テスト時間終了のチャイムが鳴る。
順番に回答用紙が回収されて、俺はふうと息を吐いた。
今日は中間テストの最終日。やっと、気が重い日々から解放される。俺は筆記用具をしまって、壁の時計を見た。あとは、ホームルームが終わったら家に帰れる。今日は勉強をしないで、夜の九時には寝てやる! そう思いながら、皆に続いて帰り支度を始めた。
「ボンボンくん、テストの手応えは?」
「ん?」
廊下のロッカーの整理をしていると、背後から声を掛けられた。声の主は、クラスメイトの佐々木だった。彼はクラスでちょっと目立つタイプ。仲が良くも悪くもない、本当にただのクラスメイトだ。
「んー、普通」
俺は、ロッカーを閉めながら言う。佐々木は染めているのかそうではないのか分からない、茶色い髪をいじりながらロッカーにもたれた。誠とは違うタイプのイケメン。たぶん、モテている。
「オレは、駄目だったなー」
「そうなん?」
「さっきの世界史は絶望的」
「ああ、出題範囲が広かったもんね」
「そうそう。あーあ、なんで世界ってこんなにも広んだろう」
頭を押さえながら佐々木は言う。そして、ロッカーから体操着を取り出して、リュックに詰め出した。
「これ、一週間前から洗ってない」
「マジか」
「持って帰るの忘れるんだよなー」
「なろほど」
「ボンボンくんはさ、しっかりしてるよな」
「そう?」
「うん。てか、あの忠犬先輩のおかげ?」
俺は日々の流れを思い出す。何故か俺の時間割を把握している誠は、あれを持って帰れ、これを明日は持ってこいと俺に教えてくれる。
だから、今まで忘れ物とは無縁で過ごしてきた。
俺は佐々木に頷く。佐々木はふふっと、面白そうに笑った。
「良いなぁ。俺もお世話してくれる人が欲しい」
「……彼女とか居ないの?」
「居ないよー」
佐々木は、びしっと親指を立てる。
「初彼女は、大学生と決めておる!」
「へ、へぇ……なんで?」
「だって、良い響きじゃん。女子大生!」
女子高生も女子大生も、対して変わらないんじゃないかと思ったけど、なんだか面倒くさかったので俺は「そっか」と適当に相槌を打った。
佐々木は格好をつけるような表情で天井を見上げた。
「……オレは、大学に入学したら二十歳の女子大生と付き合うって決めてるんだ」
「なんで二十歳?」
「年上の魅力ってやつあるじゃん? 俺のゾーンは今、二十歳なんだよね」
年上の魅力かぁ……俺の頭に真っ先に浮かんだのは、いちばん近くに居る年上の誠の顔だった。魅力っていうか……まぁ、イケメンだし、優しいし、世話焼きだけど、良い奴だし……。
そういえば、と俺は思い出す。
あの「キス」の一件があったのに、誠はまるで何事もなかったかのように普段通りだ。
俺は……誠の顔を見ると、いつだってちょっと、どきどきするっていうのに……!
もしかして、年上の余裕ってやつかもしれない。ああ、ちょっと悔しいぞ!
俺だって余裕になりたい!
そんなことを思っていたら、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。
「教室戻ろっかー」
「うん」
俺たちはそれぞれ荷物を持って、自分の席へと戻った。
担任の先生が教室に入ってきて、教壇に立って言う。
「えー、中間テストが終わって早々だが、次は体育祭が待っているぞ!」
えー! と教室がざわめく。
そういえば、六月の初めだっけ、体育祭。体育祭といえば秋のイメージだけど、熱中症対策とか、秋は受験生が忙しいとかいう理由で六月になったらしい。面倒だなぁ、とこういった大型行事が苦手な俺は頬杖をついた。
「教室の後ろの黒板に、種目を書いておくから、各自で出たい競技のところに名前を書いておくように! 期限は一週間だ!」
出たいやつ……無難に百メートル走かな。昨年もそうしたし。あとは、クラス対抗の綱引き。これは全員参加だから仕方がない。残りは応援に回ろう。そう決意して、俺はホームルームの内容に集中した。
ホームルームが終わった瞬間、また教室内はざわざわとした。皆がこぞって教室後方の黒板に向かっている。俺は空いてから名前を書こうと思い、時間を潰すためにスマートフォンをいじる。明日の天気は、晴れだって。
「ボンボンくん、何に出るの?」
「ん?」
俺は顔を上げる。そこに立っていたのは佐々木だった。俺はスマートフォンをしまって息を吐く。
「百メートル走。それしかないよ」
「えー? リレーとか出ようよ? 楽しいよ?」
「嫌だよ」
俺は即答する。
「佐々木は足が速いから良いじゃん。俺みたいな一般人は百メートル走で十分でーす」
「あはは、でもリレー出たら女子の支持率上がるぜ? 来年の生徒会長候補も近付く」
「そんな、うまい話ある?」
俺は苦笑する。佐々木って、けっこう面白い奴だな。そう思ったその時、つんつんと背中をつつかれた。俺は振り向く。そこに居たのは、誠だった。
「葉一様、お迎えにまいりました」
「うわ! びっくりした!」
俺は驚いて声を上げる。誠は微笑む。
「体育祭、何に出るかお決めになりましたか?」
「あ、うん。百メートル走」
「昨年と同じですね」
「まぁね」
「先輩は何に出るんですか?」
佐々木が誠に訊いた。誠は、ちらりと佐々木を見て、にこっと笑って口を開く。
「リレーは、確定かな」
「マジっすか!? 先輩、足が速いんですか?」
「普通だよ……皆が出てくれって言うから、助っ人みたいな感じ」
「いや、普通じゃ助っ人に名前が上がらないっスよ!」
「ふふ、そうかな?」
「あとは、何に出るんですか?」
「二百メートル走と、それから……」
……誠、後輩には敬語で話さないんだ。
というか、クラスでも普通に話しているのかな?
なんだか、いつもと違う誠の一面を見て、どきどきした。
「葉一様、黒板が空きましたよ? 名前を書いて帰宅しましょう」
「あ、うん」
俺は佐々木に「またね」と手を振って、黒板の百メートル走のところに白いチョークで名前を書いてから教室を出た。
後ろを歩く誠をちらりと見ると、彼はどこから取り出したのか、手にキャンディーを持っていた。
「葉一様、お疲れでしょう? このキャンディーをどうぞ。レモン味です」
「……ありがと」
俺はそれを受け取って、包み紙を広げて中身を口に入れた。甘い、けど、ちょっと酸っぱい。テストで疲れていた頭に、糖分が染み渡るのを感じた。
靴を履き替えて、帰路につく。
俺たちは並んで歩きながら、ぽつぽつと言葉を交わした。
「……テスト、どうだった?」
「まぁまぁですね」
「そう言って、いつも満点なんでしょ?」
「いえいえ、そんな」
「体育祭も、忙しいんだね」
俺の言葉に、誠は息を吐いた。
「私が忙しくなると、時間が無くて葉一様の勇姿を保存出来なくなってしまいます……」
「は? 保存?」
「はい。動画を……」
誠の言葉に、俺は両手でバツ印を作った。
「そういうのは、禁止! 盗撮じゃん!」
「いえ、決してそのようなことでは……お母様に許可は取ってありますので!」
「な……!」
いつの間に話を進めてるんだよ!
