妹の花梨のようすは,今思えば小学二年生の二学期辺りからおかしくなっていた。
あの頃の私は人の心を見ることに今ほど嫌なイメージを抱いていなかった。だからあの日見てしまった。花梨の心に一本の果物ナイフが刺さっている所を。
「大丈夫?!」
「え」
あの日私は,花梨の心を見て反射的に言ってしまった。勿論花梨は私が心を見ることが出来るとは知らない。目を丸くして,突然心配していた姉に驚いているようだった。
「学校で何かあったの?」
私が出来るだけ優しくそう言うと花梨は笑顔を作り
「なんもないよ」
そう笑った。周りよりも少し大人びていた花梨だったからこそだろう,それでも心配する私に「給食のゼリーじゃんけんに負けたことかな」と言葉を付け加え私を安心させようとしてくれた。そして花梨と比べまだ心が幼かった私はその言葉を真に受けてしまったのだ。幼かったなんて言っても当事,私は五年生だった。もう少し人の発言に疑いを持って行動は出来なかったんだろうか。
花梨の心に果物ナイフが刺さってからの数日間,花梨は心に傷を増やしていった。かすり傷のようなものもあればナイフで差した後,それを抜いたような傷,手で割いてしまえそうなほど深くまで刺さっていたもの。見ていて痛々しいものばかりだった。その度に私はやっぱり心配の声を掛けた。
「花梨,最近なんかあった?」
「大丈夫」
「いつでも相談してよね」
「うん!ありがと翠」
でもやっぱり花梨はそう笑うだけだった。母さんに相談しようとしたが,それも全部止められた。父さんはその頃から家にはあまり帰っこなかったので相談のしようがなかった。だから,私はそれを言い訳にし何一つとして行動へ移さなかった。
そこから更に二.三ヶ月が経った日。花梨は腕に,足に痣を作って帰ってきた。
「花梨!?どうしたの」
私はそんな花梨に酷く驚いた事を覚えている。
「……転んだんだ。やっちゃったよ」
そんな時でもやっぱり花梨は笑っていた。でも心を見るとボロボロでこれが心だということすらわからなかった。
「どうしたの!?」
その日はたまたま母さんも家にいて,ボロボロな姿で帰ってきた娘に驚きながらも心配の声を上げた。
「誰にやられたの!」
「こ,転んだんだだけ――」
「嘘つかないで!」
すごい剣幕で花梨に言う母さんに少しの恐怖を感じた。目を見開いて,静かな部屋に声を響かせる。花梨は何も言わない。私は何が何だかわからなかった。唯一わかったのはビリビリと音を立て花梨の心が壊れたことだけだった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーーー!!!?!!」
それと同時に花梨は叫び出した。全てを投げ出すように,痣が地面に当たるのを気にせずに両足を投げ出し暴れ出した。叫び声に床を叩く音,母さんのなだめる声が頭に強く残っている。
あの後母さんが学校へと怒鳴り込んだことで,花梨が数人の女子グループからいじめを受けていたことが判明した。帰り道,人通りの少ない道で行われた陰湿なものだった。
三年生に入った春。花梨は学校へは行かないという選択を取った。いじめっ子達は全員別のクラスに移されていたが,花梨は学校へは行かないと言った。
私は別にそれでいいと思った。これは花梨の人生だから,自分で選択してその道を選んだのなら別に何も言わない。けれど母は違ったようだった。学校へ行けと直接は,言わないが「花梨のためにはなる」「友達がいないわけではないでしょ」そう,何度も言っているのを私は聞いてしまった。それが遠回しに学校へ行けと私には聞こえた。私は別にいいけど,後で困るのは貴方なんだからね。その言葉が家で毎日のように繰り返された。きっと母さんも限界だったのだろう。家の事を見ない放任主義者の父。ボーとしていて家事も何もしない,少し暗い娘。そして唯一,明るく学校の人気者であった花梨が壊れ,母の中でも何かが壊れた。家の空気が重くなり,家族の心がそれぞれ壊れていく。時には家族同時で言葉の武器を持ち,傷つけあった。そこからだ,私が人の心を見ることがこんなにも怖くなったのは。花梨の心が壊れる音,母さんの心が壊れる音,武器が飛び回る音。
あの時,私がもっとしっかりと話を聞いていれば何か違ったのかもしれない。
誤魔化す花梨の手を引き,何なら花梨のクラスまで行ってみても良かった。でも私は何一つとして行動には移さなかった。話を聞くとだけ言っておいて,何もしなかった。私は今になってわかった。人は自分の心の内を他人へ話すにはとてつもない勇気がいて,とてつもない格闘をしなければならないと。
家族を戻したい,以前のようにとまではいかなくても息が少しでもしやすくなりたい。そんな一心で私は家で明るく過ごしてきた。花梨に代わるように。でも結局,家族はカサブタを作り壊しての繰り返し。そんな私が昔の妹のような状況である友達に救いの手を伸ばすことなんて果たして出来るのだろうか。
