夜明けの空と君への言葉の武器

 見慣れた道を小走りで走っていく。
 夏と比べてこの住宅街は,寒さのせいか一層静かに感じた。虫の音がしなくなったのが原因かもしれない。
 冷えた手を合わせ温めながら走っていると,古びた公園が見え始めた。

 「ごめーん!遅れた」

 「遅すぎるだろ」

 私が大声で叫ぶと公園内から声が聞こえる。
 急いで公園の入り口へと行くとそこには男の子が一人腕を組んで立っていた。夜明けの空のように様々な色をした心を持った人だ。

 「先生の話が長引いたんだよ」

 「それプラスどっかで道草食ってたんだろ」

 「……そんなわけないよ」

 「はぁー」

 下駄箱で会った女の子との会話は必要だった。うんそうだ,絶対に。

 「本当だって」

 私の言葉を信じない海斗に私は言う。

 「はいはい」

 「信じてないでしょ」

 「人の事をすぐ疑うのはどうかと思いまーす」

 からかうかのように話す海斗に今度は私がため息をついた。

 「どっかの誰かさんが必死こいて説得した通りに行動したせいで遅刻しただけなんですけど」

 「…じゃあ,仕方ねーか」

 後ろで腕を組みどこか満足気な海斗。
 少しの間世間話をすると海斗はポケットからスマホを取り出しとあるページを見せてきた。

 「そう言えばさ。翠,この前ここに行きたいって言ってたよな?」

 それは隣の市にある一つのカフェのホームページだった。金魚をモチーフにしており,金魚鉢に入った様々な種類の飲み物。たい焼きならぬ,金魚焼きの中にアイスが入っているものなどと見栄えがいいため,写真を撮りたがる学生達や実際に行った人達から味が美味しいと評判を集めている。私は陽鞠と一ヶ月前に行ったその場所を二ヶ月前くらいに海斗に話した事を思い出す。

 「今度の日曜日行かね?俺その日サッカー休みだから」

 目をキラキラとさせ話す海斗に私は思わずほおが緩む。
 海斗は少し前から隣の市のサッカークラブに入っている。父親と話をしたらしい。自分の事を心配してくれているのはわかる,だけどもう少しだけでいいから自分の事を見てほしいと。その結果,前までいた場所と違うところならと許可が出たそうだ。
 持ち前の明るさのおかげかすっかりチームに馴染んでいるらしく,よく話を聞く。

 「翠?」

 「……ああ,ごめんごめん。ちょっと考え事してた。――その日は暇だから行こ」

 海斗に声をかけられ私はやっと彼の質問に答える。

 「大丈夫か?」

 海斗はそう心配そうに言ってくる。私が考え事をしていたと言ったからだろう。

 「大丈夫だって。別にどうでもいいようなことだから」

 「いや,翠の大丈夫ほど信じられないものはないってことをこの数ヶ月で俺は学んだ」

 「心配性はめんどくさいよー」

 素直に話すことが出来ず少しひねくれた言い方で返してしまった。しかし彼は笑いながら素直じゃないと言う。

 「今日はどうする?」

 「明日までに課題あるし私は帰ろうかと思ってた。そっちは?」

 「奇遇だな俺も課題がある」

 「それじゃ,今日は大人しく帰ろうか」

 私達は数ヶ月前のように平日の公園で毎日話すということはなくなった。海斗がサッカーをするようになり,私も一つ趣味を見つけたからだ。
 私は最近花梨と編み物をし始めた。初めは地味だと文句を言っていた花梨は才能があったのか今では売り物のような作品を作り上げている。花梨は編み物をし始めた事によりゲームをする時間が少しだけ短くなった。
 それっぽい言葉を適当にあげるのではなく自分も悩み,考えた先に出た言葉を話すようにした。
 今でも心の傷は癒えてはいない。母さんも花梨も。父さんとの関係もそのままだ。だけど少しだけでも良い方へ流れていっていると私は信じている。
 海斗と毎日公園で話すことはなくなったが,私達は定期的にいつものベンチに腰をかける。今日のようにやる事があったり特段話すような話題がなければ解散。けれどやっぱりたまに静かな公園で話をしたくなる時がある。だから私達は放課後,この公園で過ごすかどうかは置いておき数分の間だけだとしても集まるようにしている。

 「帰るかー」

 「…だね」

 海斗は赤くなった手に息を吐きながら歩いていく。私もその少し後ろに位置するようにして歩く。
 先を歩く海斗の横には心がある。この目の事を人に話したからといって私の心が見える目の力は失われるなんてことは無かった。私は今日も明日も,学校で家で町中で心を見る。
 だけど以前のように苦しいわけではなかった。
 全ての心に目を向けるのではなく手の届く程度で軽く助けるようになった。知らない人の心はどうでもいいという冷たい人間のように感じるかもしれない。けれど私は知った。私が助けなくとももっと身近な人間が助ける事があると。私のように心が見えなくとも,人は助け合って生きていた。それに気づく事が出来たのはあの朝海斗によって視野が広くなったおかげであろう。

 「海斗」

 「なんだ?」

 私は彼の名前を呼ぶ。前を歩いていた海斗は不思議そうに私の方を向く。

 (相変わらず……色の多い心をしてるな)

 明るく見えて,考えすぎる杉山海斗という人間。そんな,私を救ってくれた幼馴染に私は笑った。

 「やっぱり何でもなーい」

 「なんだよ」

 海斗は呆れながらも笑った。
 一週間ほど前,彼が私に言った言葉を思い出し,まだ返事は出来ないなと思う。
 私が彼の気持ちに応えるためには,もう少し時間が必要だった。夜明けの空のように複雑で綺麗で優しい心を持った彼の横に並ぶためには。
 涼しい風が今日も私の背中を押す。嫌いだった夜明けの風は今では私の弱い背中を押している。

 【完】