けど、駄目なものは駄目!
俺は誠に、自分の肩をぶつけた。
「動画なんか撮ったら、もう一緒に過ごさないからな!」
「ええっ!?」
誠は悲鳴を上げる。
「私はただ、葉一様のお言葉を守っているだけなのに!」
「え? 俺の言葉?」
「はい!」
誠は頷く。
「……欲張りに生きても良いのでしょう?」
「あ……」
俺は、はっとする。
確かに、言った。
俺は誠に「欲張りに生きろ」と言った。
け、けど……!
「でっ、でも! 俺が恥ずかしいから、駄目!」
「そんな、意地悪しないで下さい!」
「してない! ってか、動画なんて撮ってどうするの……」
俺の言葉に、誠は何故だか頬を赤らめる。
「そんなこと、私の口から言わせないで下さいまし……」
「ちょ……マジで無しね? 約束だよ?」
身の危険を感じた俺は、誠を鋭く睨んでおいた。
***
中間テストが終わった次の週の放課後は、体育祭の練習の時間になった。練習は走ったり綱を引いたりするだけじゃなくて、応援の練習もある。応援合戦だ。それぞれのクラスが、仮装なんかをして「応援力」を競い合う……意味あるの、これ?
「ボンボンくん、これ着てね」
「あ、ありがと……う?」
クラスの女子から渡されたのは、赤い半袖のティーシャツだった。それと、なぜかピンクのミニスカート。なんで、スカート? と俺は首を傾げる。
「スカート、間違ってない?」
「間違ってないよう」
その子は笑いながら言う。
「うちのクラスは、全員でチアダンスを踊るでしょう?」
「あ、うん……」
数日前のホームルームで決まったことだった。俺は頷く。
「チアダンスだからって、男もスカート履くの?」
「もちろん! あ、体操着のズボンの上からで良いよ?」
「そりゃ、そうでしょ……でも、恥ずかしいなぁ」
「そんなことないよ。見て、佐々木なんてノリノリでもう着てるし」
俺は女子が指差した方を見た。そこには、体操着のズボンの上にミニスカートを履いた佐々木が、女子に囲まれる中で「華麗な」ダンスを踊っていた。
「俺には真似出来ないよ……」
「まぁ、練習の時は別に良いけど、本番ではちゃんと着てね!」
そう言い残し、その女子は去って行った。俺は手の中のスカートを見つめる。こんなのズボン無しで履いたらスースーしそうだ。
「ボンボンくん、着ないの?」
「わ!」
急に話し掛けられて俺は驚く。横には、まだスカートを身に付けている佐々木が立っていた。
「ね、写真撮ろうぜ?」
「は?」
「ボンボンくんも、それを着てよ。一緒に写真に残して思い出にしようー」
「は? 嫌だし! 完全なる黒歴史じゃんか!」
「ははっ! 黒歴史なんて、男の勲章だよ」
「絶対に嫌だ!」
「でも、本番のあとはクラス写真を撮るんだぜ? うちのクラスの男子は、全員黒歴史を残すことになる」
「うう……」
「ほらほら、予行練習だと思って」
佐々木がスマートフォンを構える。俺は渋々、スカートを履いた。
「どう? 似合う?」
「あはは! 似合う!」
カシャ、と俺たちはツーショットを撮った。
「見て! 格好良く撮れてる!」
俺はスマートフォンの画面を見る。
あれ? 佐々木も背が高いな。俺と並ぶと、俺の身長が目立つ……別に、俺が低いんじゃないし! 向こうがデカいだけだし!
「それ、SNSなんかに載せたら怒るよ?」
俺がそう言った直後、近くで誠の声がした。
「葉一様! はい、チーズ!」
「え?」
カシャ。
聞こえたシャッター音にぽかんとしていると、満足そうに微笑みながら誠が俺の方に近付いてきた。
「良い写真です。これは家宝にするべきかと……」
「……な、馬鹿っ!」
俺は誠のスマートフォンを奪おうと手を伸ばしたが、背の高い誠がもうひとつ高く、それを持った手を上げたので届かない! この高身長め!
「前に撮るなって言った!」
「それは動画の話です。これは写真ですのでセーフです」
「セーフじゃない!」
「セーフです! それに……」
誠は小声で俺に言った。
「……そちらの方とは写真を撮っておられたではないですか。どうして私はいけないんですか?」
「う……」
「私は、悲しいです。欲張りになって生きると決意しただけなのに……」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。俺は、はぁと息を吐いて誠を見た。
「……誰にも見せないなら、良いよ……」
「本当ですか!? 良かった!」
嬉しそうに笑う誠を見て、もう良いやと思った。ここ最近の誠は、なんだか軽やかって感じをしている。とても生きるのが楽しそうだ。
「黒原! 次、リレーの練習!」
「あ! はーい!」
遠くから呼ばれて、誠は返事をしてから俺に言う。
「呼ばれたので、行ってまいります」
「あ、うん。頑張ってね」
「ありがとうございます……!」
駆け足で去って行く誠の背中を見送っていると、ぽん、と肩に手を置かれた。佐々木だ。彼はにやにやと俺を見ている。
「忠犬先輩、怖いねぇ」
「え? 怖い?」
俺は首を傾げる。
「どの辺が?」
「いや、なんか……オーラで威圧してくる感じ? 前に会った時もそう思ったけど」
「オーラ?」
「人は見た目によらないなぁー」
そういえば、前にも森野が言っていたっけ。誠は見た目はゴールデンレトリバーだけど、中身は土佐犬だって。
「……よく、分からん……」
そう呟きながら、俺はまだ履いたままだったスカートを素早く脱いだ。
***
体育祭当日は、ちょっと曇っているけど、なんとか晴れた。
生徒会での準備がいろいろあるらしい誠は先に登校したので、俺はひとりで学校に向かった。
教室ではなく、直接運動場に向かう。そこには、クラスそれぞれのテントが張られているので、そこに直接集合というわけだ。
俺はテントの下に敷かれている、青いビニールシートの上に座った。眠い。こんな天気だから頭がぼうっとするのかな。それとも、誠と登校しなかったから脳がバグっているのかな……。
「ボンボンくん、おはよー」
「おはよう。佐々木」
佐々木は欠伸をこぼしながら俺の横に座った。
「眠くて仕方ないや。朝って身体のエンジンかからないから、昼からやれば良いのに」
「昼は昼で眠くなるよ」
「それなー」
佐々木がスマートフォンをいじりだしたので、俺はテントから抜け出して生徒会のテントに向かった。そこで、何やら打ち合わせをしている誠を発見する。
——驚かせてやろう……!
