海斗との勉強会を始めてから二週間以上が経ち,ついに期末が終わった。海斗の出来具合は――やる気だけは十分だった。でも全教科半分以下なんて点数にはならないだろう。
私は今日も公園へと行く。私のクラスでは今日,理科,社会そして数学のテストが返されていた。公園に行くといつものベンチに海斗が座っている。
「よし,勝負ね海斗」
「開口一番の挨拶がそれかよ。ま,数学は勝った気しかしない」
自信満々に言う海斗。これは数学のテストかなり良かったな。私はと言うと今回の数学はボロボロだった。多分過去一低い点数。もしかしたら海斗に負けているかもしれない。そう思いながら私達は勝負を始める。
海斗のクラスでは私と同じく理科,シャイそして数学が返されたらしい。
「まず何から行く?」
「取り敢えずは社会からだろ」
私は持ってきていた社会の答案用紙を海斗に見られないように取り出す。私の苦手教科である数学。海斗の苦手教科である理科は後でのお楽しみとなった。
「よし,いくぞ。せーの」
同時に答案をひっくり返す。私の答案には八十六点の文字。そして海斗の答案には七十五点の文字。
「はい,勝ったー!」
「高すぎだろ!」
負けた海斗は,悔しそうに頭を膝に埋める。きっと彼の過去最高得点であった社会のテストは私の勝利で終わった。
「にしても海斗点数上がったじゃん」
「過去一点数良かったのに…」
「残念だったね。私,社会得意なんだよ」
「くっそ…」
残念そうにする海斗を見て私は思わず笑った。
「笑うなよ!」
「だって面白いんだもん。どんだけ悔しがるの」
「よーし次は数学な!」
海斗は大笑いする私にニヤッと笑いながら言った。その表情を見た瞬間私の笑いも何処かへ引っ込む。
海斗は社会の答案を戻し,代わりに数学の答案を取り出す。
「俺八十点!」
「八十!?」
自信満々に言ってきた海斗の答案には彼の言った通り八十の文字が大きく書かれていた。
まさか海斗がこんな高い点数を取ると思っていなかった私は驚く。海斗といったら全教科半分以下の点数を取っているイメージしかなかったから。
「カンニングでもした?」
「失礼だな。翠に勝てそうな数学は他の教科の倍勉強したんだよ」
「そっちこそ失礼じゃん」
「それで?そっちは」
海斗はニヤニヤしながら言ってくる。
「……よーし次は理科にしよー」
「待て待て数学は?」
「私,日本語わからない」
首を振る私に海斗はニヤニヤしながら見せろよと言ってくる。こいつ,完全に楽しんでる。
これは見せないと終わらないと思い私は覚悟を決め,答案を取り出す。
「四十点ー!まさかの半分以下!」
「煽るな!」
私の答案を見て大笑いする海斗。私は急いで答案をしまう。普段煽ることなんて出来ないからか,海斗はそれは,それは煽ってくる。
「いっつも俺には点数低いとか言ってくるくせに自分だって取れてないじゃねーか」
「何言ってんの。海斗は全体的に低いでしょ?私は数学以外平均点以上だからいいんだよ」
「そういうもんか!?」
私はウンウンと頷く。海斗はそう少し不満そうな顔をした。
「あーあ,翠の家は頭いいなー。確か妹も頭良くなかったっけ?」
私は海斗の言葉に笑っていたはずの顔から表情が抜けるのがわかった。まさか海斗から花梨の名前が出てくるとは思わず何も言えなくなった。二週間前,花梨と話したあの夜が鮮明に思い出される。
「……翠?」
私のようすに違和感を感じた海斗が話しかけてくる。別に海斗は何も知らず,悪気もなく言った言葉なはずなのに。私にはそれが母さんが言う言葉と似ているように感じた。
『せっかく頭がいいんだから』
いや,似てるんじゃない。同じだ。母さんは花梨にそう言っていた。あの日,花梨と話してからずっと思っていた。母さんは花梨の何を見ていたんだろう。私のあの言葉はただの自己満で花梨をもっと追い詰めることになったんじゃないか。せっかくこの場所では家での事を忘れられてたのに,思い出さないようにしてたのに。何で思い出したんだろう。
「翠!」
海斗の声に我に返る。目の前には心配そうに見てくる海斗の姿があった。
「…大丈夫か?」
「……あ,うん。ごめんごめん」
顔の前で手を振り,何もない事を表す。けれど海斗には何でもお見通しだったらしい。
「あー。………さっきの俺の発言がやばかったか?」
頬をかきながら,どこか遠慮するようなようすで言ってくる海斗。
いつも明るく笑ってるくせに何でこういう時は笑い飛ばさないんだろう。だから私が笑ってやることにする。
