「でね!このカフェが本当に可愛いんだよー。金魚だよ,金魚!可愛いに決まってんじゃん」

 「ね,そりゃあ可愛いよねー」

 学校での昼休み。私の席には陽鞠が来ていて今流行りのカフェについて熱く語っている。金魚をモチーフにした料理がある店で,流行りに敏感な陽鞠は写真目的で行きたがっているようだった。

 「翠,今度行こうよ!」

 「うん!行こ」

 可愛いくて美味しいとも評判なオシャレカフェ。行けるかどうかは分からないが,出来るだけ行けるという未来を見ておく。そんな事を考えながらふと私は廊下へ視線を向けた。陽鞠も私に釣られるようにそちらを向く。

 「どうしたの?」

 「あ,何でもない!」

 いつもの癖で廊下に浮かぶ武器を見てしまったが陽鞠からしてみれば何もないただの普通の廊下。不思議そうにするのは当たり前だった。しかも今は廊下に彼奴等がいるのに――私は慌てて視線を戻す。

 「翠ってたまに変なところ見るよねー。……もしかして霊感があるとか」

 「あるわけないでしょ。幽霊なんか見えてたら怖くて学校なんか来れてないよ」

 「だよねー」

 クスクスと陽鞠は笑う。友達と言ってもやっぱり顔を見ては話せなくて,表情は見られないがきっと可愛いんだろうなと,初めて会った時に見た陽鞠の顔を思い出しながら私は予想する。二年生になってから約二ヶ月。クラスメイト達とも話せるようになってきたが,やっぱり一番長くいるのは陽鞠だった。こんなにも可愛くて,一軍女子である陽鞠が私とこんなにも仲良くしてくれているのは謎だが,素直にありがたないなと私は感謝している。
 けれど可愛い女の子,しかもグループに所属していないとなると妬みや嫉妬の視線は嫌でも向けられるらしい。

 (他クラスの子……)

 私がさっき廊下を見たときに見た言葉の武器は,他クラスの名前も知らない女子達が出しているものだった。基本的に妬み,怒り,嫉妬等といった視線は矢となり心を襲う。彼女達からはその矢が大量に溢れ出ていた。そしてその標的となっているのは陽鞠の心だった。これは,ここ数週間で始まった事だ。何があったのかはわからない。けれど良い事ではない事は確かだ。さっき私が廊下を向いてしまった時きっと彼女等の視線を見てしまったのだろう,ずっと外れていたはずの矢の一本が陽鞠の心をかすめた。気を付けないと,陽鞠の心を傷つけることへと繋がってしまう。

 「ねぇ,陽鞠」

 「ん?」

 私は思い切って聞いてみることにした。ここ数日,聞こうと思ってずっと聞けていなかった。けどここで聞かないとまた後悔しそうで,私は聞いた。

 「何か最近あったー?」

 「……」

 出来るだけ軽くいつも通りの会話をするように聞いてみるが,陽鞠はさっきまでの明るさは何処へか黙りこくってしまった。

 「…陽鞠?」

 「――あ,…ううん。何にもないよ。特に」

 一瞬だけ彼女の目線が廊下に集まっている他クラスの女子達に向いたように見えた。「陽鞠」そうもう一度声をかけようとした時にタイミング悪くチャイムが鳴る。

 「じゃあねー」

 「あ,うん」

 陽鞠が手を振って自分の席へと戻って行く。結局何も聞けなかった。けれど踏み込みすぎるのもよくはない。落ち着けと自分に言い聞かせる。私の心の中には泣き叫ぶ妹の姿がずっと残っていた。