そう思って、誠の背後に忍足で向かう、が……。
「葉一様、どうされましたか?」
「っ!?」
逆に俺が驚いた。
なんで、俺の存在に気が付いたのだろう。誠は前を向いたままなのに。
「ちょっと、ごめん」
誠は話していた人に一言入れてから、俺に向かい合った。
「私を驚かそうとしていましたね?」
「う……なんで分かったの?」
「気配です」
「気配……」
「葉一様のことなら、なんだって分かりますから……で、どうされましたか?」
「あ、いや……」
なんとなく顔を見に来ただけだ。けど、そう正直に言うのはなんとなく照れ臭い。だから、俺は適当に理由を探した。
「……今日は作ってくれたのかな、って。弁当……」
「ええ! もちろんですとも! 重箱でご用意していますので、休憩時間に一緒に食べましょうね?」
「重箱!?」
いったいどんなのを作ってくれたんだろう……。
ちょっと見たい気もするが、あまりここに居ては生徒会の邪魔になるよな……。
俺は自分のテントに戻ることに決めた。
「じゃ、もう行くね」
「はい、葉一様」
「あ、それから……」
俺は頬を掻きながら言った。
「おはよ、誠……まだ、言ってなかったから……」
「葉一様……」
誠は嬉しそうに微笑む。
「はい、おはようございます!」
「っ……じゃ、また後で!」
俺は駆け足でクラスのテントに戻った。さっきは人が少なかったけど、今はだいぶ集まっている。そろそろ、先生が来る頃かな。
「百メートル走は午前中か……」
しかも、開会式のすぐ後。嫌だなぁ。佐々木が言うように、身体にエンジンがかかっていない。
ま、誰も期待していないだろうから、とりあえず走ろう……。
俺はそう思いながら、またビニールシートの上に座った。
***
「葉一様ー! 頑張ってー!」
「……」
百メートル走の俺の番を見計らって、誠は応援に駆けつけた。隣のレーンの奴が、くすっと笑う。は、恥ずかしい……!
「位置について……」
ここは、全力で走って早く終わらせる!
「よーい、どん!」
合図と共に、俺は走った。どの練習の時よりも、本気で……!
あ、これ、一位になるんじゃ……!?
そう思って走り続けた俺は、ゴールの数メートル前で派手に転んだ。
痛い……。
よろよろと立ち上がり、俺はなんとか最下位でゴールをした。ふう、と息を吐く。その瞬間。
「っ!?」
ふわりと身体が浮いた。
は? と振り向くと、なんと、誠が俺を抱き抱えている!
「ちょ、何?」
「葉一様! お怪我をされています!」
「怪我?」
俺は痛む膝を見た。そこは、少しだけ擦り傷が出来ている。
「いや、平気……」
「いけません! 救護コーナーに運びますよ!」
「え? あ、ちょっと……!」
俺を、いわゆる「お姫様抱っこ」をしながら誠は駆け出す。目立ってる。めちゃくちゃに目立っている……!
俺は恥ずかしくて、誠の胸に顔をうずめた。何を勘違いしたのか、誠は俺を安心させるかのような柔らかい声で言う。
「大丈夫です。痛いの痛いの飛んでいけですよ」
「……」
痛さなんて、忘れるくらい、俺の心臓はばくばくと鳴っていた。
救護コーナーに運ばれた俺は、無事に手当を受けて自分のテントに戻った。擦りむいた左足の膝には、大袈裟なくらいぐるぐると包帯が巻かれている。これは誠が先生に注文したからだ。先生は苦笑しながら、俺の足に包帯を巻いてくれた。
「ボンボンくん、大丈夫?」
佐々木が、ものすごく心配そうに俺に言う。たいした怪我じゃないんだけどな……そう思いながら、俺は「平気だよ」と返した。
「本当に大丈夫? 忠犬先輩が青い顔をしてボンボンくんを運んでたから……」
「……本当に、大丈夫デス」
俺の怪我に関係無く、競技は進んでいく。
うちのクラスの応援合戦は、けっこう盛り上がった。俺たち男子はピンクのミニスカートで、頑張った、わよ!
「次は借り物競争か」
佐々木がスポーツドリンクを飲みながら言う。俺は首を傾げた。
「借り物競争? そんなのあったっけ?」
「あるよー。ほら、ここ見てみ?」
渡されたプログラムを見ると、確かにそう書かれていた。
「なんか、今年からの競技らしい」
「へー……」
なんか、楽そう。
百メートル走じゃなくって、これにすれば良かったかな?
「あれ? 忠犬先輩だ。出るんだねー」
「誠が?」
俺は運動場の真ん中を見る。そこには、確かに誠の姿があった。助っ人も大変だなぁ。
軽快な音楽と共に、選手たちがいっせいに走り出す。ゴール地点には大きな段ボールが置いてあって、たぶん、そこに手を入れてくじを引くんだと思った。
ゴールにたどり着いた誠がくじを引く。そして、一瞬だけ驚いたような表情になった。
そして……何故だか、こっちに向かって走って来る。あれ? なんで?
「葉一様!」
「ど、どうしたの? 競技は?」
「ちょっと、来てください!」
「え!? ちょ!?」
本日二回目のお姫様抱っこをされて、俺はグラウンドの真ん中へ……!
何がなんだか分からないまま、俺はされるがままになっていた。
「連れて来ました! この人です!」
誠は俺を地上にゆっくりとおろし、くじを審査員らしき生徒に見せた。すると……。
「これは……正解!」
審査員の人が大きく両手で丸を作って、実況席に合図を送った。
「一位、三年の黒原さん!」
拍手と歓声が響く。
どこからか「主従コンビが勝ったよ!」という声が聞こえた。なんだよ、主従コンビって!
「誠、くじのお題はなんだったの?」
俺の問いかけに、誠は頬を赤らめながら、小さな声で言う。
「あとでお教えします。今は少し、恥ずかしいので……」
「……えっ」
いったい、どんなお題だったんだろう?
そう考えている間に、次々と選手たちがゴールをして、お待ちかねの昼休みになった。
俺と誠は、運動場の隅っこの木陰で昼食タイムを取ることにした。
「こちらを、どうぞ」
「う、うわぁ……」
三段重ねの少し小ぶりの二段の重箱の中には、唐揚げ、ハンバーグ、卵焼き……フライドポテトやミートボールなどが、ぎっしりと詰まっていた。下の段は個別にラップで巻かれたおむすび。どれも、美味しそうだ。
「……ありがと」
「いえいえ。では、さっそくいただきましょう」
「うん……いただきます」
「いただきます」
手を合わせてから箸を取る。
美味しい。どれも、本当に美味しい。自然と笑顔になってしまう。
「葉一様、足の方は大丈夫ですか?」
「うん。平気だよ、このくらい」
「ですが、油断は禁物です。何か異常があれば、すぐにお医者さんに見てもらってくださいね?」
「分かった」
俺が素直に頷くと、誠は満足そうに笑った。
「あとは……リレーと綱引きか」
俺はプログラムを見ながら呟く。
「頑張ってね、リレー」
「ありがとうございます! そのお言葉で、どこまでも走れそうです!」
「あはは……大袈裟」
そこで、思い出した。
さっきの、くじ……。
何が書かれていて、俺を連れて行ったんだろう……。
「あのさ、さっきのくじなんだけど……」
「あ……」
誠は頬を赤らめる。
「言わないといけませんか?」
「うん。教えて」
「あのくじには……大切な人と書かれていました」
「あ、そうなんだ……へ?」
俺は目を見開いて誠を見た。
「大切な、人!?」
「そうです……」
誠は、赤い頬のままで俺に言う。
「私は、皆に自慢するようで恥ずかしかったのですが、私にとって大切な人といえば、葉一様しか思いつかず……申し訳ありません」
「いや……」
どんな反応をすれば良いのか分からず、俺は弁当の唐揚げを箸でつまんで「そうだったんだね」と平静を装った。
誠はもじもじと、自分の髪をいじる。
「変な噂が立ってしまったら、葉一様にご迷惑かと思いましたが……」
「変な噂って?」
「はい……たとえば、私が葉一様に仕えていることが露見してしまうとか……」
「はい!?」
俺は唐揚げを落としそうになった。
誠は、今さら何を言っているんだ……?
