「行ってきまーす」
いつもより声のトーンを落として私は言う。中には寝起きの母さんとまだ夢の中にいる花梨がいるからだ。時刻はまだ朝の七時。学校に行く時間よりも全然早く,出かけると言ったら母さんに怪訝な顔をされた。だけどどうしても早く行きたかった私は珍しく母さんの機嫌が悪くなるのを無視して家を出た。
夏服らしくハーフパンツに半袖Tシャツを着てグレーのキャップを被る。
マンションの階段をリズム良く降りていき私が向かった場所はいつも海斗と会っているあの公園だった。私がいつも行く時は日が暮れ始めてきている時間帯なため,こうして太陽が活動し始めた明るい時間に来るのは何だかとても新鮮だった。
ベンチへと目を向けるがそこにはいつも手を降って笑顔で出迎えてくれる先客はいなかった。
予想していた事だったが私の心には何か一つパーツが足りていないように感じる。
誰も座っていないベンチに座るのは違和感しかなかったため体重をかけてしまえば壊れてしまいそうなブランコにそっと腰を下ろした。ブランコは嫌な音を奏でたが壊れはしなかった。
来てみたはいいものの何もすることがなく,ただ足をブラブラと動かす。
「……暇」
話し相手である海斗がいないだけで毎日来るのが楽しみとなっていた公園は,ただの錆びた公園となっていた。自分でも何で誰も居ないこの公園に来たのかわからない。ただ昨日話したあの会話が鮮明に頭に残り続けていて,家でジットしているなんて出来ずに何も考えないで飛び出してきただけだった。
海斗と話したい。中身のないくだらない話をしたい。それが一番楽しいのだから。家の事も言葉の武器の事も,ここでは忘れられる。何故ならここには家族はおらず,言葉の武器が飛び交うなんて物騒なことも起きないのだから。
私はそう考えた所でふっと笑った。
「私の幼馴染は……本当に凄いな」
海斗はついこの間まで何もなく,ただただ家と学校とを往復しているだけだった私にこの『古びた公園』という第三の居場所を作ってくれた。私のように習い事など外部で何もやっていない中学生にはまるで自分には家と学校しか生きていける場所はないようだった。そのどちらにも疲れてきていた私に心から安心する場所を海斗は作ってくれた。私はその事実を今更ながらに思い知った。
「休日は……何で来ないんだろう」
この公園で会う約束を半ば強引に決められた後,申し訳なさそうに話した海斗の顔を思い出す。彼には珍しくどこか遠慮がちに休日は予定があるからと話された。以前までだったらサッカーの練習や試合などがあるからだろうと理由を見つけられたが,サッカーは辞めたと話されている。他の習い事でも始めたのかもしれない。その可能性は十分にあるがサッカー命の人間がすぐに違う事に打ち込むとは思えなかった。しかし,いくら私が考えたって本人に直接聞くことはないのだから事実はわからない。
ぼんやりと考えているうちに登りかけだった太陽は空のてっぺんへと必死に近づいており暑さが増す。スマホに財布しか持ってきていない私は勿論水分補給するための飲み物は持っていない。このまま過ごせば熱中症になるかもしれない。それはマズイと思い私はブランコから立ち上がる。海斗が休日,公園に来ないのに関しては,この以上な暑さの中外に出るのは億劫だったからかも知れない。汗が滲み出した首元に手で風を送りながらそう思った。
確か公園の直ぐ側に自動販売機があったはずだ。公園と同じく,ところどころ錆びている自販機から出てきた飲み物を飲んでいいのかは怪しいが熱中症になるよりかはマシだろう。
そう思い私が公園の入り口へと歩き出したと同時だった。
「…へっ?」
思わずそんな声が口から飛び出した。何故なら古く人々の記憶からは忘れ去られてしまったようなこの公園に人が入ってきたからだ。黒い帽子で押さえつけられているのはケアの届いていないであろうショートヘア。帽子の色に対抗するかのように真っ白なゆったりとした白いワンピース。そして小さなリュックサックを背負った四十代前半の女性だ。
そして私にはその顔に見覚えがあった。何年も見かけていなかったが,彼女のショートヘアが昔の記憶にいる顔と一致していた。
「海斗のお母さん…?」
「……翠ちゃん?」
公園に入ってきた謎の人物は海斗のお母さんであった。私の言葉に相手も私の事が誰だか認識したようで昔よりも低い声で私の名を呼ぶ。
昔に見た彼女は笑顔が多く明るいイメージだったが,その顔はやつれていて覇気を感じなかった。
どうして海斗のお母さんがこの公園に来たのだろうか。海斗は休日,この公園には来ない。海斗がお母さんにこの公園で私と会っていることを話していて気になったから来たというわけではないはず。
私が戸惑っていると海斗のお母さんはさっきと打って変わって昔と同じ笑顔を作った。
「翠ちゃん。今日って何か予定ある?」
その声は甘ったるかった。私は自然と視線を彼女の隣へと移す。そこには黒く濃い靄がかかり,近づいたものを突き刺すようにナイフに囲まれた心があった。