あの頃の私は人の心を見ることに今ほど嫌なイメージを抱いていなかった。だからあの日見てしまった。花梨の心に一本の果物ナイフが刺さっている所を。
「大丈夫?!」
「え」
あの日私は,花梨の心を見て反射的に言ってしまった。勿論花梨は私が心を見ることが出来るとは知らない。目を丸くして,突然心配していた姉に驚いているようだった。
「学校で何かあったの?」
私が出来るだけ優しくそう言うと花梨は笑顔を作り
「なんもないよ」
そう笑った。周りよりも少し大人びていた花梨だったからこそだろう,それでも心配する私に「給食のゼリーじゃんけんに負けたことかな」と言葉を付け加え私を安心させようとしてくれた。そして花梨と比べまだ心が幼かった私はその言葉を真に受けてしまったのだ。幼かったなんて言っても当事,私は五年生だった。もう少し人の発言に疑いを持って行動は出来なかったんだろうか。
花梨の心に果物ナイフが刺さってからの数日間,花梨は心に傷を増やしていった。かすり傷のようなものもあればナイフで差した後,それを抜いたような傷,手で割いてしまえそうなほど深くまで刺さっていたもの。見ていて痛々しいものばかりだった。その度に私はやっぱり心配の声を掛けた。
「花梨,最近なんかあった?」
「大丈夫」
「いつでも相談してよね」
「うん!ありがと翠」
でもやっぱり花梨はそう笑うだけだった。母さんに相談しようとしたが,それも全部止められた。父さんはその頃から家にはあまり帰っこなかったので相談のしようがなかった。だから,私はそれを言い訳にし何一つとして行動へ移さなかった。
そこから更に二.三ヶ月が経った日。花梨は腕に,足に痣を作って帰ってきた。
「花梨!?どうしたの」
私はそんな花梨に酷く驚いた事を覚えている。
「……転んだんだ。やっちゃったよ」
そんな時でもやっぱり花梨は笑っていた。でも心を見るとボロボロでこれが心だということすらわからなかった。
「どうしたの!?」
その日はたまたま母さんも家にいて,ボロボロな姿で帰ってきた娘に驚きながらも心配の声を上げた。
「誰にやられたの!」
「こ,転んだんだだけ――」
「嘘つかないで!」
すごい剣幕で花梨に言う母さんに少しの恐怖を感じた。目を見開いて,静かな部屋に声を響かせる。花梨は何も言わない。私は何が何だかわからなかった。唯一わかったのはビリビリと音を立て花梨の心が壊れたことだけだった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーーー!!!?!!」
それと同時に花梨は叫び出した。全てを投げ出すように,痣が地面に当たるのを気にせずに両足を投げ出し暴れ出した。叫び声に床を叩く音,母さんのなだめる声が頭に強く残っている。
あの後母さんが学校へと怒鳴り込んだことで,花梨が数人の女子グループからいじめを受けていたことが判明した。帰り道,人通りの少ない道で行われた陰湿なものだった。
三年生に入った春。花梨は学校へは行かないという選択を取った。いじめっ子達は全員別のクラスに移されていたが,花梨は学校へは行かないと言った。
私は別にそれでいいと思った。これは花梨の人生だから,自分で選択してその道を選んだのなら別に何も言わない。けれど母は違ったようだった。学校へ行けと直接は,言わないが「花梨のためにはなる」「友達がいないわけではないでしょ」そう,何度も言っているのを私は聞いてしまった。それが遠回しに学校へ行けと私には聞こえた。私は別にいいけど,後で困るのは貴方なんだからね。その言葉が家で毎日のように繰り返された。きっと母さんも限界だったのだろう。家の事を見ない放任主義者の父。ボーとしていて家事も何もしない,少し暗い娘。そして唯一,明るく学校の人気者であった花梨が壊れ,母の中でも何かが壊れた。家の空気が重くなり,家族の心がそれぞれ壊れていく。時には家族同時で言葉の武器を持ち,傷つけあった。そこからだ,私が人の心を見ることがこんなにも怖くなったのは。花梨の心が壊れる音,母さんの心が壊れる音,武器が飛び回る音。
あの時,私がもっとしっかりと話を聞いていれば何か違ったのかもしれない。
誤魔化す花梨の手を引き,何なら花梨のクラスまで行ってみても良かった。でも私は何一つとして行動には移さなかった。話を聞くとだけ言っておいて,何もしなかった。私は今になってわかった。人は自分の心の内を他人へ話すにはとてつもない勇気がいて,とてつもない格闘をしなければならないと。
家族を戻したい,以前のようにとまではいかなくても息が少しでもしやすくなりたい。そんな一心で私は家で明るく過ごしてきた。花梨に代わるように。でも結局,家族はカサブタを作り壊しての繰り返し。そんな私が昔の妹のような状況である友達に救いの手を伸ばすことなんて果たして出来るのだろうか。