「誠……そのことなら、皆、知ってるよ」
「え……?」
俺は、さっき「主従コンビ」と聞こえた声を思い出しながら言った。
「まさか、気が付いてないの?」
「き、気が付くとは……?」
「誠は忠犬くん、俺はボンボンくんって有名なのに。すっごく目立ってるんだよ?」
「忠犬……? ボンボン……?」
どうやら本人はまったく知らなかったようだ。俺は息を吐く。
「……ま、気にすることないよ」
「気にします!」
誠は俺の肩を掴みながら言った。
「私は、陰ながら葉一様にお仕えしていたつもりなのに……どうして……」
「いや、まぁ……」
誠、イケメンだし。俺のことを抜きにしても、誠は単体で目立っていたと思う。
「さっきの審査員の人も、俺たちの関係性を知っていたから、正解って言ったんだよ」
「……ああ」
誠は俺から手を退けて、自分の顔を両手で隠した。
「私は、葉一様にご迷惑を……」
「いや、それは……」
最初の頃は、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど……。
「迷惑じゃないよ」
俺は、くしゃっと誠の髪を撫でた。前に、誠がしてくれた時のように。
「いつも俺を心配してくれて、ありがと。感謝してます」
「感謝だなんて、そんな……」
「良いじゃん、一位になれたんだし。誠はくじ運が良いんだね」
俺の言葉を聞いて、誠は照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます……」
「……さ、早く食べよう? 胃が重いとリレーに響くよ?」
「はい……! 今回は自信作なんです!」
「ありがと」
「いえいえ」
「……リレー頑張ってね」
「はい! 絶対に勝ちます!」
「葉一様も、これ以上お怪我をなさらないようにして下さいね」
「うん……ありがと」
それから黙々と昼食を済ませて、俺たちは自分たちのテントに戻った。お腹、いっぱい。幸せだ。
テントには、佐々木は居なかった。そうだ、リレーに出るんだ。
リレーは、全学年対抗戦。
三年が圧倒的に有利だけど、佐々木は本当に足が速いからなぁ……ちょっと誠が心配。
——あ。
そうだ。全学年対抗戦だから、俺は佐々木を応援するべきなんだよなぁ……けど。
——俺は、誠を応援したい……。
二年の皆には悪いけど、俺はこっそり誠を応援することを心に誓った。
「あれ……」
俺は思わず言葉をこぼした。
運動場の真ん中で話しているのは、誠と森野だ。森野もリレーに出るんだ……大丈夫かなぁ。リレーって、チームワークが大切でしょ? 元いじめっ子といじめられっ子……上手くやれると良いけど……。
あ、選手たちが位置につき始めた。
チームは、男子二名と女子二名であれば、何番目に走るのかは自由。誠のクラスは、男子二人を終盤に配置して、追い上げるって作戦みたい。誠、アンカーじゃん。佐々木もアンカー……これは、盛り上がりそう……!
「よーい、スタート!」
選手たちがいっせいに走り出す。コースの周りにはギャラリーが出来ていて、俺もそこに加わった。
各選手、スムーズにバトンを繋いでいく。あ、森野がバトンを受け取って……すごい、猛スピードで次々に一年と二年の選手を抜いていく。さすが、皆の兄貴。
そして、森野から誠にバトンが——渡った!
ナイス、チームワーク!
誠がゴール目がけて走る!
その後ろを、佐々木がつけている……誠、頑張れ!
「誠!」
俺は無意識に叫んでいた。
あと、何メートル?
三、二、一……ゴールテープを切ったのは、誠だった……!
ギャラリーが、わっと湧く。
続いて、佐々木が悔しそうな表情でゴールした。
「誠……」
お疲れ、すっごく……格好良かったよ。
あ、目が合った。
誠は、駆け足で俺の元に来た。そして、俺をぎゅっと抱きしめる。俺は驚いて誠を見た。
「誠!?」
「やりました! 葉一様の応援のおかげですっ……!」
誠は俺を捕まえたままで言う。
「名前を呼んで下さったでしょう?」
「あ……聞こえてたんだ」
「もちろんです! そのおかげで勝てました!」
「そんな……誠が真面目に練習してたからだよ。その結果だよ……」
「いいえ、葉一様の応援のおかげです」
誠が力強く言った。俺は照れ臭くて「そう……」と呟いて俯く。
そして、思い出した。
ここが、ギャラリーのど真ん中であるということを……!
「誠! 離して!」
「嫌です。私は欲張りに生きるんです」
「ちょ、誠!」
じたばたともがいても、誠は腕の力を緩めない。
どこからか「ああ、主従コンビ尊い」とかいう声が聞こえた気がしたけど、きっと聞き間違えだと思った。
***
「あーあ、疲れた……」
最終種目の綱引きは、大人気ない先生チームが勝利して、体育祭は幕を閉じた。
総合優勝は、誠のクラスだった。俺たちのクラスは、チアダンスが功を奏し、見事「素晴らしい応援だったで賞」をゲットした。
「体育祭の衣装、また着て下さいね」
帰り道、誠がそんなことを言うものだから俺はぷいと横を向いた。
「絶対に、嫌!」
「おやおや」
俺は誠を見る。なんだか機嫌が良さそうだ。
「総合優勝おめでとう。誠の活躍のおかげだね」
「いえいえ、私なんて……ですが」
誠が立ち止まる。
「応援して下さって、本当に嬉しかったです。ありがとうございます」
「そ、その話は良いよ……」
俺と誠の熱い抱擁は目立ちに目立ち、何故だか女子たちから黄色い歓声を浴びた。
め、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!
けど……。
誠、身体、大きかったな……。
思い出すと、どきどきが止まらない。
——嫌じゃ、なかった……。
どうしてだろう。あんな、恋人にするみたいなハグ……。
「つ、疲れたから早く帰ろう!」
「あ、葉一様、待って下さい!」
俺は早足で家への道を急いだ。
心臓が、ばくばく鳴っている。
こんな気持ち……。
誠は俺のことを大切な人、と言った。
もしかして、俺も、誠のことを友達以上に感じている……?
「……分からん」
「葉一様?」
「あ、いや、なんでも……」
俺は前を真っ直ぐに見る。恥ずかしくて、誠の顔を真っ直ぐに見れないや……。
この気持ちの名前は何?
恋ですか? 愛ですか?
