13 火の球

 ノスフェラトゥは殺しても死なない。
 ハルニレの一撃でバラバラになったもののすぐに繋がって復活した。

「これ、キリがないんだけど」とハルニレは泣き言を言った。

 キリはないが練習にはなるし、バラバラになる毎に倒した事になるのでレベル上げには最適な個体だ。
 俺も若い頃はだいぶお世話になった。

「そろそろ良いかな」俺が見る限りハルニレの剣士としての腕はそこそこだった。
 だがあまり練習の時間を取ると体力がなくなる。

 俺はハルニレが倒したノスフェラトゥが復活しそうな所でポルターガイストを発動させた。
 大腿骨を二本抜き取ってそれを砕いた。
「じきに復活するけれど時間はかかる」

 ノスフェラトゥは立ちあがろうとしても足が無いので立ち上がれなかった。

「やり方があるなら早く言って」と剣にもたれてハルニレは言った。
 だがその瞬間ハルニレは宙を見上げて言った。「レベルが上がった!」

「カンナは」と言いかけて既にカンナのレベルが相当高い事を思い出した。以前こっそりと教えてくれた。「レベル上げはするか?」

「大丈夫」
 そう言って通路の先まで電撃を走らせた。
「しばらくモンスターは出ない」

 カンナの電撃は虫の触覚のような役割を果たす。
 俺たちは先を進んだ。

 突き当たりを曲がると部屋があった。壁から湧き出る水を利用した風呂とトイレ、そして衝立の向こうに簡易ベッドのような形の岩場があった。

「なんだこれ」俺は思わず呟いた。「泊まれるじゃないか」

「良いじゃない。泊まろうよ」とハルニレは無邪気に言った。「というか休憩させてください」

 レベルが上がったばかりなので身体の負担もある。
「そうだな。少し休もう」

「あの」とカンナは背負い鞄から携帯食を出した。「少ないけれど」

 俺たちはカンナの提供してくれた携帯食ーー、干し肉と木の実を食べた。
「お風呂浴びていい」とハルニレは手早く裸になった。

「え? あ! 見るな!」とカンナは俺の顔面をスレンダーな体で覆った。
 ちなみにスレンダーでもそれなりに肉付きはある。再び窒息しそうになった。

「さっき一緒に水浴びしたから平気だよ」とハルニレはことも無げに言った。

「え? でも」とカンナは拘束の手を緩めた。「ユカラはハルニレと結婚するの?」

「さあ」と俺は突然の事態に正直に答えた。

「女の敵」と言いつつカンナは俺のほっぺたを両手で引っ張った。

「いひゃひゃひゃ」と非難の声を上げるとカンナは不意にその手を緩めて訊いた。「男の人ってやっぱり女の子の裸は見たいの?」

「え? あ,はい」と俺は相変わらず正直に答える。
 ‥‥おかしい。オッサンだった頃の俺はもう少し状況判断してそれなりに本音と建前は使い分けていた。

「でもユカラ様はせっかく胸元の緩い服を着ても見ないんだよね」とカンナは衝撃発言をした。

 覚えがある。
 カンナの短剣を研いでいる時に目の前にしゃがみ込んでどうでもいい質問をしてきた。
 はじめはバッチリ見てしまった。だがその後は見ないように努めて研磨に集中した。故意だったのか。

 カンナは水浴びをしているハルニレを見て言った。
「やっぱりオッパイが大きくないとダメかなあ」と胸を押さえて言った。

「カンナも大きいよ」と俺はいらん事を言った。事実だったからだ。単なる骨格の違いであり、男からするとそれぞれの良さがあった。

「んー、そうかな。‥‥って忘れろって言ったでしょ!」カンナは再び俺のほっぺをつねる。

「いたたたたたた」と言いつつ俺は本音を言った。「じゃあそのオッサンがジロジロ見てきたら良かったのか? 違うだろう? ドキドキさせたかったんだろ。多分その思惑は成功している」

「そういうものなんだ」とカンナは手を離して言った。「生きていてくれているかな」
 
 はい。ここでバッチリ生きています、と俺は答えたかった。カンナなら受け入れてくれるだろう。だがハルニレの手前、俺がオッサンのユカラだとは言えなかった。あんな痴態を晒しあったのがオッサンだと知ったらどう思うか。

「生きているよ。凄腕なんだろ」と俺は自慢している様な気分になり、気恥ずかしくなりつつも言った。

「うん。あんなパーティーに甘んじていたのはきっと理由があると思う」

 流石にカンナには気づかれていたか。
 単独でダンジョンに行くことも出来たが一人では踏破できない道もある。
 それに仲間になることで色んな噂を聞き付ける事ができる。カーカに追放された時も後方支援に甘んじる気になったのはそれがあったからだ。その中に幼馴染の行方を探す手がかりを探したのだ。
 まあ手がかりはほぼ無かったのだけれど。

「キャッ!」と風呂場からハルニレの声がした。

「どうした?⁉︎」俺が駆けつけると全裸で横たわるハルニレと湯船に浮かぶ謎の光があった。火の球というべきか。

「また裸を見た」とカンナに頭を殴られつつも俺はその火の球に釘付けになった。
 まるで生き物のように感じたからだ。

「‥‥けて」と聞こえた。

「‥‥助けて」とその光から声が再び聞こえた。

「君は誰だ?」俺は訊いた。

「ダンジョンを攻略して」と言い残して火の球は消えた。