いつもより声のトーンを落として私は言う。中には寝起きの母さんとまだ夢の中にいる花梨がいるからだ。時刻はまだ朝の七時。学校に行く時間よりも全然早く,出かけると言ったら母さんに怪訝な顔をされた。だけどどうしても早く行きたかった私は珍しく母さんの機嫌が悪くなるのを無視して家を出た。
夏服らしくハーフパンツに半袖Tシャツを着てグレーのキャップを被る。
マンションの階段をリズム良く降りていき私が向かった場所はいつも海斗と会っているあの公園だった。私がいつも行く時は日が暮れ始めてきている時間帯なため,こうして太陽が活動し始めた明るい時間に来るのは何だかとても新鮮だった。
ベンチへと目を向けるがそこにはいつも手を降って笑顔で出迎えてくれる先客はいなかった。
予想していた事だったが私の心には何か一つパーツが足りていないように感じる。
誰も座っていないベンチに座るのは違和感しかなかったため体重をかけてしまえば壊れてしまいそうなブランコにそっと腰を下ろした。ブランコは嫌な音を奏でたが壊れはしなかった。
来てみたはいいものの何もすることがなく,ただ足をブラブラと動かす。
「……暇」
話し相手である海斗がいないだけで毎日来るのが楽しみとなっていた公園は,ただの錆びた公園となっていた。自分でも何で誰も居ないこの公園に来たのかわからない。ただ昨日話したあの会話が鮮明に頭に残り続けていて,家でジットしているなんて出来ずに何も考えないで飛び出してきただけだった。
海斗と話したい。中身のないくだらない話をしたい。それが一番楽しいのだから。家の事も言葉の武器の事も,ここでは忘れられる。何故ならここには家族はおらず,言葉の武器が飛び交うなんて物騒なことも起きないのだから。
私はそう考えた所でふっと笑った。
「私の幼馴染は……本当に凄いな」
海斗はついこの間まで何もなく,ただただ家と学校とを往復しているだけだった私にこの『古びた公園』という第三の居場所を作ってくれた。私のように習い事など外部で何もやっていない中学生にはまるで自分には家と学校しか生きていける場所はないようだった。そのどちらにも疲れてきていた私に心から安心する場所を海斗は作ってくれた。私はその事実を今更ながらに思い知った。
「休日は……何で来ないんだろう」
この公園で会う約束を半ば強引に決められた後,申し訳なさそうに話した海斗の顔を思い出す。彼には珍しくどこか遠慮がちに休日は予定があるからと話された。以前までだったらサッカーの練習や試合などがあるからだろうと理由を見つけられたが,サッカーは辞めたと話されている。他の習い事でも始めたのかもしれない。その可能性は十分にあるがサッカー命の人間がすぐに違う事に打ち込むとは思えなかった。しかし,いくら私が考えたって本人に直接聞くことはないのだから事実はわからない。
ぼんやりと考えているうちに登りかけだった太陽は空のてっぺんへと必死に近づいており暑さが増す。スマホに財布しか持ってきていない私は勿論水分補給するための飲み物は持っていない。このまま過ごせば熱中症になるかもしれない。それはマズイと思い私はブランコから立ち上がる。海斗が休日,公園に来ないのに関しては,この以上な暑さの中外に出るのは億劫だったからかも知れない。汗が滲み出した首元に手で風を送りながらそう思った。
確か公園の直ぐ側に自動販売機があったはずだ。公園と同じく,ところどころ錆びている自販機から出てきた飲み物を飲んでいいのかは怪しいが熱中症になるよりかはマシだろう。
そう思い私が公園の入り口へと歩き出したと同時だった。
「…へっ?」
思わずそんな声が口から飛び出した。何故なら古く人々の記憶からは忘れ去られてしまったようなこの公園に人が入ってきたからだ。黒い帽子で押さえつけられているのはケアの届いていないであろうショートヘア。帽子の色に対抗するかのように真っ白なゆったりとした白いワンピース。そして小さなリュックサックを背負った四十代前半の女性だ。
そして私にはその顔に見覚えがあった。何年も見かけていなかったが,彼女のショートヘアが昔の記憶にいる顔と一致していた。
「海斗のお母さん…?」
「……翠ちゃん?」
公園に入ってきた謎の人物は海斗のお母さんであった。私の言葉に相手も私の事が誰だか認識したようで昔よりも低い声で私の名を呼ぶ。
昔に見た彼女は笑顔が多く明るいイメージだったが,その顔はやつれていて覇気を感じなかった。
どうして海斗のお母さんがこの公園に来たのだろうか。海斗は休日,この公園には来ない。海斗がお母さんにこの公園で私と会っていることを話していて気になったから来たというわけではないはず。
私が戸惑っていると海斗のお母さんはさっきと打って変わって昔と同じ笑顔を作った。
「翠ちゃん。今日って何か予定ある?」
その声は甘ったるかった。私は自然と視線を彼女の隣へと移す。そこには黒く濃い靄がかかり,近づいたものを突き刺すようにナイフに囲まれた心があった。



