夜明けの空と君への言葉の武器

 「何でも好きな物を頼んでいいからね」

 「えっと…はい」

 さっきまで暑い公園にいたはずの私は,クーラーのよく効いたカフェの中にいた。目の前に座るのは海斗のお母さん。はたして学校で口酸っぱく言われている『いかのおすし』は友達のお母さんでも注意しなければいけないのだろうか。注意しなければいけないのなら私は週明けの学校で先生に怒られることだろうな。
 半ば強引に公園から少し離れたこのカフェへと連れ込まれた私はなぜここに連れてこられたのかわからずにいた。
 少しずつ話していくうちに海斗のお母さんは,海斗がいないことを始めから知っていてあの公園に来ていたという事がわかった。何故かと聞く事は出来なかった。あの時今日は暇かと尋ねられた私は咄嗟に「はい」と返事をしてしまった事を早速後悔する。海斗のお母さんの顔を見ることは出来なかった。公園で見た,あの鋭い刃を持つナイフが囲んでいる心をもう一度見る度胸は残念ながら私は持ち合わせていなかったから。それのせいでもあるのか私は気を抜くことなど一切出来なかった。

 「翠ちゃん大きくなったねー。あんなに小さかったのに」

 「…はい」

 海斗のお母さんは定番のネタを話していく。私は「はい」や「そうですね」などといった当たり障りのない言葉を繰り返す。
 注文はどうするかと催促され,私は安く自分が飲めそうなコーラフロートを頼んだ。
 海斗のお母さんから質問されるのは最近元気にやっているかなどといった事ばかりで,わざわざカフェまでやってきた意味がわからなかった。

 「そう言えばさ」

 「………」

 少し話したところで海斗のお母さんはそんなふうに聞いてきた。小さなコップに入った水をぼんやりと眺めながら。今までとは雰囲気が少し変わったように感じた。けれどそれ以外は普通で,話の流れに合わせるような口調だ。
 私は下に向けていた視線を少し上へと向ける。
 海斗のお母さんが続きを話すため開けた口がスローモーションのように見えたのがわかった。

 「え…」

 目の前に座る女性の言ったことが理解できずに,口から小さな戸惑いが零れ出る。
 クーラの効いた店内で冷やされた頭に情報が送り込まれるのには少しの時間がかかった。しかし冷静になってゆく頭で考えれば考えるほど,まるで小説のような物語が生まれていく。海斗のお母さんは返答のない私に興味を失ったのか,再びどうでもいいような話をし始めた。しかし私の頭にそんな話は入ってこず思い浮かべたその話を頭の片隅に追いやることに夢中だった。