「全然!確かにって思っただけ」
自分で話していて,まるで家にいる時の自分みたいだなと思う。ここで家の時の自分になるのは違和感がある。海斗にいつも違うと事に気付かれないかと内心ヒヤヒヤとする。私が笑って明るく言ったのにも関わらず,海斗は真面目な顔をしたままで慎重に話し出す。
「……俺がこの公園に集まるように言ったのはお前が変な怪我するし,色々溜め込んでそうだったからだ」
「…そーいえば,そんな事言ってたね」
この公園に集まるようになって一ヶ月が経っていた。今ではここで集まる事が当たり前となっていたが,少し前までは当たり前なんかではなかった。そう思うとやっぱり海斗には感謝しかない。だけど変なふうに探りを入れてくるのは辞めてほしい。
「なあ,何かあったんだろ。それも家かなんかで」
「別に」
まるで心を読まれているようで,私は慌てて否定する。海斗はここぞとばかりにどんどん話し出す。
「俺,そんな頼りないか?」
「そんな事ない!」
海斗が何処か自虐するように言ったため私は今日一番の声を出した。こんなにも助けてもらっているのにそう思わせるわけにはいかない。
「ただ……少し疲れただけ」
気づいたら私はそう口にしていた。海斗もまさか私が話すとは思わなかったのか目を丸くしている。口に出したからには話さないわけにはいかない。やってしまったと思いながら私は途切れ途切れになりながらも小さな声で話し始めた。
「…花梨がね……数年前から不登校なんだ」
「花梨って……確か妹の」
「そう」
私は海斗の顔は見れず,前にある古びたブランコを見つめる。
「別に,花梨が不登校だからって何も思わないよ。…普通だから。学校に行ってないこと以外は。………だけど母さんは違うっぽくて,ずーと行け行けって言っててる。花梨の気持ちなんてなーんにもわかってないし見えてないのに。……勿論私も」
「…そう思えるんだったら見えてるんじゃねーの?」
「……どうかね」
何年も見て見ぬふりをしていた。なのにしっかりと見てきたような口ぶりになってしまったと後悔した。
「…なんか,親って子供を理解してくれているって言うけどそんなん全部嘘なんだよって世界から言われてるみたいだなーって。そう思えてきちゃって」
どうしてかなって私は笑う。海斗にここまで話すとは思わなくて,自分の口はどれだけ動くんだろうと不思議になる。私がこれで終わりというように黙ると冷たい風が顔に飛び込んできた。
ほら,世界がそうだよって頷いてる。親は何も子供の事を見てないって。数分間どちらも話さなかった。ただ,静かで冷たい空間があるだけだった。そこで声を出したのは海斗の方だった。
「…親も人間だからな……結局自分しか見てない。子供なんて二の次だ」
「…海斗でもそう思う事があるんだ」
親から無償の愛を受けているような海斗にもそういう考えを持っているんだと私は思った。てっきり,何言ってんだよとか言ってくるもんだと思っていた私は意外だと心の中で思った。私の言葉に海斗は呆れたように笑うと話を続ける。
「親は…まるで小さな子供みたいだな。あれじゃどっちが子供で親かわからなくなる」
何処か遠くを見つめ,話す海斗の横顔はいつもの幼い子供の顔ではなく,大人びた顔をしていた。まるで全てを知ってしまった大人のような。そんな顔だ。
「海斗も…家で何かあったの?」
気づいたら私の口からはそんな言葉がこぼれていた。
すると,海斗は目を開きどこか慌てるように話す。
「別に……柄にもなく本を読んだせいだ」
「ふーん」
私は興味なさそうに言ってあげる。海斗のようすが言い訳を考える子供のようで少し笑った。
「何で笑った!?」
「子供だなって」
「中学生は子供だけど」
「……そうだね」
中学生は子供だ。それが当たり前だが,嫌だなと思う。一人で責任なんか取れなくて,どこに行くにも親がつきまとう。外では親の顔をするのに,家ではどっちが親の立場かわからなくなるなんて,親という立場は都合が良すぎる。親は,そうやって親の仮面を被って過ごす。だから親でも何でもない,私達は様々な仮面を被って過ごした。
花梨は,明るい優等生を。陽鞠はいじめられなんかしていない,可愛い中学生を。私は平凡な中学生,そしていつでも明るい娘を。海斗もきっと仮面をかぶっている。
だけどそれを無理に剥がしはしない。今日みたいに仮面の下を少し覗くだけで,それだけに収めておく。
