2 ハルニレに下半身を見せる

 そういえば服を脱いで全裸になった覚えがある。脱皮した皮の隣にはオッサンだった頃の俺の皮膚がある。

 そこで俺は冷静になる。
 体はまるで思春期のようだが、顔はオッサンのままだったらどうしよう。

「すまない。俺はいくつに見える?」

 俺は対岸で一息ついている女の子に訊いた。
 なにやら女の子は震えている。もしかしたら言葉が通じないのだろうか。

「いや、服着なさいよ!」女の子は怒り心頭で叫んだ。

 おお、そうだった。見られて困らない体になると全裸も平気になるのだな。
 そんな感慨に耽りつつも足元の服をかき集める。だが、どうにもサイズが合わない。ダボダボの上着だけ羽織ると丈の長い上衣に見えない事もない。ノーパンになるが仕方ない。

「これでいいか?」

「ん‥‥。ええ、まあ」

 目を逸らしつつ女の子はモジモジと腰をくねらせて言う。

 反応がおかしい。一応、俺は命の恩人のはずなのだが。

「13.4歳くらい?」

「誰がだ?」

「あんたが『幾つに見える?』って初対面の女子みたいな面倒臭い事を訊いてきたんじゃない⁉︎」女の子は激昂して言った。

「おお、そうだった」考えなければならない事が多過ぎて惚けた反応になってしまった。「そうか。ありがとう」

 どうやら体と同様の年齢になっているらしい。俺は上衣を捲って一応下半身も確認する。

「本当だ。ツルツルだぞ! 皮も被っている!」

「何を見せているのよ! このエロガキ!」

 女の子は小石を俺に投げつけた。それが下半身にクリティカルヒットした。

「ぬおおおおおおおおおおおお!」俺は悶絶した。

「ああ、ごめんなさい! 当たるとは思わなくて」女の子はオロオロと慌てふためく。

「大丈夫だ。俺には『全回復』というスキルがある」そう言って俺は打撲から復活した下半身を見せた。

「だから見せるんじゃない!」

 しまった。若返った体が嬉しくてつい奇行に走ってしまう。

「すまない。色々と混乱していた」

 それから俺は自己紹介した。

「俺はユカラ」

「私はスカラー‥‥、じゃなくてハルニレよ」

 不意に表情を消してハルニレは妙な自己紹介をした。そういえば剣士の装備をしているが、なんというか男性用に見える。

「あ、ちょっとミミ!」とハルニレがいうと背中からリスのような魔獣が出てきた。体を伝わって登り頭の上に鎮座すると不思議な事が起きた。ハルニレの顔がオッサンになった。

「え!」と俺は思わず叫んでしまった。

「この子はミミ。幻術が使える魔獣なの。事情があってミミの幻術を使って男のふりをしていたから」ハルニレは頭の上に手を置いて言った。「ミミ、もういいよ」
 ハルニレは女の子に戻った。

「なんと」

 つまり最初に名乗ったスカラーというのはオッサンのふりをしていた時の偽名か。

 「そういう事」そして俺の頭の上を凝視して訊いた。「その子も幻獣?」

「いや、‥‥ただのペットだ」

「名前は?」

 そういえば決めていなかったな。ハルニレの言葉のあとから鳥型モンスターは俺の頭の上でクルクルと回っている。もしかして言葉が分かるのか?

「クルクルだ」

「なにそれ、変な名前」

 そう言ってハルニレは笑った。
 そして改めてハルニレは頭を下げて言った。

「ありがとう。よく分からないけれどスキルを使って助けてくれたのよね」

 俺は手の先から出る透明なもう一つの手をハルニレに伸ばした。彼女は不思議そうな顔でこちらを見た。

「え? 何?」

「手を出して」

 ハルニレは不思議そうに右手を差し出した。俺はその手を透明な手で握った。

「ええええええ! なにこれ! キモい!」

 そう言ってハルニレは俺の透明な手を弾き飛ばした。

「ただ、仲直りの握手をしたかっただけなのに」俺はハルニレに背を向けてしゃがみ込んだ。

「嘘嘘、冗談よ! それがユカラのスキルなのね!」そう言ってハルニレは見えない手を探し求めて手を振り回した。

 俺は再び透明な手を伸ばしてハルニレの手を握った。

「そういえばもう一人いたはずだけれど」とハルニレは言った。「髭面のオジサンがいなかった?」

 どうやらハルニレは俺が脱皮して若返ったとは知らずそもそも二人で行動していたと認識しているらしい。

「いや、あれは」と俺が説明しようとしていた時だった。

 崖の下から突風が吹いて俺は吹き飛ばされた。