「「さようなら」」

 教室内に生徒達の声が響き渡る。私もその声の一つとなり挨拶を済ますと,赤とオレンジのグラデーション柄をしたマスラーを首に巻いた。
 十二月。季節はすっかり冬を迎えており,家が学校から比較的近い場所にある私ですらマフラーを巻きたくなるようになった。

 「翠また明日ね!」

 「うん,また明日」

 陽鞠が少し離れた距離からそう手を振ってくる。私は席が離れてしまった陽鞠へ手を振り返す。陽鞠が出て行った扉の先には一人の男子が微笑みながら待っていた。彼の口は「遅い」と言っているように見える。
 その姿を見た私は少し急ぎながら荷物の少ないリュックを背負い,陽鞠が出て行った扉とは反対方向にある扉から教室を出て行った。
 廊下は生徒達で溢れている。その中にはやっぱり傷ついた心を持った人達が少なからずいた。
 私はそんな人混みに流されてしまわないよう,しっかりと前を向いて歩いて行く。
 目の前をナイフが走り去る。後ろを矢が通り過ぎる。その物達の行く末を私は目で追わない。
 下駄箱まで後少しのところで言葉の武器が人の心に刺さる瞬間を見た。心の持ち主は最近仲良くなり始めた大人しめなショートカットの女の子だった。少し先から再び言葉の武器が飛んでくる。
 一瞬,手を伸ばし武器を消そうとしたが寸前のところで手を止めた。
 私の目の前を通り過ぎた言葉の武器は彼女の心に突き刺さる。
 女の子の顔が少し歪んだ気がした。

 「咲ちゃん」

 私はその女の子に声をかけていた。彼女は私の顔を控えめに見る。

 「この間はありがとう。授業中,私あの問題わからなくてさ。助かった!」

 「…いや。私は別に大したことは……」

 自らを貶す彼女は小さな刃を自身の心の周りに生み出す。その刃が牙を剥く先は自身の心。

 「そんな事ないよ。私数学苦手だからすっごく助かった!」

 恥ずかしがらずに自分の本心を相手の目を見て伝える。私の言葉に彼女は少し驚いた顔をしながらも,頷いてくれた。
 これはきっと自分の自己満足。でも手の届く人の手はしっかりと握る。そう決めたのは他でもない自分自身なんだから。