空は夕日に染まり,隣には綺麗な朝日が浮いていた。
初めて,日が沈むまで公園にいた日だった。
私は今日も公園へと行く。私のクラスでは今日,理科,社会そして数学のテストが返されていた。公園に行くといつものベンチに海斗が座っている。
「よし,勝負ね海斗」
「開口一番の挨拶がそれかよ。ま,数学は勝った気しかしない」
自信満々に言う海斗。これは数学のテストかなり良かったな。私はと言うと今回の数学はボロボロだった。多分過去一低い点数。もしかしたら海斗に負けているかもしれない。そう思いながら私達は勝負を始める。
海斗のクラスでは私と同じく理科,シャイそして数学が返されたらしい。
「まず何から行く?」
「取り敢えずは社会からだろ」
私は持ってきていた社会の答案用紙を海斗に見られないように取り出す。私の苦手教科である数学。海斗の苦手教科である理科は後でのお楽しみとなった。
「よし,いくぞ。せーの」
同時に答案をひっくり返す。私の答案には八十六点の文字。そして海斗の答案には七十五点の文字。
「はい,勝ったー!」
「高すぎだろ!」
負けた海斗は,悔しそうに頭を膝に埋める。きっと彼の過去最高得点であった社会のテストは私の勝利で終わった。
「にしても海斗点数上がったじゃん」
「過去一点数良かったのに…」
「残念だったね。私,社会得意なんだよ」
「くっそ…」
残念そうにする海斗を見て私は思わず笑った。
「笑うなよ!」
「だって面白いんだもん。どんだけ悔しがるの」
「よーし次は数学な!」
海斗は大笑いする私にニヤッと笑いながら言った。その表情を見た瞬間私の笑いも何処かへ引っ込む。
海斗は社会の答案を戻し,代わりに数学の答案を取り出す。
「俺八十点!」
「八十!?」
自信満々に言ってきた海斗の答案には彼の言った通り八十の文字が大きく書かれていた。
まさか海斗がこんな高い点数を取ると思っていなかった私は驚く。海斗といったら全教科半分以下の点数を取っているイメージしかなかったから。
「カンニングでもした?」
「失礼だな。翠に勝てそうな数学は他の教科の倍勉強したんだよ」
「そっちこそ失礼じゃん」
「それで?そっちは」
海斗はニヤニヤしながら言ってくる。
「……よーし次は理科にしよー」
「待て待て数学は?」
「私,日本語わからない」
首を振る私に海斗はニヤニヤしながら見せろよと言ってくる。こいつ,完全に楽しんでる。
これは見せないと終わらないと思い私は覚悟を決め,答案を取り出す。
「四十点ー!まさかの半分以下!」
「煽るな!」
私の答案を見て大笑いする海斗。私は急いで答案をしまう。普段煽ることなんて出来ないからか,海斗はそれは,それは煽ってくる。
「いっつも俺には点数低いとか言ってくるくせに自分だって取れてないじゃねーか」
「何言ってんの。海斗は全体的に低いでしょ?私は数学以外平均点以上だからいいんだよ」
「そういうもんか!?」
私はウンウンと頷く。海斗はそう少し不満そうな顔をした。
「あーあ,翠の家は頭いいなー。確か妹も頭良くなかったっけ?」
私は海斗の言葉に笑っていたはずの顔から表情が抜けるのがわかった。まさか海斗から花梨の名前が出てくるとは思わず何も言えなくなった。二週間前,花梨と話したあの夜が鮮明に思い出される。
「……翠?」
私のようすに違和感を感じた海斗が話しかけてくる。別に海斗は何も知らず,悪気もなく言った言葉なはずなのに。私にはそれが母さんが言う言葉と似ているように感じた。
『せっかく頭がいいんだから』
いや,似てるんじゃない。同じだ。母さんは花梨にそう言っていた。あの日,花梨と話してからずっと思っていた。母さんは花梨の何を見ていたんだろう。私のあの言葉はただの自己満で花梨をもっと追い詰めることになったんじゃないか。せっかくこの場所では家での事を忘れられてたのに,思い出さないようにしてたのに。何で思い出したんだろう。
「翠!」
海斗の声に我に返る。目の前には心配そうに見てくる海斗の姿があった。
「…大丈夫か?」
「……あ,うん。ごめんごめん」
顔の前で手を振り,何もない事を表す。けれど海斗には何でもお見通しだったらしい。
「あー。………さっきの俺の発言がやばかったか?」
頬をかきながら,どこか遠慮するようなようすで言ってくる海斗。
いつも明るく笑ってるくせに何でこういう時は笑い飛ばさないんだろう。だから私が笑ってやることにする。
「全然!確かにって思っただけ」