恋愛経験の無い俺には、ぐるぐると渦巻く気持ちの正体が、まったく分からなかった。
順番に回答用紙が回収されて、俺はふうと息を吐いた。
今日は中間テストの最終日。やっと、気が重い日々から解放される。俺は筆記用具をしまって、壁の時計を見た。あとは、ホームルームが終わったら家に帰れる。今日は勉強をしないで、夜の九時には寝てやる! そう思いながら、皆に続いて帰り支度を始めた。
「ボンボンくん、テストの手応えは?」
「ん?」
廊下のロッカーの整理をしていると、背後から声を掛けられた。声の主は、クラスメイトの佐々木だった。彼はクラスでちょっと目立つタイプ。仲が良くも悪くもない、本当にただのクラスメイトだ。
「んー、普通」
俺は、ロッカーを閉めながら言う。佐々木は染めているのかそうではないのか分からない、茶色い髪をいじりながらロッカーにもたれた。誠とは違うタイプのイケメン。たぶん、モテている。
「オレは、駄目だったなー」
「そうなん?」
「さっきの世界史は絶望的」
「ああ、出題範囲が広かったもんね」
「そうそう。あーあ、なんで世界ってこんなにも広んだろう」
頭を押さえながら佐々木は言う。そして、ロッカーから体操着を取り出して、リュックに詰め出した。
「これ、一週間前から洗ってない」
「マジか」
「持って帰るの忘れるんだよなー」
「なろほど」
「ボンボンくんはさ、しっかりしてるよな」
「そう?」
「うん。てか、あの忠犬先輩のおかげ?」
俺は日々の流れを思い出す。何故か俺の時間割を把握している誠は、あれを持って帰れ、これを明日は持ってこいと俺に教えてくれる。
だから、今まで忘れ物とは無縁で過ごしてきた。
俺は佐々木に頷く。佐々木はふふっと、面白そうに笑った。
「良いなぁ。俺もお世話してくれる人が欲しい」
「……彼女とか居ないの?」
「居ないよー」
佐々木は、びしっと親指を立てる。
「初彼女は、大学生と決めておる!」
「へ、へぇ……なんで?」
「だって、良い響きじゃん。女子大生!」
女子高生も女子大生も、対して変わらないんじゃないかと思ったけど、なんだか面倒くさかったので俺は「そっか」と適当に相槌を打った。
佐々木は格好をつけるような表情で天井を見上げた。
「……オレは、大学に入学したら二十歳の女子大生と付き合うって決めてるんだ」
「なんで二十歳?」
「年上の魅力ってやつあるじゃん? 俺のゾーンは今、二十歳なんだよね」
年上の魅力かぁ……俺の頭に真っ先に浮かんだのは、いちばん近くに居る年上の誠の顔だった。魅力っていうか……まぁ、イケメンだし、優しいし、世話焼きだけど、良い奴だし……。
そういえば、と俺は思い出す。
あの「キス」の一件があったのに、誠はまるで何事もなかったかのように普段通りだ。
俺は……誠の顔を見ると、いつだってちょっと、どきどきするっていうのに……!
もしかして、年上の余裕ってやつかもしれない。ああ、ちょっと悔しいぞ!
俺だって余裕になりたい!
そんなことを思っていたら、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。
「教室戻ろっかー」
「うん」
俺たちはそれぞれ荷物を持って、自分の席へと戻った。
担任の先生が教室に入ってきて、教壇に立って言う。
「えー、中間テストが終わって早々だが、次は体育祭が待っているぞ!」
えー! と教室がざわめく。
そういえば、六月の初めだっけ、体育祭。体育祭といえば秋のイメージだけど、熱中症対策とか、秋は受験生が忙しいとかいう理由で六月になったらしい。面倒だなぁ、とこういった大型行事が苦手な俺は頬杖をついた。
「教室の後ろの黒板に、種目を書いておくから、各自で出たい競技のところに名前を書いておくように! 期限は一週間だ!」
出たいやつ……無難に百メートル走かな。昨年もそうしたし。あとは、クラス対抗の綱引き。これは全員参加だから仕方がない。残りは応援に回ろう。そう決意して、俺はホームルームの内容に集中した。
ホームルームが終わった瞬間、また教室内はざわざわとした。皆がこぞって教室後方の黒板に向かっている。俺は空いてから名前を書こうと思い、時間を潰すためにスマートフォンをいじる。明日の天気は、晴れだって。
「ボンボンくん、何に出るの?」
「ん?」
俺は顔を上げる。そこに立っていたのは佐々木だった。俺はスマートフォンをしまって息を吐く。
「百メートル走。それしかないよ」
「えー? リレーとか出ようよ? 楽しいよ?」
「嫌だよ」
俺は即答する。
「佐々木は足が速いから良いじゃん。俺みたいな一般人は百メートル走で十分でーす」
「あはは、でもリレー出たら女子の支持率上がるぜ? 来年の生徒会長候補も近付く」
「そんな、うまい話ある?」
俺は苦笑する。佐々木って、けっこう面白い奴だな。そう思ったその時、つんつんと背中をつつかれた。俺は振り向く。そこに居たのは、誠だった。
「葉一様、お迎えにまいりました」
「うわ! びっくりした!」
俺は驚いて声を上げる。誠は微笑む。
「体育祭、何に出るかお決めになりましたか?」
「あ、うん。百メートル走」
「昨年と同じですね」
「まぁね」
「先輩は何に出るんですか?」
佐々木が誠に訊いた。誠は、ちらりと佐々木を見て、にこっと笑って口を開く。
「リレーは、確定かな」
「マジっすか!? 先輩、足が速いんですか?」
「普通だよ……皆が出てくれって言うから、助っ人みたいな感じ」
「いや、普通じゃ助っ人に名前が上がらないっスよ!」
「ふふ、そうかな?」
「あとは、何に出るんですか?」
「二百メートル走と、それから……」
……誠、後輩には敬語で話さないんだ。
というか、クラスでも普通に話しているのかな?
なんだか、いつもと違う誠の一面を見て、どきどきした。
「葉一様、黒板が空きましたよ? 名前を書いて帰宅しましょう」
「あ、うん」
俺は佐々木に「またね」と手を振って、黒板の百メートル走のところに白いチョークで名前を書いてから教室を出た。
後ろを歩く誠をちらりと見ると、彼はどこから取り出したのか、手にキャンディーを持っていた。
「葉一様、お疲れでしょう? このキャンディーをどうぞ。レモン味です」
「……ありがと」
俺はそれを受け取って、包み紙を広げて中身を口に入れた。甘い、けど、ちょっと酸っぱい。テストで疲れていた頭に、糖分が染み渡るのを感じた。
靴を履き替えて、帰路につく。
俺たちは並んで歩きながら、ぽつぽつと言葉を交わした。
「……テスト、どうだった?」
「まぁまぁですね」
「そう言って、いつも満点なんでしょ?」
「いえいえ、そんな」
「体育祭も、忙しいんだね」
俺の言葉に、誠は息を吐いた。
「私が忙しくなると、時間が無くて葉一様の勇姿を保存出来なくなってしまいます……」
「は? 保存?」
「はい。動画を……」
誠の言葉に、俺は両手でバツ印を作った。
「そういうのは、禁止! 盗撮じゃん!」
「いえ、決してそのようなことでは……お母様に許可は取ってありますので!」
「な……!」
いつの間に話を進めてるんだよ!
