17 勇者・カーカはアートに会う


 勇者・カーカが鞘に手を触れた瞬間、パーティーメンバーは全員押し黙った。実力的には一応メンバー内では一番上だったからである。

「分かったよ。取りに行けばいいんだろ?」とメンバーの神妙な面持ちに溜飲を下げた勇者・カーカは妥協案を出した。「その代わり、素材代の八割は俺が貰うからな!」

 勿論メンバー達に不満はあったが皆諦めたように頷いた。

「クソが! またとんぼ返りか」
 勇者・カーカは再びダンジョンへと向かった。



 勇者・カーカは一人でダンジョンに入って早々叫んだ。
「途中の旅費も素材代からふんだくってやる!」

 正直またパーティーごと来た方が危険度は少なかった。
 だが勇者・カーカは別のルートを発見してマーカー代を独り占めする計画を思いついた。

「アークスパイダーは腹を満たすと何日も眠る習性がある」と暗にユカラが生贄の役割となった可能性に気づいたからだ。

「かえって良かったかもしれんな」勇者・カーカは無能な連中を解雇して新たなパーティーを作る計画を練った。

「有能な人材をスカウトして、要らない奴を徐々にクビにする‥‥、ユカラみたいに有効利用する方がいいか。まずはあの生意気な魔術師だな」

 独り言を言いながら進みやがてマーカーが描かれた扉の前に来た。「ああ? ユカラの荷物が無い。どうなってんだ!」

 周囲をくまなく探すも見つからない。「盗賊か、クソッ!」

 ダンジョンの落とし物や遺体から装備を剥ぎ取る盗賊もいる。危険性を考えると実行する人間は少ないがいないわけではない。

「無駄足か!」

 しばらく扉の前で考えあぐねた結果勇者・カーカは進むことにした。せめて新たなマーカー代はせしめたいからだ。


 扉を開くのは抵抗があった。
 アークスパイダーが起きているかもしれない。もしくはユカラの手足が残されているのを見るのは流石にキツい。

 剣を構えつつゆっくりと扉を開ける。
 予想外の光景があった。アークスパイダーの死骸があった。
「ユカラか、いや‥‥」

 おそらくユカラの荷物を盗んだ輩がついでにアークスパイダーも退治したのだろう。

「となると凄腕か。厄介だ」
 アークスパイダーの死骸を避けて通り次の扉をくぐる。洞窟が続いていた。その洞窟を抜けると広い空間に出た。

「やあ」と空間の奥から声が響いて聴こえてきた。

「誰だ!」敵意剥き出しで勇者・カーカは叫んだ。同時に剣を構えた。

 空間の奥から現れたのは奇妙な仮面を被った人物だった。その人物はユカラの荷物を抱えていた。

「その荷物は俺様のだ! 返せ!」仮面を被った人物の華奢な体躯に安堵して勇者・カーカはさらに強気で言った。

「違うよ。これは君の物ではない。アートの物でもない」とその人物は言った。

「アート?」勇者・カーカは鸚鵡返しに言った。

「アートはアートだよ」とその人物は自分を指差した。

「お前のじゃないのならここに置け。俺は元の持ち主を知っている。返しておく」半分嘘だったが半分は本当だった。

 アートは仮面を付けた首を傾げて言った。「なぜ嘘を吐く?」

「それはユカラという俺のパーティーのオッサンの荷物だ。嘘じゃない」嘘を見破られて内心焦りつつ勇者・カーカは言った。

「返すつもりはないだろう。アートがユカラに返す」とアートは言った。

「そりゃ無理だ」と勇者・カーカは剣を納めて言った。アートに敵意を感じなかったからだ。「ユカラのオッサンは死んじまったからな」

「先程ユカラに返しておくと言った筈だが」アートは小首を傾げて言った。「死人に返すのもおかしな話だ」

「あ‥‥、クソッ! うるせえ!」勇者・カーカは再び剣を抜いた。「いいから、その荷物をそこに置け!」

「アートがユカラに返す。ユカラは生きているから」アートは怯む事なく言った。

「ユカラが生きている?」そこで勇者・カーカは冷静になった。
 いや、そういえば死体は見ていない。
 運良くアークスパイダーから逃れた可能性もなくは無い。
 だったら誰がアークスパイダーを倒したんだ?

「お前はユカラを殺そうとした」アートは唐突に言った。

「いや、あれは」

「あれ、とは?」アートは不意に空間を見上げて言った。「アートはユカラを探す」

 次の瞬間、突風が吹いて巨大なモンスターが空間の上から音もなく舞い降りてきた。