「おはよ,翠」

 「おはよう……って陽鞠?どうしたの」

 私は朝初めて会った陽鞠の腕を見て驚く。蒸し暑くなってきたため,ほとんどの生徒が半袖のワイシャツを着ている。勿論私達二人もそうだった。彼女の白い半袖シャツからのぞく,健康的に焼けた肌にはワイシャツと同じ白い湿布がいくつも貼られていた。昨日までは何も無かったはずなのに。陽鞠は私の質問に「やっちゃった」とでも言うように笑うと腕の湿布を私に見せる。

 「昨日盛大に転けちゃってさ,このザマだよ」
 『転んだんだ。やっちゃったよ』

 陽鞠の言葉が,笑い方が昔の記憶と重なる。そして私にはそれが嘘だとすぐにわかった。

 「嘘でしょ」

 「え…?」

 私ははっきりと口にした。口にしなければ何も伝わらない,行動に移さないと何も動かない。昔,私はそれを嫌と言うほど実感した。昨日の他クラスの女子。あの敵意の籠もった目線,今日の怪我。本人からは何も聞いていないのに私の心は勝手に妄想していき,そして焦っていく。

 「本当は?どうした――」

 「何でもないって!」

 陽鞠はそう叫んだ。私を突き放すように。まだ人の少ない時間帯だったが教室に響く彼女の声にクラスメイト達はなんだと興味を持つ。それに気がついたのか陽鞠は「ごめん」とだけいい自分の席へと戻って行った。私はただその場で立っていることしか出来なかった。踏み込みすぎた。失敗した,そう思わなければならなかった。分かっていたはずなのに。質問ばかりして,自分の嘘がバレてしまうのがどれだけ嫌かを。陽鞠とはそこから一言も話せなかった。自分のせいで陽鞠を傷つけてしまった。私は勝手に陽鞠のことを―――妹と重ねて考えてしまったのだ。