けど、駄目なものは駄目!
俺は誠に、自分の肩をぶつけた。
「動画なんか撮ったら、もう一緒に過ごさないからな!」
「ええっ!?」
誠は悲鳴を上げる。
「私はただ、葉一様のお言葉を守っているだけなのに!」
「え? 俺の言葉?」
「はい!」
誠は頷く。
「……欲張りに生きても良いのでしょう?」
「あ……」
俺は、はっとする。
確かに、言った。
俺は誠に「欲張りに生きろ」と言った。
け、けど……!
「でっ、でも! 俺が恥ずかしいから、駄目!」
「そんな、意地悪しないで下さい!」
「してない! ってか、動画なんて撮ってどうするの……」
俺の言葉に、誠は何故だか頬を赤らめる。
「そんなこと、私の口から言わせないで下さいまし……」
「ちょ……マジで無しね? 約束だよ?」
身の危険を感じた俺は、誠を鋭く睨んでおいた。
***
中間テストが終わった次の週の放課後は、体育祭の練習の時間になった。練習は走ったり綱を引いたりするだけじゃなくて、応援の練習もある。応援合戦だ。それぞれのクラスが、仮装なんかをして「応援力」を競い合う……意味あるの、これ?
「ボンボンくん、これ着てね」
「あ、ありがと……う?」
クラスの女子から渡されたのは、赤い半袖のティーシャツだった。それと、なぜかピンクのミニスカート。なんで、スカート? と俺は首を傾げる。
「スカート、間違ってない?」
「間違ってないよう」
その子は笑いながら言う。
「うちのクラスは、全員でチアダンスを踊るでしょう?」
「あ、うん……」
数日前のホームルームで決まったことだった。俺は頷く。
「チアダンスだからって、男もスカート履くの?」
「もちろん! あ、体操着のズボンの上からで良いよ?」
「そりゃ、そうでしょ……でも、恥ずかしいなぁ」
「そんなことないよ。見て、佐々木なんてノリノリでもう着てるし」
俺は女子が指差した方を見た。そこには、体操着のズボンの上にミニスカートを履いた佐々木が、女子に囲まれる中で「華麗な」ダンスを踊っていた。
「俺には真似出来ないよ……」
「まぁ、練習の時は別に良いけど、本番ではちゃんと着てね!」
そう言い残し、その女子は去って行った。俺は手の中のスカートを見つめる。こんなのズボン無しで履いたらスースーしそうだ。
「ボンボンくん、着ないの?」
「わ!」
急に話し掛けられて俺は驚く。横には、まだスカートを身に付けている佐々木が立っていた。
「ね、写真撮ろうぜ?」
「は?」
「ボンボンくんも、それを着てよ。一緒に写真に残して思い出にしようー」
「は? 嫌だし! 完全なる黒歴史じゃんか!」
「ははっ! 黒歴史なんて、男の勲章だよ」
「絶対に嫌だ!」
「でも、本番のあとはクラス写真を撮るんだぜ? うちのクラスの男子は、全員黒歴史を残すことになる」
「うう……」
「ほらほら、予行練習だと思って」
佐々木がスマートフォンを構える。俺は渋々、スカートを履いた。
「どう? 似合う?」
「あはは! 似合う!」
カシャ、と俺たちはツーショットを撮った。
「見て! 格好良く撮れてる!」
俺はスマートフォンの画面を見る。
あれ? 佐々木も背が高いな。俺と並ぶと、俺の身長が目立つ……別に、俺が低いんじゃないし! 向こうがデカいだけだし!
「それ、SNSなんかに載せたら怒るよ?」
俺がそう言った直後、近くで誠の声がした。
「葉一様! はい、チーズ!」
「え?」
カシャ。
聞こえたシャッター音にぽかんとしていると、満足そうに微笑みながら誠が俺の方に近付いてきた。
「良い写真です。これは家宝にするべきかと……」
「……な、馬鹿っ!」
俺は誠のスマートフォンを奪おうと手を伸ばしたが、背の高い誠がもうひとつ高く、それを持った手を上げたので届かない! この高身長め!
「前に撮るなって言った!」
「それは動画の話です。これは写真ですのでセーフです」
「セーフじゃない!」
「セーフです! それに……」
誠は小声で俺に言った。
「……そちらの方とは写真を撮っておられたではないですか。どうして私はいけないんですか?」
「う……」
「私は、悲しいです。欲張りになって生きると決意しただけなのに……」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。俺は、はぁと息を吐いて誠を見た。
「……誰にも見せないなら、良いよ……」
「本当ですか!? 良かった!」
嬉しそうに笑う誠を見て、もう良いやと思った。ここ最近の誠は、なんだか軽やかって感じをしている。とても生きるのが楽しそうだ。
「黒原! 次、リレーの練習!」
「あ! はーい!」
遠くから呼ばれて、誠は返事をしてから俺に言う。
「呼ばれたので、行ってまいります」
「あ、うん。頑張ってね」
「ありがとうございます……!」
駆け足で去って行く誠の背中を見送っていると、ぽん、と肩に手を置かれた。佐々木だ。彼はにやにやと俺を見ている。
「忠犬先輩、怖いねぇ」
「え? 怖い?」
俺は首を傾げる。
「どの辺が?」
「いや、なんか……オーラで威圧してくる感じ? 前に会った時もそう思ったけど」
「オーラ?」
「人は見た目によらないなぁー」
そういえば、前にも森野が言っていたっけ。誠は見た目はゴールデンレトリバーだけど、中身は土佐犬だって。
「……よく、分からん……」
そう呟きながら、俺はまだ履いたままだったスカートを素早く脱いだ。
***
体育祭当日は、ちょっと曇っているけど、なんとか晴れた。
生徒会での準備がいろいろあるらしい誠は先に登校したので、俺はひとりで学校に向かった。
教室ではなく、直接運動場に向かう。そこには、クラスそれぞれのテントが張られているので、そこに直接集合というわけだ。
俺はテントの下に敷かれている、青いビニールシートの上に座った。眠い。こんな天気だから頭がぼうっとするのかな。それとも、誠と登校しなかったから脳がバグっているのかな……。
「ボンボンくん、おはよー」
「おはよう。佐々木」
佐々木は欠伸をこぼしながら俺の横に座った。
「眠くて仕方ないや。朝って身体のエンジンかからないから、昼からやれば良いのに」
「昼は昼で眠くなるよ」
「それなー」
佐々木がスマートフォンをいじりだしたので、俺はテントから抜け出して生徒会のテントに向かった。そこで、何やら打ち合わせをしている誠を発見する。
——驚かせてやろう……!