自分で話していて,まるで家にいる時の自分みたいだなと思う。ここで家の時の自分になるのは違和感がある。海斗にいつも違うと事に気付かれないかと内心ヒヤヒヤとする。私が笑って明るく言ったのにも関わらず,海斗は真面目な顔をしたままで慎重に話し出す。
「……俺がこの公園に集まるように言ったのはお前が変な怪我するし,色々溜め込んでそうだったからだ」
「…そーいえば,そんな事言ってたね」
この公園に集まるようになって一ヶ月が経っていた。今ではここで集まる事が当たり前となっていたが,少し前までは当たり前なんかではなかった。そう思うとやっぱり海斗には感謝しかない。だけど変なふうに探りを入れてくるのは辞めてほしい。
「なあ,何かあったんだろ。それも家かなんかで」
「別に」
まるで心を読まれているようで,私は慌てて否定する。海斗はここぞとばかりにどんどん話し出す。
「俺,そんな頼りないか?」
「そんな事ない!」
海斗が何処か自虐するように言ったため私は今日一番の声を出した。こんなにも助けてもらっているのにそう思わせるわけにはいかない。
「ただ……少し疲れただけ」
気づいたら私はそう口にしていた。海斗もまさか私が話すとは思わなかったのか目を丸くしている。口に出したからには話さないわけにはいかない。やってしまったと思いながら私は途切れ途切れになりながらも小さな声で話し始めた。
「…花梨がね……数年前から不登校なんだ」
「花梨って……確か妹の」
「そう」
私は海斗の顔は見れず,前にある古びたブランコを見つめる。
「別に,花梨が不登校だからって何も思わないよ。…普通だから。学校に行ってないこと以外は。………だけど母さんは違うっぽくて,ずーと行け行けって言っててる。花梨の気持ちなんてなーんにもわかってないし見えてないのに。……勿論私も」
「…そう思えるんだったら見えてるんじゃねーの?」
「……どうかね」
何年も見て見ぬふりをしていた。なのにしっかりと見てきたような口ぶりになってしまったと後悔した。
「…なんか,親って子供を理解してくれているって言うけどそんなん全部嘘なんだよって世界から言われてるみたいだなーって。そう思えてきちゃって」
どうしてかなって私は笑う。海斗にここまで話すとは思わなくて,自分の口はどれだけ動くんだろうと不思議になる。私がこれで終わりというように黙ると冷たい風が顔に飛び込んできた。
ほら,世界がそうだよって頷いてる。親は何も子供の事を見てないって。数分間どちらも話さなかった。ただ,静かで冷たい空間があるだけだった。そこで声を出したのは海斗の方だった。
「…親も人間だからな……結局自分しか見てない。子供なんて二の次だ」
「…海斗でもそう思う事があるんだ」
親から無償の愛を受けているような海斗にもそういう考えを持っているんだと私は思った。てっきり,何言ってんだよとか言ってくるもんだと思っていた私は意外だと心の中で思った。私の言葉に海斗は呆れたように笑うと話を続ける。
「親は…まるで小さな子供みたいだな。あれじゃどっちが子供で親かわからなくなる」
何処か遠くを見つめ,話す海斗の横顔はいつもの幼い子供の顔ではなく,大人びた顔をしていた。まるで全てを知ってしまった大人のような。そんな顔だ。
「海斗も…家で何かあったの?」
気づいたら私の口からはそんな言葉がこぼれていた。
すると,海斗は目を開きどこか慌てるように話す。
「別に……柄にもなく本を読んだせいだ」
「ふーん」
私は興味なさそうに言ってあげる。海斗のようすが言い訳を考える子供のようで少し笑った。
「何で笑った!?」
「子供だなって」
「中学生は子供だけど」
「……そうだね」
中学生は子供だ。それが当たり前だが,嫌だなと思う。一人で責任なんか取れなくて,どこに行くにも親がつきまとう。外では親の顔をするのに,家ではどっちが親の立場かわからなくなるなんて,親という立場は都合が良すぎる。親は,そうやって親の仮面を被って過ごす。だから親でも何でもない,私達は様々な仮面を被って過ごした。
花梨は,明るい優等生を。陽鞠はいじめられなんかしていない,可愛い中学生を。私は平凡な中学生,そしていつでも明るい娘を。海斗もきっと仮面をかぶっている。
だけどそれを無理に剥がしはしない。今日みたいに仮面の下を少し覗くだけで,それだけに収めておく。
空は夕日に染まり,隣には綺麗な朝日が浮いていた。
初めて,日が沈むまで公園にいた日だった。

