされた列。私は丁度その真ん中辺りにいる。いつものように下を向いていると,話を聞けと言われるためこの時だけは上を向かなければいけない。
そこには多くの心が浮かんでいた。不安そうに黒い靄をまとっている者,先生に向かって怒りの矢を向けている者,何か違う事で負った傷が大きく開いている者。
見ているだけで気分が悪くなる。ただでさえ,人の心を見ることが怖いのに,強制的に見せられるこの状況は拷問をされているとしか思えなかった。先生の話はまだまだ続く。
「二年になって初めの頃は良い感じだったよ!なのに何でこうなる!?どんだけ言わせんだ。勿論何もしていない人達もいるよ,そいつら達まで巻き込んでんだよ!分かってんのか?!」
先生の言葉に反抗するように一定の生徒から放たれる怒りの矢は量を増す。きっと矢を放っている人達がこの話の当事者なんだろうな。二百人以上いる生徒の中で自分へ怒りを抱いている生徒を見つけるのは不可能なようで,生活指導の先生へ放たれた矢は先生の心の前で折れ,無くなっている。この怒りの感情などに先生が気がついたら,そう考えるだけで頭が痛くなった。
だんだんと耳へ入る情報が少なくなってくる。右を見ても左を見ても人の心,心,心。それぞれ矢を放ったり,傷ついていたり。いつも見て見ぬふりをして,見ていなかったものが目に入ってしまう。
(気持ち悪い…)
無意識のうちに腕を握りしめていた。そこにはくっきりと爪痕ができてしまっている。自分でもびっくりした。まさかここまで人の心を見続けることが苦痛だったとは。いつもは何とか乗り切れる。だけど今回は駄目だった。冷汗が止まらない,外の情報が何一つとして聞こえてこない。何で今日は駄目なんだ,いつもは大丈夫なのに。家でだってそうだ,いつもは深く考えないことも考えて自分で自分の首を絞めた。
何で,何で?そんな疑問が頭を,埋め尽くす。いつの間にか視界も貧血を起こしたときのように白くなっている。それのおかげで心で埋まっていた視界が一時的に遮断された。ためていた息を吐く。すると外の声もだんだんと聞こえるようになってきた。
「―――川浪!」
「――!はい」
「お前らのクラスの番だ」
「あ」
周りを見渡すと左側にいたはずの二組は既におらず,私以外のクラスメイトは立っていた。いつの間にか先生の長い話は終わっていたようだ。クラスメイト達は一人立っていない私の事を不思議そうに見ている。
「すみません!」
急いで席を立ち,椅子を持つ。そのようすを見ると先頭は出口に向かって歩き出した。私はまた下を向く。それは一人違う行動をした羞恥心からか,はたまた人の心を,これ以上見たくないという自分への甘さか。まだ白く,視界の悪い中私は必死で前の人へとついて行った。