そう思って、誠の背後に忍足で向かう、が……。
「葉一様、どうされましたか?」
「っ!?」
逆に俺が驚いた。
なんで、俺の存在に気が付いたのだろう。誠は前を向いたままなのに。
「ちょっと、ごめん」
誠は話していた人に一言入れてから、俺に向かい合った。
「私を驚かそうとしていましたね?」
「う……なんで分かったの?」
「気配です」
「気配……」
「葉一様のことなら、なんだって分かりますから……で、どうされましたか?」
「あ、いや……」
なんとなく顔を見に来ただけだ。けど、そう正直に言うのはなんとなく照れ臭い。だから、俺は適当に理由を探した。
「……今日は作ってくれたのかな、って。弁当……」
「ええ! もちろんですとも! 重箱でご用意していますので、休憩時間に一緒に食べましょうね?」
「重箱!?」
いったいどんなのを作ってくれたんだろう……。
ちょっと見たい気もするが、あまりここに居ては生徒会の邪魔になるよな……。
俺は自分のテントに戻ることに決めた。
「じゃ、もう行くね」
「はい、葉一様」
「あ、それから……」
俺は頬を掻きながら言った。
「おはよ、誠……まだ、言ってなかったから……」
「葉一様……」
誠は嬉しそうに微笑む。
「はい、おはようございます!」
「っ……じゃ、また後で!」
俺は駆け足でクラスのテントに戻った。さっきは人が少なかったけど、今はだいぶ集まっている。そろそろ、先生が来る頃かな。
「百メートル走は午前中か……」
しかも、開会式のすぐ後。嫌だなぁ。佐々木が言うように、身体にエンジンがかかっていない。
ま、誰も期待していないだろうから、とりあえず走ろう……。
俺はそう思いながら、またビニールシートの上に座った。
***
「葉一様ー! 頑張ってー!」
「……」
百メートル走の俺の番を見計らって、誠は応援に駆けつけた。隣のレーンの奴が、くすっと笑う。は、恥ずかしい……!
「位置について……」
ここは、全力で走って早く終わらせる!
「よーい、どん!」
合図と共に、俺は走った。どの練習の時よりも、本気で……!
あ、これ、一位になるんじゃ……!?
そう思って走り続けた俺は、ゴールの数メートル前で派手に転んだ。
痛い……。
よろよろと立ち上がり、俺はなんとか最下位でゴールをした。ふう、と息を吐く。その瞬間。
「っ!?」
ふわりと身体が浮いた。
は? と振り向くと、なんと、誠が俺を抱き抱えている!
「ちょ、何?」
「葉一様! お怪我をされています!」
「怪我?」
俺は痛む膝を見た。そこは、少しだけ擦り傷が出来ている。
「いや、平気……」
「いけません! 救護コーナーに運びますよ!」
「え? あ、ちょっと……!」
俺を、いわゆる「お姫様抱っこ」をしながら誠は駆け出す。目立ってる。めちゃくちゃに目立っている……!
俺は恥ずかしくて、誠の胸に顔をうずめた。何を勘違いしたのか、誠は俺を安心させるかのような柔らかい声で言う。
「大丈夫です。痛いの痛いの飛んでいけですよ」
「……」
痛さなんて、忘れるくらい、俺の心臓はばくばくと鳴っていた。
救護コーナーに運ばれた俺は、無事に手当を受けて自分のテントに戻った。擦りむいた左足の膝には、大袈裟なくらいぐるぐると包帯が巻かれている。これは誠が先生に注文したからだ。先生は苦笑しながら、俺の足に包帯を巻いてくれた。
「ボンボンくん、大丈夫?」
佐々木が、ものすごく心配そうに俺に言う。たいした怪我じゃないんだけどな……そう思いながら、俺は「平気だよ」と返した。
「本当に大丈夫? 忠犬先輩が青い顔をしてボンボンくんを運んでたから……」
「……本当に、大丈夫デス」
俺の怪我に関係無く、競技は進んでいく。
うちのクラスの応援合戦は、けっこう盛り上がった。俺たち男子はピンクのミニスカートで、頑張った、わよ!
「次は借り物競争か」
佐々木がスポーツドリンクを飲みながら言う。俺は首を傾げた。
「借り物競争? そんなのあったっけ?」
「あるよー。ほら、ここ見てみ?」
渡されたプログラムを見ると、確かにそう書かれていた。
「なんか、今年からの競技らしい」
「へー……」
なんか、楽そう。
百メートル走じゃなくって、これにすれば良かったかな?
「あれ? 忠犬先輩だ。出るんだねー」
「誠が?」
俺は運動場の真ん中を見る。そこには、確かに誠の姿があった。助っ人も大変だなぁ。
軽快な音楽と共に、選手たちがいっせいに走り出す。ゴール地点には大きな段ボールが置いてあって、たぶん、そこに手を入れてくじを引くんだと思った。
ゴールにたどり着いた誠がくじを引く。そして、一瞬だけ驚いたような表情になった。
そして……何故だか、こっちに向かって走って来る。あれ? なんで?
「葉一様!」
「ど、どうしたの? 競技は?」
「ちょっと、来てください!」
「え!? ちょ!?」
本日二回目のお姫様抱っこをされて、俺はグラウンドの真ん中へ……!
何がなんだか分からないまま、俺はされるがままになっていた。
「連れて来ました! この人です!」
誠は俺を地上にゆっくりとおろし、くじを審査員らしき生徒に見せた。すると……。
「これは……正解!」
審査員の人が大きく両手で丸を作って、実況席に合図を送った。
「一位、三年の黒原さん!」
拍手と歓声が響く。
どこからか「主従コンビが勝ったよ!」という声が聞こえた。なんだよ、主従コンビって!
「誠、くじのお題はなんだったの?」
俺の問いかけに、誠は頬を赤らめながら、小さな声で言う。
「あとでお教えします。今は少し、恥ずかしいので……」
「……えっ」
いったい、どんなお題だったんだろう?
そう考えている間に、次々と選手たちがゴールをして、お待ちかねの昼休みになった。
俺と誠は、運動場の隅っこの木陰で昼食タイムを取ることにした。
「こちらを、どうぞ」
「う、うわぁ……」
三段重ねの少し小ぶりの二段の重箱の中には、唐揚げ、ハンバーグ、卵焼き……フライドポテトやミートボールなどが、ぎっしりと詰まっていた。下の段は個別にラップで巻かれたおむすび。どれも、美味しそうだ。
「……ありがと」
「いえいえ。では、さっそくいただきましょう」
「うん……いただきます」
「いただきます」
手を合わせてから箸を取る。
美味しい。どれも、本当に美味しい。自然と笑顔になってしまう。
「葉一様、足の方は大丈夫ですか?」
「うん。平気だよ、このくらい」
「ですが、油断は禁物です。何か異常があれば、すぐにお医者さんに見てもらってくださいね?」
「分かった」
俺が素直に頷くと、誠は満足そうに笑った。
「あとは……リレーと綱引きか」
俺はプログラムを見ながら呟く。
「頑張ってね、リレー」
「ありがとうございます! そのお言葉で、どこまでも走れそうです!」
「あはは……大袈裟」
そこで、思い出した。
さっきの、くじ……。
何が書かれていて、俺を連れて行ったんだろう……。
「あのさ、さっきのくじなんだけど……」
「あ……」
誠は頬を赤らめる。
「言わないといけませんか?」
「うん。教えて」
「あのくじには……大切な人と書かれていました」
「あ、そうなんだ……へ?」
俺は目を見開いて誠を見た。
「大切な、人!?」
「そうです……」
誠は、赤い頬のままで俺に言う。
「私は、皆に自慢するようで恥ずかしかったのですが、私にとって大切な人といえば、葉一様しか思いつかず……申し訳ありません」
「いや……」
どんな反応をすれば良いのか分からず、俺は弁当の唐揚げを箸でつまんで「そうだったんだね」と平静を装った。
誠はもじもじと、自分の髪をいじる。
「変な噂が立ってしまったら、葉一様にご迷惑かと思いましたが……」
「変な噂って?」
「はい……たとえば、私が葉一様に仕えていることが露見してしまうとか……」
「はい!?」
俺は唐揚げを落としそうになった。
誠は、今さら何を言っているんだ……?
