3 カンナの裸を見る

 一瞬映った視界にはハルニレが唖然とした表情で俺を見つめて何かを叫んでいた。どうやら男物の甲冑のおかげで吹き飛ばされずに済んだらしい。
 良かった。

 人の心配をしている場合ではなかった。視界はぐるぐると回り、頭にしがみついていたクルクルの存在が妙に心強かった。

 俺は透明な手を出してどこで良いから掴める場所を探した。
 左手に感触がある。

「よし!」

 透明な手を引き寄せるとそこは壁に空いた横穴だった。
 必死で中に飛び入り寝転んで一息ついた。

「助かった」

 クルクルは俺の腹の上に止まり同じように一息ついた。

「危なかったな」

「クルクル」

「鳴き声もクルクルなのか」

 ハルニレとはぐれてしまった。しかしあの突風はなんだったのか。
 そう思って横穴から顔を出すと再び突風が吹いた。
 俺は透明な手で壁に掴まり、クルクルを本物の手で抱えた。

 すると巨大なモンスターが下から上空へと飛んで行く姿を見た。

 横穴から顔を出してその後ろ姿を確認するも既に姿はなかった。

「このダンジョンの主か?」

「クルクル」

 俺はクルクルを離し、横穴の奥へと進んだ。


 横穴はやがて通路になり再び広い空間に出た。どこかで水音がする。

「やった! 水だぞ!」

 俺はクルクルに言って駆け出した。
 空間をくまなく探すと別の道を発見した。その先から水音がする。

 喜び勇んで走っていくと部屋があった。壁から地下水が流れ落ち、その下に裸の女の子がいた。

「え!」

 俺は思わず声を上げてしまった。

「あ‥‥」振り返った顔に見覚えがあった。カンナだった。

「いや、そのゴメン!」

 そう言って俺は背中を向けた。

「見た?」とカンナは静かに訊いた。

 なぜここにカンナがいるのかは分からない。だが顔見知りの裸を見てしまった動揺で考える事ができない。

「はい! バッチリ!」と俺は馬鹿正直に答えてしまった。

「私の村では裸を見た相手と結婚‥‥、殺さないといけないの」

 途中で言い換えた気がする。

「結婚はあのお方と決めているから」と小声でカンナが言った。

 つまりこの出来事はノーカンって事にしたいって事か。というかカンナには心に決めた人物がいるのだな。知らなかった。

 衣擦れと金具が合わさる音がする。カンナが装備を整えたのだろう。

「あなた、後ろから刺されるのと前から刺されるのとどっちが良い?」

 俺はダッシュで逃げた。せっかく出会えたし、おそらくカンナが寄越してくれたであろう短剣のおかげで命拾いをしたのだ。礼を述べて短剣を返したかったがタイミングが悪い。

 どれほど走ったろう。
 カンナは追って来なかった。

「まあ、忘れたいよな。忘れてくれ」

 しかしカンナが一人でいたのが気にかかる。そして何ゆえあの場で水浴びをしていたのか。

「喉が渇いたな」

「クルクル」

 戻ると殺される。しかしな。
 俺は戻った。多分馬鹿なのだろう。
 恐る恐る水場を見るもそこにカンナの姿はなかった。

 代わりにハルニレがいた。そしてハルニレも裸で水浴びをしていた。