陽鞠が湿布を貼ってから二日がたった。その間,私達が言葉を交わすことは一度もなかった。周りの友達からは喧嘩でもしたの,と言われたが私にはあれが喧嘩だったのかはわからない。
 陽鞠はいじめを受けているのではないか。
 この二日間ずっとその考えだけが頭を支配していた。昔の花梨のようすを思い出せば出すほど陽鞠はあの頃の花梨と似ている。だからいじめられてるなんて決めつけるわけではないが,やっぱりその線を追ってしまう。

 「翠。これ食べるか?」

 「……あ,うん。ありがと」

 その日もいつものように海斗と公園で会っていた。海斗から貰ったチロルチョコを口に放り込む。懐かしい甘い味がした。甘い食べ物はリラックス効果があるらしく,何故か定期的に海斗がくれる。

 「翠,お前なんか最近あったか?」

 「え…」

 チョコを渡してから海斗がそう言った。いつもと違う事なんて何もしていなかったのに何故か見破られた。陽鞠の事についてまではわかっていないようだが,私が何かに悩んでいる事には気がついたらしい。
 そろそろ本格的にストーカーなのではないかと疑ってくる。それ程までに海斗は私について理解している気がした。

 「……まあね。少しだけ」

 「話す気は?」

 「んー」

 これはただの私の予想。陽鞠はもしかしたらいじめられてなんかいないのかもしれない。そんな中私が勝手に考えた話を誰かに聞かせるのは駄目だろう。

 「話す気はないかな」

 だからそう答えた。海斗も無理に聞くつもりはないようでそれ以上は聞かなかった。

 「そうか。―――じゃあ俺の話を一つ聞いてくれよ」

 私が話さなかった代わりに海斗が話し始める。私はそんな声に耳を貸した。

 「俺が最近,良く話す奴がさ,なーんか落ち込んでて。それとなく聞いてみたわけなんだよ」

 友達の悩み。私が今悩んでいる事と同じだった。

 「そしたらさ,そいつには同い年の女子の幼馴染がいるらしくて,それこさ俺達みたいな。あいつが言うには可愛くてポニテが似合う奴らしい」

 ポニテが似合う。私は海斗の友達の幼馴染はきっと陽鞠のような女の子何だろうなと思う。彼女の癖っ毛髪をポニーテールへとした姿は周りの女子の何倍も似合ってみせた。

 「いつもは一緒に帰ったりしているみたいだけど,ここ数週間は一緒に帰るのを嫌がっているみたいなんだとよ。それどころか学校で声をかけようとしても避けてくるらしい。確か,翠と同じで三組の奴だったと思う」

 「うちのクラス…?」

 うちのクラス。ポニーテールが似合う可愛い女子。
 点と点が繋がるというのはこういう事なんだろう。私の心の中に一つの名前が浮かび上がった。

 「確か名前が――」

 「村宮陽鞠」

 「そう!それ」

 良くわかったなと海斗が言う。そりゃあわかるに決まってる。なんせここ二ヶ月ずっと一緒にいたんだから。まさか海斗へ話さなかった話に出てくる人物の名が海斗の口からの出てくるとは思わなかった。私は少しの間驚き言葉を失っていた。数秒たってから頭がようやく動き出して,気づいたら海斗へ言っていた。

 「海斗。さっきの話,詳しく話して」

 海斗からの話を聞いて私の予想は更に強くなった。幼馴染への態度の変化,そして変化があったのはここ数週間。偶然というには少し重なりすぎている。幼馴染ですらそうなるのであれば,やっぱり何か陽鞠は大きな事を隠している。

 「わかった」

 私の本気が伝わったのか海斗は当時の会話を思い出しながら話し始めた。

 「あいつの…神山渉(かみやまわたる)の幼馴染の名前は村宮陽鞠。いつも学校から一緒に帰っていたけど,二週間くらい前から一緒に帰れないって断られてる。何度も理由を聞いたけど何一つ教えてくれない」

 「二週間前…」

 確か陽鞠に矢を当ててくる女子達が来たのもその辺りからだ。
 そうなると,陽鞠はその神山って男の子と一緒にいる所を見られたくなかった?

 「海斗,その神山っていうのはどんな人?」

 「あー,渉は…何だろうな…ムードメーカーていうか,明るい奴だな。運動神経も案外良かったはず。サッカーは俺の方がうまかったけど!―――後は,言ってもいいかわかんねーけど,どっかのクラスの女子に告られたとか言ってた。断ったらしいけど」

 「………そういう事か」

 私は最後に海斗が放った言葉で全て,わかってしまった。花梨がいじめにあっていた事を知った時と同じ感覚だった。
 こんな少ない情報で考えついた答えだったが私にはそれが真実だと思えた。人は簡単な理由で人をいじめる。それこそ,どうでもいいような逆にどうしてそこに目を付けたのか質問したいような理由だ。人生,十年程度しか生きていない中学生が恋が少し失敗しただけでで人をいじめるなんて。何て馬鹿な奴らなんだろう。