「誠……そのことなら、皆、知ってるよ」
「え……?」
俺は、さっき「主従コンビ」と聞こえた声を思い出しながら言った。
「まさか、気が付いてないの?」
「き、気が付くとは……?」
「誠は忠犬くん、俺はボンボンくんって有名なのに。すっごく目立ってるんだよ?」
「忠犬……? ボンボン……?」
どうやら本人はまったく知らなかったようだ。俺は息を吐く。
「……ま、気にすることないよ」
「気にします!」
誠は俺の肩を掴みながら言った。
「私は、陰ながら葉一様にお仕えしていたつもりなのに……どうして……」
「いや、まぁ……」
誠、イケメンだし。俺のことを抜きにしても、誠は単体で目立っていたと思う。
「さっきの審査員の人も、俺たちの関係性を知っていたから、正解って言ったんだよ」
「……ああ」
誠は俺から手を退けて、自分の顔を両手で隠した。
「私は、葉一様にご迷惑を……」
「いや、それは……」
最初の頃は、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど……。
「迷惑じゃないよ」
俺は、くしゃっと誠の髪を撫でた。前に、誠がしてくれた時のように。
「いつも俺を心配してくれて、ありがと。感謝してます」
「感謝だなんて、そんな……」
「良いじゃん、一位になれたんだし。誠はくじ運が良いんだね」
俺の言葉を聞いて、誠は照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます……」
「……さ、早く食べよう? 胃が重いとリレーに響くよ?」
「はい……! 今回は自信作なんです!」
「ありがと」
「いえいえ」
「……リレー頑張ってね」
「はい! 絶対に勝ちます!」
「葉一様も、これ以上お怪我をなさらないようにして下さいね」
「うん……ありがと」
それから黙々と昼食を済ませて、俺たちは自分たちのテントに戻った。お腹、いっぱい。幸せだ。
テントには、佐々木は居なかった。そうだ、リレーに出るんだ。
リレーは、全学年対抗戦。
三年が圧倒的に有利だけど、佐々木は本当に足が速いからなぁ……ちょっと誠が心配。
——あ。
そうだ。全学年対抗戦だから、俺は佐々木を応援するべきなんだよなぁ……けど。
——俺は、誠を応援したい……。
二年の皆には悪いけど、俺はこっそり誠を応援することを心に誓った。
「あれ……」
俺は思わず言葉をこぼした。
運動場の真ん中で話しているのは、誠と森野だ。森野もリレーに出るんだ……大丈夫かなぁ。リレーって、チームワークが大切でしょ? 元いじめっ子といじめられっ子……上手くやれると良いけど……。
あ、選手たちが位置につき始めた。
チームは、男子二名と女子二名であれば、何番目に走るのかは自由。誠のクラスは、男子二人を終盤に配置して、追い上げるって作戦みたい。誠、アンカーじゃん。佐々木もアンカー……これは、盛り上がりそう……!
「よーい、スタート!」
選手たちがいっせいに走り出す。コースの周りにはギャラリーが出来ていて、俺もそこに加わった。
各選手、スムーズにバトンを繋いでいく。あ、森野がバトンを受け取って……すごい、猛スピードで次々に一年と二年の選手を抜いていく。さすが、皆の兄貴。
そして、森野から誠にバトンが——渡った!
ナイス、チームワーク!
誠がゴール目がけて走る!
その後ろを、佐々木がつけている……誠、頑張れ!
「誠!」
俺は無意識に叫んでいた。
あと、何メートル?
三、二、一……ゴールテープを切ったのは、誠だった……!
ギャラリーが、わっと湧く。
続いて、佐々木が悔しそうな表情でゴールした。
「誠……」
お疲れ、すっごく……格好良かったよ。
あ、目が合った。
誠は、駆け足で俺の元に来た。そして、俺をぎゅっと抱きしめる。俺は驚いて誠を見た。
「誠!?」
「やりました! 葉一様の応援のおかげですっ……!」
誠は俺を捕まえたままで言う。
「名前を呼んで下さったでしょう?」
「あ……聞こえてたんだ」
「もちろんです! そのおかげで勝てました!」
「そんな……誠が真面目に練習してたからだよ。その結果だよ……」
「いいえ、葉一様の応援のおかげです」
誠が力強く言った。俺は照れ臭くて「そう……」と呟いて俯く。
そして、思い出した。
ここが、ギャラリーのど真ん中であるということを……!
「誠! 離して!」
「嫌です。私は欲張りに生きるんです」
「ちょ、誠!」
じたばたともがいても、誠は腕の力を緩めない。
どこからか「ああ、主従コンビ尊い」とかいう声が聞こえた気がしたけど、きっと聞き間違えだと思った。
***
「あーあ、疲れた……」
最終種目の綱引きは、大人気ない先生チームが勝利して、体育祭は幕を閉じた。
総合優勝は、誠のクラスだった。俺たちのクラスは、チアダンスが功を奏し、見事「素晴らしい応援だったで賞」をゲットした。
「体育祭の衣装、また着て下さいね」
帰り道、誠がそんなことを言うものだから俺はぷいと横を向いた。
「絶対に、嫌!」
「おやおや」
俺は誠を見る。なんだか機嫌が良さそうだ。
「総合優勝おめでとう。誠の活躍のおかげだね」
「いえいえ、私なんて……ですが」
誠が立ち止まる。
「応援して下さって、本当に嬉しかったです。ありがとうございます」
「そ、その話は良いよ……」
俺と誠の熱い抱擁は目立ちに目立ち、何故だか女子たちから黄色い歓声を浴びた。
め、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!
けど……。
誠、身体、大きかったな……。
思い出すと、どきどきが止まらない。
——嫌じゃ、なかった……。
どうしてだろう。あんな、恋人にするみたいなハグ……。
「つ、疲れたから早く帰ろう!」
「あ、葉一様、待って下さい!」
俺は早足で家への道を急いだ。
心臓が、ばくばく鳴っている。
こんな気持ち……。
誠は俺のことを大切な人、と言った。
もしかして、俺も、誠のことを友達以上に感じている……?
「……分からん」
「葉一様?」
「あ、いや、なんでも……」
俺は前を真っ直ぐに見る。恥ずかしくて、誠の顔を真っ直ぐに見れないや……。
この気持ちの名前は何?
恋ですか? 愛ですか?
恋愛経験の無い俺には、ぐるぐると渦巻く気持ちの正体が、まったく分からなかった。



